・3-10 第30話:「身を寄せ合って」

 元メイド、旧文明世界の生き残りであるカナエが目覚め、この終末世界の砂を踏みしめたのはまだ正午前だったが、そこから眠りに落ちて、けっこう時間が経っていたらしい。

 仲良く缶詰を食べ終え、わずかに残った汁も貴重な栄養源・水分なので余さずすすり終えるころには、いつの間にか外は暗くなっていた。

 夕焼けは見過ごしてしまったらしい。


「ね、そろそろ、ねよ~か」


 ふわぁ、と大きなあくびをしたステラが、眠たそうに目をこすりながらそう提案してくる。

 正直なところ、カナエは少しも眠くはなかった。少し前までぐっすりと眠っていたのだから当然だが、ポニーテールの少女はずっと、彼女が言うところの[星屑拾い]にいそしんでいたのだから、そろそろ休まねばならない時間なのだろう。


「夜はね~、真っ暗に~、なっちゃうの~。だから~、なにもしないで~、寝ちゃうのが~、一番なの~」


 頭をふわふわと左右に揺らしている少女に間延びした声で教えてもらうと、(なるほど……)と納得した気持ちになる。

 この朽ちたキャンプ地には、まともな電力網などなかった。電気自体はあるし、水生成器はそれで稼働しているらしかったが、照明に使ったりできるようには設備を整えていない。

 おそらく、照明そのものや、電力をつなげる電線も、この世界では貴重なものなのだろう。

 だとすれば、ステラの言う通り、夜は真っ暗になるはずだ。

 かまどの中でまだ微かにくすぶっている火が消えてしまえば、明かりはなにも無くなってしまう。

 星明り、月明かりがあれば外を出歩くくらいはできるだろうが、それだけではまともな作業をすることは難しかった。


「そうね……。それじゃぁ、そろそろ寝ましょうか。また、[じぃじ]さんの寝床をお借りしても? 」

「うん~、い~よ~、い~よ~」


 答えながらステラは、こてん、と頭をカナエの肩に乗せて来る。


「あら。甘えんぼ」

「えへへ」


 軽くしかるような口調で言ったものの、メイドは少女を拒絶したりしなかった。

 なんというか、この、終末世界の星屑拾いには、愛嬌あいきょうがある。

 ちょっと元気が良すぎるようなところもあるが、こうして無邪気に身体を預けてきたり、素直に感情表現してくれたりするのは、とてもかわいらしい。


(妹……、実在していたのね)


 メイドはそんなことを思っていた。

 厳格な一人っ子政策が行われていた軌道上居留地には大勢の知人や幾人かの友人もいたが、皆、兄弟・姉妹などはいなかった。

 妹などというものはすっかり空想上の生き物。小説や映像作品の中に登場させると、[非現実的だ][妹なんて架空の存在だ]と、クレームが入るほどだったのだ。

 うずうず、とカナエの心の中でう騒ぐものがある。


「ほ~ら。ちゃんと寝床で寝ないと、疲れが取れませんよ? 」


 慈母のような優しい笑みを浮かべながらメイドは少女の身体を垂直に立たせてやると、もうぐにゃぐにゃになっている身体を半ば抱きかかえるようにして立たせて、寝床まで連れて行ってやる。

 そして寝かしつけると、そっと毛布までかけてやった。


「ありがと~おね~さ~ん……。おやすみ……なさ~い……」


 少しはにかんで笑い、もぞもぞと身体を動かして位置を調整すると、ステラは段々と小さくなって消えていく声でお礼と挨拶をしてくれた。

 すぐに、すぅ、すぅ、という穏やかな寝息が聞こえてくる。


「さて。それじゃ、私もまた、寝させてもらおうかな」


 そんな少女の姿を数秒ほど見つめた後、満足した顔を浮かべたカナエは振り返り、貸してもらっている寝床へと向かって、横になった。

 シャワーを浴びたり、衣服を着替えたりしたい気持ちだったが、きっぱりと諦める。そんなことのできる水はここには無さそうだったし、着替えはそもそも持っていない。日常生活を送るための必要最低限の日用品や衣装を預けておくためにロッカーを借りていたのだが、それがあった区画はきれいさっぱり、なくなってしまっている。

 砂っぽいし、足場を下りてくる際に、運動したことによるものと恐怖による冷や汗をたっぷりとかいたのであまり気分が良くないのだが、ないものはないのだから仕方がなかった。

 眠気もないし、しつこくまとわりついて来る不快感を忘れるために、カナエはこれからのことを考える。

 ステラとの会話の中で、大まかにこの世界の状況は理解することができた。

 予想以上に、過酷な場所であるらしい。食事は数日に一度というのが当たり前で、どこに行っても大抵はこんな掘っ立て小屋が住処(むしろここはマシな方らしい)。宇宙から降り注ぐ星屑、かつての文明の残滓が生きる糧で、生き残った人類は細々とした暮らしをしているらしい。

 治安もかなり悪いらしかった。星屑拾い同士の間には暗黙のルールがあって意外と争いごとは起こらないのだそうだが、奴隷商といった悪質な人さらいたちもおり、こちらに備えがないと分かれば容赦なく襲いかかって来るという。


(しばらくは、ステラと一緒にいさせてもらえればな)


 ひとまず、自分を睡眠ポッドの眠りから呼び覚ましてくれた少女とは気が合いそうだったし、このままここにいさせてもらいたいと思う。

 しかし、タダで、とはいかないだろう。なにしろ毎日の食事にこと欠き、餓死と隣り合わせの世界なのだ。

 かといって、自分にできることと言えば家事全般くらいしかない。ほどほどに生きる、をモットーに低いテンションで生きて来たから、これと言って自信のある、「自分にはこれができます! 」と胸を張れるような技能は他に思い当たらない。

 とりあえず、明日は掃除でもしてみようか。

 それで役に立つとアピールすれば、ステラもこちらのことを気に入ってくれている様子だったし、一緒にいさせてもらえるかもしれない……。

 そう思った時、ふと、自分の隣に誰かが立つ気配を感じる。

 もうかまどの火は消えてしまっていたので、天井の穴から差し込む月明かりしか頼りにならなかったが、その中でも力強く輝く金髪と、全体的なシルエットで誰なのかはわかった。


「……あら? ステラ、どうしたの? 」


 なにかあったのだろうか? と疑問に思いつつたずねてみたが、返事は返って来ない。

 少女は無言でしゃがみこむと、そのまま、カナエが被っていた毛布の中に入って来て、ぴったりと寄りそっていた。


「あのね。……いっしょに、寝てもい~い? 」


 不安そうに、すがるような言葉。

 ———その一言で、メイドは、今日一日ずっと少女が上機嫌だった理由を悟っていた。

 途方もないお宝を見つけることができた、というのは、もちろんあるだろう。

 だが、なによりも。

 ステラは、「側に誰かがいること」が嬉しくて、たまらなかったのだ。

 彼女はこの朽ちたキャンプ地でずっと、一人で暮らして来たのだという。

 自分以外には生きている者のいない、静かな世界。

 そんな場所で眠ることは、心細かったのに違いない。


「いいよ」


 カナエは短く答えると、寝返りを打って少女と向き合い、軽く手を添えて彼女を抱きしめてやる。

 すると安心したのか、すぐにまた、星屑拾いは寝息をたて始めた。


「おやすみ、ステラ」


 その姿に微笑ましい、満たされた気持ちになったカナエはそのまま、自身が眠りについても、ステラのことを離さなかった。

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