・3-8 第28話:「大収穫」

 足場から地上まで下りてくることがやはり強い疲労をもたらしていたのか。

 それとも、実は冷凍睡眠ポッドを利用した二十四時間労働には、知られていない問題があって、気づかないだけで身体は疲弊ひへいしていたのか。

 あまり寝心地の良い場所とは言えないはずなのに、カナエの眠りは深いものになった。


「たっだいま~! 」


 リュックにアンドロイドの腕やら脚やら、頭やらを詰め込み、ほくほくした笑顔で帰って来たステラが大声で挨拶をしなければ、もう、何時間でも眠り続けていたかもしれない。


「……ハっ!? 」


 メイドは目を覚ますと、慌てて枕もとの眼鏡を探し、それを身につけながら飛び起きて居住まいを正し、深々と頭を下げていた。


「も、申し訳ございません! ご主人様っ! どうやら疲れていたらしく、ついうたた寝を……っ、て、あ、あれ? 」


 染みついた仕事のクセでそんな反応を示してしまったのだが、意識がはっきりとして来るとおかしなことをしていることに気づく。

 ここは自分の派遣先ではないし、もう、メイドとして働かなくてもよいのだ。

 なぜなら、———世界は滅んでしまったのだから。


「ごめんなさい。あたし、起こしちゃったみたい……」


 その寝ぼけた様子を見たステラは、自分が大声を出したせいだと気づいたのか、すまなさそうな顔になる。


「けど、家に誰かいるって思ったら、なんだか、嬉しくって」


 それからうつむくと、もじもじとしている。

 はにかんでいるらしい。


「大丈夫だよ、ステラ。休ませてもらったおかげで、身体の具合も良くなってきたし」


 そんな少女の様子を見て、どうやらずっと一人で暮らしていたらしい彼女がどれだけ寂しい思いをして来たのかということに思い至ったカナエは、なんだか愛らしく思えて柔らかな笑みを浮かべて見せる。

 口調も、ずいぶん砕けたものに変わっていた。もう自分はメイドとして働く必要はないし、他人行儀な言葉遣いだと、ステラも居心地が悪そうにしていたからだ。


「それより、首尾はどうだったのかしら? 」

「うん、もうね! たいりょーってやつだよ! 」


 すると、ぱぁっ、と笑顔が弾けた。

 少女がかがむのと同時にポニーテールが元気にぴょん! と跳ねる。その直後には、ガシャガシャと二人の足元に本日の戦利品が広げられていた。

 アンドロイドの部品。世界がこんなに崩壊する前は、ありふれていたもの。

 だが、この終末世界においては、大層な価値があるものらしい。


「うへへへ……。これだけあれば、お腹いっぱい、ごはんを食べられちゃうよぅ」


 ステラの顔がだらしなく緩み、にへら、と笑った口の端から涎が垂れそうになる。

 カナエからすると若干不気味にも思える喜びようだった。それに、人間社会に溶け込んで働くために、見た目は機械っぽくされているものの完全な人型をしているアンドロイドの手足や生首を見て涎を垂らすという感覚は、ちょっと理解しがたい。


「えっと、ステラ? こんなガラクタに、そんなに価値があるの? 」

「あるよ! アリアリ、だよ! これだけあれば、何週間も食べ物に困らなくて済むもの! 」


 もう嬉しくて楽しくてしかたがない、といった様子で少女は両手でガッツポーズを作って興奮気味に教えてくれたが、すぐにまた、表情が緩む。


「あの星屑の中にはこういうのが、もっと、たっくさんあるの……。ふへへ、あたし、[お金持ち]になっちゃったよ~」


 夢見心地、といった言葉があるが、まさに今のステラにぴったりな表現だった。

 ———その時、くぅ、と、小さく腹の虫が鳴る。

 ポニーテールの少女からではなかった。


「あっ、その……、なんか、ごめんなさい」


 赤面したカナエは、申し訳なさそうに視線を逸らす。

 我ながらはしたないことだと思う。

 まるで、なにか食べさせてくれと催促さいそくしているようなタイミングで音をさせてしまったからだ。

 食事や生理現象の処理など、日常的な雑事はいつも、仕事と冷凍睡眠の間に済ませていた。そして目覚めて働きに向かう前に、下町ダウンタウンで安く売られている合成食糧を使った屋台や、ロイヤル・メイド派遣サービスが支給してくれる、味気ないブロックタイプのまかないを食べていくのが、いつものルーチンだ。

 身体はすっかり、そのパターンを覚えていたらしい。


「えへへ! いーよ、いーよ! 今日は、あたしがごちそうしてあげる! だって、あの星屑みーんな拾ったら、凄いんだもん! 」


 終末世界の食糧事情のことをカナエはまだあまり知らなかったが、とりあえず食べ物は分けてもらえるらしい。


「ちょっと、目をつむっててね! 食べ物の保管庫の場所は、お客さんにも秘密だから! 」


 言われた通りに目を閉じると、その間にステラは家のどこかへと向かい、バサバサ、ゴソゴソ、といろいろな物音をさせる。


「ん、いーよ! 目をあけて! 」


 カナエが目を開くと、そこにはステラの満面の笑みと、両手に抱えられた三つの缶詰の姿があった。


「えっと……、それは、食べられる、の……? 」


 食事をおごってもらえるのは大変ありがたいことだったが、メイドは不安で仕方がなかった。

 なにしろ、少女の小さな手からあふれるほどの大きさを持つ缶詰たちは、誰が見ても[缶詰だ]とわかる厚みのある丸い缶だったが、その表面に描かれていたはずのパッケージなどは擦り切れてほとんど見えなくなっていたし、錆びらしいものも浮いている。

 相当、古いものに見えるのだ。


「もちろん! おいし~んだから! 」


 しかしステラはカナエの困惑した表情などおかまいなしだ。

 楽しそうにそう言うと、「今、あっためるから! 」と言って、残骸で作ったお手製のかまどへと駆けよっていく。

 手慣れた様子で石炭を用意すると、スキットル状の容器から液体燃料を注ぎ、火打石で着火。すぐに炎が立ち、細い煙があがって、壁の一画に大きめに開いていた穴から外に逃げていく。

 湯煎でもするのだろうかと思っていると、どうやら直火で暖めるらしい。プルタブのついたフタをぺりぺり、とがすと、少女は火の近くに並べていく。


(そっか。お水が、すごく貴重なんだ)


 その様子を見つめながら、カナエは初めて目にしたこの終末世界の光景、一面に乾燥した砂漠が広がっているという景色を思い出していた。

 そうして、待つこと数分。

 驚いたことに、辺りには美味しそうな匂いがただよい始めていた。

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