・4-4 第34話:「逃避行」
モトは、畳んで他の車両に搭載することもできるように作られた小型の電動オフロード・バイクだ。
当然一人乗りであり、二人乗りをすることを前提とした設計にはなっていない。
それでも、ステラとカナエを乗せたモトは力強く斜面を駆け上り、クレーターの出入り口へと向かって行った。
メイドは、必死に少女にしがみついている。
座席もないところに無理やり乗っているし、無舗装の道を走っているから、振動で今にも振り落とされそうなのだ。
慣れているステラでさえもモトから落ちるのではないかと、不安に思うほどに揺れている。
ぎゅっとハンドルを握りしめてはいるが、左手には銃を持ったままだったので全力で身体を支えることはできていない。しっかりと脚を踏ん張ってなんとか姿勢を保っている、という状態だった。
「おねーさん、頑張って! 」
「え、ええ! お願いねっ、ステラ! 」
それでも少女は、まだ出会って間もないメイドのことを置いていくつもりはなかった。
生存、という点を考えれば、やはり、自分一人だけで逃げるのが正解だ。
その方がモトをずっと速く走らせることができるし、振り落とされる心配も小さくて済む。なにより、カナエのことを囮にすることだってできるかもしれない。
だが、そんなことは間違っている。
世界は破壊しつくされ、すっかり荒廃してしまっているが、それでも生き残った人々がいるのは、たとえ過酷な状況であろうとも互いに助け合おうとしてきたからだと、ステラは知っていた。
もし、他人のことなどどうでもよい、自分だけが助かればそれでよいと、そんな風に生きていたら。
それで一時生き延びることができたとしても、すぐに何人かで力を合わせれば解決することができたかもしれない状況に遭遇して、結局は倒れてしまう。
いくら強い、賢い、といっても、人間は全知全能ではない。
そんなの力があれば、世界はこんな有様にはなっていない。
宇宙に人工の都市まで築くほどの文明があったというのに、今はその残骸だけがあって、星屑になって降り注いでいる。
一人で生きていくことの難しさは、この一年間で骨身に染みていた。
誰かを頼ることなどできないから、常に自分が気を張っていなければならない。心から安らげる時間などありはしなかったし、いつも孤独で、寂しくて、辛かった。
カイトに助けてもらうことができなければ、とっくに奴隷にされて、想像するのも嫌悪されるような目に遭っていたことだろう。
綱渡り。
いつでも、わずかなボタンの掛け違いで、簡単に命を落とす生活だった。
———そもそも、自分自身だって、助けられたからこそ、生きていられるのだ。
もしもじぃじが拾って育ててくれなかったら、物心つくことさえなく、消えていたことだろう。そんな話はこの終末世界ではありふれている。
だから、カナエのことも、見捨てない。
かつて自分がそうしてもらったように、一緒に生き延びるのだ。
そんな強い思いで、ステラはモトを疾走させる。必死にしがみつき、自分よりも体の大きな人の分も、支える。
「ステラ! アイツら、追って来てる! 」
「うん、わかってる! 」
背後を見たのか、カナエが切迫した声でそう教えてくれる。
もちろん、気づいている。なぜなら奴隷商人たちの乗り物の走る音、内燃機関が鼓動するそれは、辺りによく響くからだ。
キィィィィン! とうなっているモトのモーターの音さえも打ち消すほどの爆音が、
「ねぇ! 撃ち返しましょうよ! 」
吹き抜ける風と轟くエンジンの音に負けないように、メイドが叫んだ。
「撃たれた時、アイツら面食らっていたわ! だから、足止めできるはず! 」
「ダメだよ、ダメっ! 」
少女もしっかりと伝わるように声を張り上げる。
「だって、弾、あと一発しか残ってないもん! 」
「え、ええっ!? な、ないのっ!? 」
「ないよっ! 」
「……じゃ、じゃぁ、どうやって逃げればっ!? 振りきれる!? 」
「それも、難しいと思う! だって、
あのキャンプ地が見つかってしまったのだって、きっと、モトの走った
砂漠は砂で覆われている。そこに刻まれた
ステラは、クレーターに帰り着く前にいつも背後を確認することにしていた。じぃじに教え込まれ、習慣化したその仕草を、先にキャンプ地に戻った際にも油断せずに行った記憶が確かにある。
その時は、奴隷商人たちの姿は見られなかった。きっと夜に眠っていた間にでもこっそり追いかけて来た者がいたのだろう。
「そ、そんなっ!? 私、アイツらに捕まるの、嫌だよ!? 」
「あたしだって、嫌だよ! 絶対、酷いことされるもんっ! 」
なにしろ、すでにこちらはドナドナのリッキーを撃っている。
ボスの敵討ちだと、手下どもはさぞや張り切ることだろう。
「ど、どうすれば……っ! 」
泣き出しそうな声でそう呟くと、カナエはすがるように、ぎゅっ、とステラの身体に強く抱き着いて来る。
———心当たりが、ないわけではなかった。
あの、いつも何かと自分のことを気にかけてくれる、赤毛の少年のことが脳裏をよぎる。
[船団]。
彼らなら、奴隷商人たちを跳ねのけるだけの力を持っている。
交易のためにいつも移動している存在だったが、そのコースはだいたい決まっているし、カイトとの雑談である程度聞いていたから、今どの辺りにいるかはわかっている。
そこまで逃げ切れれば、きっと、助けてもらえるだろう。
カイトが所属しているカーチャック商会は、健全な、堅気の商売をモットーとしている。奴隷を商品として扱うことはないし、奴隷商人たちを取引先から完全に排除してはいないものの、なるべく関わらないようにして、自発的に身売りをする以外の、強引な奴隷狩りには反対している。
大きな借りを作ってしまうことになるが、背に腹は変えられない。
カナエと一緒に生き延びるためには、なりふりかまってなどいられない。
ただ問題は、どうやって[船団]に合流するか、だった。
段々と、奴隷商人たちに追いつかれてきている。
ステラは後ろを振り返ることなくまっすぐ前だけを見て危なっかしい運転を続けていたが、音で、接近してきているのが分かる。
速度が違うのだ。
こちらはただでさえ、定員オーバーをしている。乗り物のタイヤの大きさ、馬力も、アウトローたちが乗り回しているバイクの方が上だ。
このまま逃げ続けたのでは、[船団]にたどり着く前に追いつかれてしまう。
(二人で、一緒に……! )
今もその思いが変わらないことを再確認すると、ステラは、さほど分の良くない賭けに出ることを決めていた。
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