更に五日後

1月14日



「なんで私はまた兄さんと一緒にいるのかなぁ……」


 義妹の気だるげな声が聞こえてきた。


「なにが不満なんだ! なにが!」

「だってなぁ」


 俺と灯里あかりは、ある研究施設に収容されることになった。


 ――灯里あかりは、あの後すぐに治療が行われた。


 まだ顔色は良くないが、目立った外傷がなかったおかげで、灯里あかりの体はほとんど前と同じ状態に戻すことができたらしい。


「私、ワクチンの貴重な成功例なんだって。私のおかげで、治療はもっと進んでいくだろうって言ってたよ」

「そっか」


 灯里あかりの枕元には、ぬいぐるみの熊五郎が置かれていた。


「熊五郎~、やっと兄さんから離れられたと思ったのにまた兄さんと一緒になっちゃたよ~」

「こ、こいつめ……」


 体はまだ思うように動かないらしいが、口だけはずっとこの調子だ。

 この一ヶ月間と同じように、ずっと軽口を叩いている。


「自我がなかったら治らなかったらしいよ。発症しても自我があったのは、一ヶ月の間ずっと一緒にいてくれた人いるからだってさ」

「ふんっ、じゃあ俺に少しでも感謝してほしいもんだ」

「感謝してるよ」

「へ?」

「一ヶ月間、私のことを見捨てないでくれてありがとう」

「う、うん……」


 急に素直に言われてしまって、俺もなんて返事をしていいか分からなくなってしまった。


「あっ、照れてる」

「照れてない」

「照れてるし」

「お前が勝手に決めるな!」


 大切な家族と、普通に会話ができる……。

 その幸せを俺は噛みしめていた。


 恥ずかしいからこいつにはそんなことは言えないけどさ。


「……」

「兄さん?」

「……俺、お前が無事で本当に嬉しいよ。こんな風にまた話せて本当に嬉しい。お前と一緒にいられて幸せだ」


 いや、恥ずかしいからじゃないな……。


 言えるときにちゃんと言ってしまおう。


 伝えたい気持ちがあるなら、ちゃんと伝えられるうちに伝えてしまおう。


「うん、私も兄さんと一緒になれてまた嬉しい」

「これからもまた一緒にいてくれるか?」

「もちろん、兄さんも私とずっと一緒にいてくれる?」

「ゾンビになってもお前を見つけ出した男だぞ。当たり前だろ」

「あははは、ありがとう」

「ところで、ずっと気になってたんだけどさ……」

「なに?」

「なんでお前噛まれたの? 今まで外に行くことなんてなかったじゃん」


 俺の言葉に、灯里あかりは気まずそうな顔をみせた。


灯里あかり?」

「兄さんのクリスマスプレゼントを探しに行ってたの……」

「は? そんだけ?」

「それだけじゃないよ! いつまでもこのままじゃ良くないから避難所に行けるようにと!」

「危機感がなさすぎる……」

「に、兄さんがいつもへっちゃらな顔で避難所に行ったりしてるから!」

「俺はいつも武器を持っているし、細心の注意を払って行ってるの! 大体、なんでクリスマスプレゼントなんか!」

「だって……だって……」

「だって?」

「どうしても伝えたい言葉があったんだもん……」

「伝えたい言葉?」


 義妹がよく分からないことを言っている。


 ……今はこのやり取りが楽しくて仕方がない。


 つらい世界だけど、大切な人がいれば、これからもこんな風に楽しいことは沢山あるよな。


「ちゃんと治ったら言う。でも、さっき言質は取ったからね」



義妹が兄に告白するまで後30日











ワクチンが完成してパンデミックが終了するまで後3000日




 



 


 


一か月後にゾンビになる義妹 ~FIN~

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一か月後にゾンビになる義妹 丸焦ししゃも @sisyamoA

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