・4-3 第33話:「脱出」

 クレーターの中で、銃声が轟いた。

 今度は口で再現したものではない。

 本物の発砲音だ。

 撃鉄ハンマーが落ち、薬莢の底に仕込まれた雷管デトネーターが弾け、瞬時に火薬パウダーが燃焼し、生じたガスが、強烈な圧力でいくつもの鉛の粒を銃口から押し出す。

 放たれた散弾は、銃口を離れるや否や、即座に拡散した。

 銃身の切り詰められた散弾銃ソードオフ。弾道を安定させるライフリングを持たない単純な筒から発射された小さな粒たちは不規則に広がり、そして、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった様子で近づいてきていた奴隷商人、ドナドナのリッキーへと襲いかかった。

 悲鳴は聞こえない。

 訳も分からないまま灼熱を押しつけられたような痛み、被弾の衝撃を受け、身長二メートルはあろうかという大男はその場にひっくり返った。

 散弾銃の直撃を受けたからといって身体ごと吹っ飛ぶというのは、本来、物語を面白くするための誇張表現に過ぎない。

 しかしリッキーの場合は、当たりどころが悪かった。

 ———顔面と上半身に食らったのだ。

 いびつな形で広がった散弾は、最低限の、銃の撃ち方を知っている程度の技量しかない少女、ステラによって発射されたものだから、そもそも狙いが安定していなかった。

 だが、小さな粒々は、それを彼女の護身用として与えた者の意図した通り、広い散布範囲で目標を捉え、放たれた鉛玉の内の数発が命中していた。

 リッキーが身に着けていたサングラスの右側のレンズが砕け散り、右上腕部、右肩の首に近い部分から、鮮血がほとばしる。

 その衝撃と、弾薬を持っていないとすっかり思い込んでいた相手から撃たれた、という驚きが、この奴隷商人を絵に描いたような形で転倒させたのだ。

 原始的な黒色火薬による射撃だから、威力は、旧世界で用いられていた弾薬ほどではない。

 それでも、被弾と、倒れた際に頭を打ったことでリッキーは意識を失い、それはまるで、今の一撃で命を失ったかのように見えた。

 銃声がクレーターの斜面に反射しながら、徐々に消えていく。

 銃口からほとばしった濃密な硝煙が晴れて来ると、唖然としたアウトローたちの姿が見えて来た。

 呆然、自失。

 目の前で、自分たちのリーダーが撃たれ、そして、絶命した。

 実際、彼は大の字に倒れ、血を流したまま、ピクリとも動きはしない。

 ———彼らは、ステラが弾薬を持っていないと思って、完全に見くびっていた。

 それが、結果はご覧の通り。

 少女は弾薬を持っているし、なにより、その手にあるのは水平二連式の散弾銃ソードオフ

 つまり、もう一発、ある!


「おねーさん、逃げるよっ!! 」


 発砲による猛烈な衝撃を支えきれずにのけぞり、銃口を大きく上に向けてしまっていたステラは、なんとかモトのハンドルをつかみ直しながらそう叫んでいた。

 逃げるのなら、今しかチャンスはない。

 奴隷商人たちが呆気に取られている間に。

 彼らが冷静さを取り戻し、それぞれの武器を取り出して威嚇いかくして来たら、もう逃れる術はない。

 もう一発残っている弾薬で、一人、運が良ければ二人、道連れにはできるだろうが、それでおしまい、後は捕まって奴隷にされるか、腹いせに私刑リンチに遭うだけだろう。

 幸い、カナエが背後からしっかりとしがみついて身体を支えてくれていたおかげで、思ったよりも体勢を崩さずに済んだ。

 前に試し撃ちをした時は、反動を抑えきれずに後ろにひっくり返って、酷く痛い思いをしたものだ。

 だが、今回は違う。

 左手に銃を持ち替えハンドルの上から抑えるようにしながら、右手で思いきりスロットルをひねってアクセルを全開にする。

 モトは、電動駆動式のバイクだ。クラッチの類はないから、右手だけでも操作はできる。そしてこの小さな相棒は、ステラの操作に応えてモーターに電力を供給し、出しうる最大限の力でタイヤを回転させた。

 発揮された強力なトルク。しかし、摩耗したタイヤと砂の地面では摩擦力が足らず、しばらくの間激しくタイヤは空転。

 激しく砂埃を巻きあげながら、やがてモトはグリップを取り戻して急発進した。

 未だに呆気に取られていた奴隷商人たちの間を、ステラとカナエが猛スピードで駆け抜けていく。

 反射的にその姿をアウトローたちは首を全開まで曲げて見送ったが、真っ白な頭の中に追いかけたり攻撃したりしようという思考が浮かんだのは誰もいなかったらしく、ポカンと口をあけたままだった。

 ———そんな彼らの背後で、すっかり死んだと思われていたドナドナのリッキーが、むくり、と起き上がる。


「……クッソガァッ! いてぇッ!! いてぇぞッ!!! あの、ガキめッ!!! 」


 自分はステラに撃たれたのだ。

 流れ出る血、絶え間なく神経を駆け巡る痛み、そして脳を揺さぶられたことによる鈍痛。

 それらを感じつつ、リッキーは怨嗟えんさの声をあげた。

 滅多に聞いたこともないほどの怒声。

 たいてい、ボスがそういった声をあげた時には、血の雨が降る。

 そのことを知っているアウトローたちは、死者が蘇ったという驚きと不気味さを浮かべていた表情に恐怖の色を濃く加え、ビクリ、と肩を震わせた。

 そんな彼らに、ドナドナのリッキーは、砂煙をあげながらクレーターの出口へと向かっていくステラとカナエを睨みつけながら、凄絶な憎しみの形相で叫んで命じる。


「テメェらッ!!! なにをボケッとしていやがる! さっさとあのガキどもを追えッ! 半殺しにしてもかまわねぇッ!!! とにかく捕まえるんだッ!! 」


 その言葉にアウトローたちは恐れをなし、慌てて自身のバイクにまたがると、一目散に二人の少女を追いかけ始める。


「あの、ガキッ!!! チビだろうが、かまわねェッ! 徹底的に痛めつけて、一生、奴隷として使ってやるッ!!! 」


 その光景を目にしたリッキーは、さらに怨嗟えんさの言葉を叫ぶと、ふらりとした足取りで自身のオフロード車へと向かって行った。

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