・4-2 第32話:「包囲」

 電気で走る小型のバイクであるモトは、いつもクレーターの中でもなるべく日当たりの良い場所に置いている。

 充電するためにはソーラーパネルに頼る以外の方法がなく、いつでもバッテリーを満たしておくためには日陰にならないところにいさせる必要があるからだ。

 サイドスタンドで立たせてあったモトに飛びつき、それほど長い距離でもないので手で押して自宅の前までステラが戻ってくると、ちょうど、とりあえずの荷物をまとめ終えたらしいカナエがリュックを手に姿をあらわした。

 リュックにはいろいろなものが詰め込まれているようだ。保管庫に残してあったブロックタイプの携行保存食や、水の入った水筒、かまどの近くに置いてあった石炭や液体燃料の入ったスキットル状の缶。それに、ステラが星屑から拾って来たアンドロイドのパーツもねじ込まれていて、端から飛び出た腕の手首がぶらんと垂れ下がっていた。


「ステラ! とりあえず詰め込めそうなものを手当たり次第に詰めたんだけど、これでいい!? 」

「うん、いーよ! いいからさ、早く後ろに乗って! 」


 目視だけの確認で済ませると、ステラは自身もシートにまたがりながらそう指示する。

 本当に緊急の事態が起こっているのだと理解したのだろう。メイド服の上にリュックを背負ったカナエは戸惑いながらも言われた通りにする。


「ね、ねぇ、ステラ? このバイク、二人も乗って、走るの? 」

「わかんない。けど、モト以外に乗り物なんてないもん」


 荷台ラックの上にまたがりながら不安そうにたずねて来る言葉に、少女は振り向きもしないまま答える。

 ———奴隷商人たちはもう、クレーターの端にまで到達してしまっていた。

 気づくのがもう少し早ければ、唯一の出入り口をふさがれる前に逃げ出すことができただろう。だが、すでに荒野のアウトローたちは斜面に沿って作られた道をそれぞれの車両で駆け下り始めている。

 未舗装の道を走っているために激しく揺れ、ライトの光が乱舞する。クレーター中に内燃機関が吠える音、マフラーからの排気の音がとどろいている。

 その光景を観察しながら、ステラはモトを起動させていた。


「い、いったん、隠れてやり過ごす、っていうのは……? 」

「ムリだよ。だってここ、あそこしか出口がないんだもん。もしあたしが出て行かなかったら、アイツらあそこを塞いで、一軒一軒、しらみつぶしに探し回るだけだよ」


 このまま奴隷商人たちと正面から対決するつもりでいるらしい少女に、メイドはおそるおそる提案したが、きっぱりと否定される。


「あの、アイツら、何者……? 」

「奴隷商人。捕まったら首輪をはめられて、一生、こき使われることになっちゃうから」

「ど、奴隷……、商人……」


 ゴクリ、と固唾を飲む音が聞こえてくる。

 不安そうな手がステラの腰に回され、きゅっ、と強くしがみついて来た。


(今は、あたし独りじゃないんだ……)


 そのことを実感し、モトのハンドルを握る手に自然と力がこもる。

 カナエと会ってから、まだ一日も経過してはいない。

 しかし、一緒に食事をするのはとても楽しかったし、夜、眠りにつく時は、添い寝もしてもらって、嬉しかった。

 自分もだが、彼女も奴隷になどなって欲しくはない。

 さて。どうやって逃げ出そうか。

 少女は、そのことだけに集中する。

 ———そうしているうちに、奴隷商人たちは目前にまで迫ってきていた。

 バイク、そしてリッキーがいつも乗り回しているオフロード車が掘っ立て小屋の建ち並ぶ区域のすぐ外側に次々と停車し、革ジャケットにトゲつきの肩パットを身に着けたガラの悪い男たちが、こちらを侮ったニヤニヤした顔をしながら次々と降りて来る。


