・3-9 第29話:「ごちそう」

 ほどなくして、廃墟と見紛みまごうばかりの掘っ立て小屋の中で、ささやかな夕食会が開かれることとなった。

 かまどの火の前に集まり、むき出しの砂地の上に錆びたバケツを逆さまに置いてイス代わりにして、宴席を設ける。

 メニューは、缶詰と、缶詰と、缶詰。

 パッケージがすっかり擦り切れてしまっているので、[何の]と聞かれてもはっきりとしたことは答えることができない。

 見た目から判断すれば、おそらく、ひとつはソーセージだ。天然モノではなく合成された袋の中に、よく練って味付けをされたひき肉が調味液と共にぎっしり詰まっている。おそらく全長が何メートルにもなるほど長く作られたそれをぶつ切りにして、缶の中に断面が見えるようにたっぷりと並べたもの。

 もう一つは、ポークビーンズと呼ばれる料理だろう。色白の豆と、何かわからないお肉(セオリーから言えば豚肉だが)、それと数種類の細かく刻まれた野菜が具材としてごろごろと入っており、トマトベースのスープで煮込まれている。

 三つめは、よくわからない。黒々とした液体の中に、なにか固形物が混ざっている。強いて言うならばシチューに見えるのだが、とっくの昔に消費期限を超過した食品だ。本来の料理とは異なったなんらかの物体に変質してしまっている可能性もあるだろう。ただ、匂いは悪くない。


「へっへへ~♪ 缶詰はね、見た目からじゃ中身が分からないから、いっつも開ける時にドキドキするの! たま~に変なのもあるけれど、今日のはどれも当たりで、美味しそう! ソーセージは、二人で分けて食べよーね! それでね、おねーさん、こっちとこっち、どっちを食べたい? 」


 かまどの中で燃える炎の直火で暖められ、ふつふつと煮え始めて来た缶詰を前にしゃがみこんでいたステラは、もう待ちきれない、というはしゃいだ様子で両腕のガッツポーズを上下に揺すっている。ポニーテールがぴょんぴょんと跳ねて、なんともにぎやかだ。


「え、えっと……」


 カナエは、少女が指さした二つの缶詰の内、黒い方を見つめながら言いよどむ。

 ———正直、フタを開けてみたのにまだ中身が判然としないような怪しげなものを、食べたくはなかった。

 これだけ荒廃してしまった世界だ。どこにもまともな医療機関など残ってはいないだろう。つまり、ちょっと腹痛を悪化させただけでも、命が危うい。

 悪くなっているかもしれないモノを食べて、苦しみ、のたうち回った挙句に衰弱死、という未来を迎えるのは、想像したくもないことだ。

 しかし、カナエはそう申し出ることがなかなかできなかった。

 なにしろメイドは、食事をごちそうしてもらっている立場だ。親切に、おそらくは相当に貴重な食べ物を分けてくれている相手に、危ないかもしれないものを食べさせるというのはどうにも気が引けてしまう。

 ちらり、と横目でステラの様子をうかがう。

 彼女は上機嫌に鼻歌を歌っていた。缶詰を食べるのが楽しみで仕方がないという感じだ。

 中身が黒くてドロッとしていることには、少しも警戒心を抱いてはいないらしい。


(大丈夫、ってことなのかしら……? )


 イマイチ確信を持つことはできなかったが、どうせ、どの缶詰もとっくに消費期限の切れているものなのだからと思い直し、カナエは中身の黒い缶詰の方を指さしていた。


「そ、それじゃぁ、そっちの、黒い方をいただきたいです」

「うん、りょーかい! 多分それ、ビーフシチューだよ! 昔、じぃじと一緒に食べたんだ。美味しかったなぁ……! 」


 ステラが無警戒だったのは、かつて同じ缶詰を食べたことがあるからだったらしい。


(元気ってことは……、やっぱり、食べても平気、っていうことよね? )


 缶詰にも個体差はあるのに違いなかったが、パッケージが消えてなくなるほど年月が経っているのだから、もしダメになってしまうようだったらそういった些細な差など関係なく食べられなくなっているはずだろう。

 少女が無邪気に「はい、どーぞ! 熱いから、気をつけてね? 」とビーフシチュー(?)の缶詰を、廃材を削り出して作ったらしい頭の平べったいスプーンと一緒に差し出して来るので、メイドはそれを受け取らざるを得なかった。

 実際、しっかり加熱されている。受け取る時にステラが貸してくれた厚手の手袋をしていなかったら、火傷してしまっていたかもしれない。


「いっただっきま~す! ……うん、おいひーっ!!! 」


 さっそく、少女はポークビーンズを多めにすくってぱくつくと、幸せそうに表情をほころばせる。

 これ以上ないごちそうを楽しんでいるような雰囲気だ。

 ———カナエは、受け取った缶詰の、黒々としたドロドロを見下ろしながら、ゴクリ、と喉を鳴らした。

 食欲でよだれがこぼれそうになったからではない。

 緊張で固唾を飲んだのだ。

 しかし、結局はスプーンを手に取り、おそるおそるシチュー(?)をすくいあげ、口へと運ぶ。

 空腹なのは間違いなかったし、ここには他に食べられるものなどありはしないからだ。


「……あ、美味しい」


 どうやら、心配は杞憂だった。

 一か八かだと覚悟を決めて咀嚼し、味わってみると、確かにビーフシチューの味がする。

 どうせ肉は安価な合成肉で、長い年月の間にすっかり本来の風味は失われてしまっているのだろうが、それでもまともに食べられる味わいだった。

 それからの食事会は、ただただ純粋じゅんすいに、楽しいものになった。

 ステラからこの世界の暮らしぶりや、かつてキャンプ地にまだたくさんの人々がいたころの思い出などを聞きながら、スプーンで料理を口に運ぶ。

 特にソーセージが抜群の味だった。火にあぶられてふつふつと煮立ち、皮が裂けたりしたアツアツのところに、ぐさり、と豪快に棒切れを刺して、まるで棒つきのキャンデーのようにしてぱくり。

 豚肉風味に整えられた合成肉からジューシーな肉汁があふれ出し、ほのかなスパイスの香りと少し強めの塩気が絶妙にマッチして、ひとつ、もうひとつ、と、どんどん食が進んでいく。

 一緒にかまどの火を囲み、食事をし、会話を交わすうちに、ステラとも段々と打ち解けて来る。

 しまいには、二人は互いに食べさせ合いっこをするほどにまで仲良くなっていた。

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