:第四章 「荒野へ」

・4-1 第31話:「見張っていた者たち」

 誰かと一緒に眠るのなんて、いったい、いつぶりなのだろうか。

 一年。

 自分を育ててくれたじぃじが亡くなってから、ずっと、ステラはこの朽ちたキャンプ地で、一人きり。

 そんなのへっちゃらだと、ずっと、自分に言い聞かせていた。

 この荒廃した世界で生きて行かねばならないのだから、このくらいはできなければならない。できて当然のことなのだと、そんな風に考えて来た。

 だが、どうだろうか。

 目を閉じていてもわかる、[誰か]の存在。

 触れる手の感触。背中越しに伝わって来る体温。におい。

 そのすべてが、たまらなく嬉しい。


(やっぱり……、船団に、行った方がいいのかな)


 かすかに眠りの底から浮かび上がって来た、まどろんだ意識の中で、ステラは、カイトから度々されている提案のことを思い起こしていた。

 自分だけでも生きていけると、そう強がってきたのだが、実際にはいつも寂しくて、辛かったし、ギリギリのところでなんとかここまで来られた、それはほとんど幸運のおかげだというのが実情なのだ。

 話すことも、嬉しいことを一緒に喜ぶこともできない、なんでも自分の思う通りにできるが、それほど楽しくはない日々。

 冷凍睡眠ポッドの中から目覚めた女性、カナエのこともある。

 五十年前の、まだ文明が存在していた世界から突然にすべてが破壊されてしまったこの終末世界にやって来てしまった彼女は、きっと、右も左もわからない。

 ステラには、じぃじがいた。

 自分を拾って、育て、愛してくれて、生き方を教えてくれた人が。

 他人に手を差し伸べるなんて、この世界では滅多にできないことだ。

 分け合ったパンの一切れ、水の一口が、生死を分けることになる。最悪、一緒に共倒れ、なんていうのが当たり前に起こるのだ。

 それでも、中にはそういうことをする人がいる。

 過去に一度、乾ききった砂漠の廃墟の中で、二人並んで一緒に、手をつないだまま干からびていた亡骸、というのを目にしたこともある。

 自分以外の誰かと分け合い、一緒に生きることを、このままでは死んでしまうと分かっているのにやめなかった人たち。

 生存という観点に絞ってみれば、それは、おかしなことだ。

 生物としては異常なことだ。

 だが、そのおかげで自分はこれまで生きてくることができたし、今は、これほど安心して、暖かい気持ちで眠りにつくことができる。

 もう、独りは嫌だなと、心の底からそう思った。


(起きたら、おねーさんに、相談、してみよう……)


 終末世界にまったく不慣れなカナエがひとまず落ち着いて生きていける場所。

 そして自分が、二度と寂しい思いをせずに済む場所。

 思い当たるのは、ひとつしかない。

 ただ、[船団]に加わるためには、厳しい掟が待っている。

 船団にとって必要不可欠な技能を持っていると証明した者か、元々の構成員の[家族]と呼べる者にならなければ、参加することは許されない。

 ———少し、しゃくだな、と思う。

 こちらのことを妹くらいにしか見ておらず、[家族になる]ということを軽く考えているカイトの力を借りなければならなくなるのに違いないからだ。

 どちらにしろ、今、この瞬間は、この暖かさに身を委ねていたい。

 そう思ったステラは、すぐにまた、深い眠りに落ちてしまっていた。

 こんなにぐっすりと眠りに落ちることができたのは、本当に久しぶりのことだ。

 そのせいなのだろう。

 普段ならば異変があればすぐに気づいて、跳ね起き、散弾銃ソードオフをかまえていたはずなのに、すっかり寝過ごしてしまった。


「ねぇ、ステラ! ね、起きてっ!! 」

「……んぁ? ん~」


 添い寝してくれていたカナエに激しく揺すり起こされて、少女は寝ぼけ眼で、うっすらと目を開く。


「な~に~? トイレなら、外に共用のがあるよ~? 」

「違うわよっ! そうじゃなくって、音! エンジンの音がするの! 」


 まだ周囲が暗いことを認識し、用件を勘違いしたステラはめんどうくさそうな声でトイレのある方向を指さす。

 しかし返って来た言葉があまりにも緊迫したものだったので、ようやく、異変に気がつくことができた。

 耳を澄ます。

 すると、聞こえてくるのは、爆音だ。

 ピストンの往復運動を回転運動に変換する内燃機関が燃料を燃やし、車輪を勢いよく回転させて、乗り物を疾走させている音。

 まだ少し距離がある。だが、周囲に生命体の少ない終末世界の静寂のおかげで、はっきりと聞こえてきている。

 それも、複数。

 集団だ。


「たっ、大変っ!! 」


 事態を把握し、血相を変えたステラは慌てて跳ね起きていた。

 散弾銃を探す。だが、いつも眠る時に置いておく位置関係の場所にはない。

 普段の寝床ではなく、カナエのところで眠っていたことを思い出し、急いで自分の普段の寝床まで取りに行って装填を確認。安全装置も解除する。


「ね、ねぇ、ステラ!? いったい、なにが起こっているの? 」

「危ない相手が近づいてるの! あたしは外を見て来る。おねーさんは、いつでも逃げ出せるように荷造りして! 食べ物と水を、リュックに! できれば貴重品も! 保管庫は奥の方、砂で埋めてある! 」


 戸惑い、恐怖で青ざめた顔をしているメイドに手短に指示を与え、動き出すのを確かめる手間も惜しんで、外に飛び出る。


「ま、マズい……! もう、あそこまで来てる! 」


 クレーターの底と外とをつなぐ唯一の通路がある方向を見つめたステラは、わなわなと震え出す。

 全身が、ゾワッ、っとして、鳥肌が立ち、血の気が引く。

 クレーターの端と、夜空の境目の辺り。そこに、幾筋もの白い光の筋が浮かび上がっている。

 こちらへ向かって疾走してきている者たちの車両から照らし出される、ライトの明かりに違いない。

 ———この辺りで、あんな集団で、しかも内燃機関を用いた乗り物を使っている相手は、ひとつしか思い当たらない。

 ドナドナのリッキー。

 奴隷商人たちだ。


「アイツら……! きっと、見張ってたんだ! 」


 ステラは、リッキーたちがずっと、襲撃のチャンスを狙っていたのだと気づいた。

 奴隷商人たちにこの住処を教えたことはなかったが、追跡してくるのは容易だ。なぜなら、砂で覆い尽くされたこの世界では、車両を走らせればわだちがはっきりと残るからだ。

 そうやってこちらの位置を割り出した彼らは、すっかり準備を整えて、取り逃がした獲物を再度、捕らえるために迫ってきているのだ。

 なんて、しつこい奴らなのだろうか!

 カイトの[説得]で諦めてどこかに去ったと思っていたのに、彼らは往生際悪く、少女を奴隷にしようと企んでいた。


(……逃げよう! )


 ステラの判断は早かった。

 それは、この、じぃじとの思い出の詰まったキャンプ地を放棄し、せっかく扉を開いてくれた星屑から得られる品々を諦めるということであり、後ろ髪を引かれる選択であったが、背に腹は変えられない。

 もはや弾なしではなかったが、大勢を相手に勝てる見込みなどありはしない。

 少女はいったん安全装置をかけ直して銃を腰の後ろにしまい込むと、唯一の乗り物であり、相棒であるバイクのモトを取りに駆け出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る