「いよぅ、お嬢ちゃん! 久しぶりだなぁ? おじさんたちにまた会えて嬉しいだろう!? ええ? 」


 オフロード車のドアを開き、悠然と姿をあらわした、ドナドナのリッキー。

 彼は険しい表情でこちらを睨みつけて来るステラの姿を認めると、勝ち誇った、そして意地悪な笑みを浮かべた。


「どうだい、おじさんたちが、いいトコロに連れて行ってやろうか? こんな寂れたキャンプ地にいたって、その内おっちんじまうだけさ! 安心しな、もう、買い手の目星もついてるんだ。お前のことを話したら、ひどく関心を示して下さった、[趣味のいい紳士]がいらしてなぁ……」


 奴隷商人たちが、ゲラゲラと下品な声で笑い出す。

 完全に、こちらのことをなめきっている。

 乗物から降りたものの、誰一人として武器をかまえず、斜にかまえて突っ立っているだけだ。

 ステラには、弾薬がない。

 彼らはそう考えているらしく、無防備だった。


「来ないで! 来たら、撃つよ! 」


 あの油断につけ込めば、逃げ出せるかもしれない。

 そう思いつつ、ステラは散弾銃ソードオフをかまえて見せ、安全装置を解除する。


「おうおう、おう! 威勢がいいねぇ、お嬢ちゃん! 」


 やはり、弾がないと思っているのだろう。

 銃口を突きつけられたリッキーは大げさに驚いてみせると、おどけた仕草で両手をあげ、降参、の姿勢を取って見せる。

 もちろん、ただの演技。

 こちらのことをバカにしているだけに過ぎない。


「そんなに邪険にしなくっても、いいじゃねぇかよ? なぁお嬢ちゃん? ……って、ぉお? 」


 そこでリッキーは初めて、カナエの存在に気づいたらしい。

 少し首を傾げると、その顔に愉悦を浮かべた。


「こいつは、いい! まさか、まさか、ここにいたのはお嬢ちゃんだけじゃなかったとはなぁ! へへっ、安心しな! 二人まとめて、おじさんたちが[飼い主]を見つけてやるからよ! なんなら、俺たちが面倒を見てやってもいいぜ? 毎日かわいがってやらァ」

「ふ、ふざけないでっ!! 」


 少女の背後に不安そうに隠れたまま、しかし、メイドは勇気を振り絞って声をあげた。


「せっかく生き延びたのに、ど、奴隷になんて! アンタたちの好きになんて、されてたまるもんですかっ! 」


 しかし、奴隷商人たちはどこ吹く風。

 ゲラゲラと笑っている。


「そう悪くないもんだぜぇ、奴隷ってのはよ? 水も、食い物ももらえるんだ。ご主人様の言うことを聞いてりゃ、生かしてもらえる。明日、どうやって生きようかって、悩む心配もねぇんだ」


 リッキーは両手をあげたまま、こちらを侮った、見下した笑みを浮かべながら、ゆっくりとした足取りで接近してくる。

 弾のない少女が二人。そのくらい、自分の腕力だけで簡単にねじ伏せることができる。

 そう考えているのだろう。


「カナエ。しっかり、あたしにしがみついていて。タイミングを見て、逃げるから」

「う、うん。わかった」


 奴隷商人を睨みつけながら小声でステラが言うと、カナエは言われた通りにきゅっ、としがみついてくる。

 その感触を確かめると、緊張で心臓の音が高鳴るのを感じながら、星屑拾いの少女は散弾銃あいぼうの狙いを定める。

 銃の撃ち方は、知っている。

 実包を使って、練習をしたことだってある。

 だが、本物の人間を、本当に撃ったことは、まだなかった。

 怖い。

 そう思ったが、しかし、少女は躊躇ためらわない。


「来ないでって、言ったでしょ!!! 」


 そう叫ぶや否や、ステラは、水平二連式の散弾銃に二つついている引き金の、その右側のモノを、思いきり引き絞っていた。

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