人見知り属コミュ症科の残念女子が異世界転移した結果

深園 彩月

第0話

 何故こんなことになったんだろう。

 視界いっぱいに広がる光景を呆然と眺めながら心の中で呟いた。


 落ち着け私。まずは現状のおさらいだ。

 ついさっき私は学校が終わってるんたったー♪とスキップしながら帰ってるところだった。

 学校帰りに友達とカラオケ?友達とショッピング?何それおいしいの?な典型オタクぼっちな私は買ったばかりで未開封の新作ゲームに心躍らせていた訳ですよ。

 明日は土曜日だやったね丸1日プレイできるぜー放任主義な両親バンザーイ!なーんて思いながら帰っていた訳ですよ。

 それがいきなり立ち眩みがして目を開けたらあら不思議。通行人が疎らにいた住宅街から一転、木々が生い茂った一面大自然に早変わり!空気が美味しいわ!ひゃっはー!

 いや意味分からんし。これ漫画とか小説によくある異世界転移ってやつだよね?まさか自分が体験するなんて思わなかった。人生って何が起こるか分からないもんだね。

 チェンジ!チェーーーンジ!!

 こういうのはね、異世界転移して喜ぶやつが選ばれるべきだと思うの。なんかチートな能力貰って俺tueeeeとかやってればいいって思うの。な・の・に、なんで私!?全然嬉しくない!新作ゲームが私を待ってるの!誰か他の人とチェンジして神様!

 なんて必死に願ったところで現状は変わらない。現実なんてそんなもんさ。ははは。


 はぁ、とがっくり項垂れて頭を切り替える。

 現状を嘆いてても時間が巻き戻る訳でなし、今後のこと考えなくちゃ。

 周りをぐるっと見てみる。森。以上。

 それ以外どう言えと?見渡す限り木ばっかなんよ?傾斜がないから山じゃなくて森だなーくらいしか浮かばんわ。

 街道は見当たらない。小鳥の囀りが聞こえてくるので野生動物は生息している。

 スマホを見る。圏外。うん知ってた。

 時刻は16時37分。夕日が綺麗だなー。日本と時間のズレはなさそうだね。


 よし、確認。

 ここはどこかの森の中。街道はない、人も見当たらない、連絡手段もない。ないない尽くしじゃーん。

 冗談言ってる場合じゃねぇや。これからどうしよう?水と食糧の確保は急務だよね。陽が落ちる前に水だけでもなんとかしなきゃ。じっとしてても事態が変わる訳でもないし、とりあえず歩くか。

 学生鞄から辞書を取り出してそろりと歩き出す。なんで辞書なんだって?武器になりそうなのがそれしかなかったんだよ!

 読書中に分からない単語調べる用に持ち歩く癖があって良かったー。高校入学のときにスマホデビューしてから使ってなかったけど。だってスマホで検索する方が早いもん。

 尚、鈍器として使いますが何か。

 異世界転移ってあれじゃん、転移先の世界にモンスターがいるのがセオリーじゃん。何でもいいから武器持ってないと怖いっす。


 肉食獣が寄ってこないように気配を消して、なるべく音を立てないように抜き足差し足忍び足。

 しばらく歩いていたらウサギさんとエンカウント!

 真っ白な体毛が綺麗だね。真っ赤な目が血走ってるけど。鼻をピクピクさせて愛らしいね。吐く息めっちゃ荒いけど。垂れ耳がチャーミングだね。私の腕くらいの長い牙を剥き出しにしてるけど。


「ひぎぃっ……!!」


 女子らしくない悲鳴が口をついて出た。

 ななな何あれ!ゾウ並みにでっかいんだけど!?早速モンスターと遭遇かよ!

 後ろ足をリズミカルにダダンッと踏みしめ、前傾姿勢になる巨大ウサギ。餌認定して飛び掛かろうとしてるんですね、分かります。

 辞書をぶん投げてみた。軽く避けられた。


「ど畜生がぁぁぁ!!」


 鈍器代わりの辞書があってもどうにもなんないじゃねぇか!と思いつつ予想通りどえらいスピードで飛び掛かってきた巨大ウサギを寸でのところで避けた。で、そのまま逃走。

 臆病者の瞬発力と逃げ足の速さを舐めるなよ脚力お化け!

 森の中を爆走する私とぴょんぴょん跳び跳ねて追いかけるウサギの図。決してアハハウフフ♪な関係ではない。追い付かれたらジ・エンドな地獄の鬼ごっこ真っ只中だ。

 しかし悲しいかな、いくら逃げ足が速くても非力なオタクのみそっかすな体力じゃあすぐに力尽きるのがオチでして……


「はぁっ、はぁ……ここまでか……」


 木に凭れかかってカッコよくキメてみた。どやぁ。

 まさかいきなり異世界トリップかーらーの突撃魔物の晩ごはーん☆食べられるのは私だぜっ!な展開になるとはね。いやぁ参った参った。

 獲物を追い詰めて嬉しそうに口元を歪ませ、待ちきれないとばかりに飛び掛かる巨大ウサギ。いやにスローモーションに見えるそれをぼんやりと見上げる私。

 知らない世界に放り込まれた恐怖も、未知の生き物に食べられる恐怖もあるけれど、一周回って冷静になった。諦めたとも言う。

 あーあ、短い人生だったなぁ……

 ゆっくり瞼を閉じたそのとき、石を打ち鳴らすような音がどこからか聞こえてきた。そして……


「……やば。出力調整間違えた」


 そんな焦り声が耳にするりと入り込んだ瞬間、私の身体は強烈な光と激痛に包まれて意識を手放した。




 目が覚めるとそこは知らない天井。

 開け放たれた窓から流れてくる柔らかな風に弄ばれる白いカーテンを眺めて、巨大ウサギとの鬼ごっこは夢だったんじゃないかと思い始めたとき、すぐそばから聞き慣れない声がした。


「あ、起きた?」


 夜空のように綺麗な紫紺の髪と瞳を持つそれなりに整った顔の男が私が投げ捨てたはずの辞書を捲りながらこちらを窺う視線を寄越したのが視界に入った瞬間、一気に現実に引き戻される。

 巨大ウサギに食われる直前に聞いた声と同じだなぁなんて頭の片隅で考えながら、身体は勝手に動いていた。

 ベッドから飛び起きて部屋の隅っこにしゅばっとな!巨大ウサギから逃げ惑ってたときと同じかそれ以上の素早さで見知らぬ男から距離をとった。


「……そんなあからさまに逃げないでくれる?うっかり魔導具の調整ミスってドンラビットと一緒に殺しかけたのは悪かったって」


 バツが悪そうな顔で謝るイケメン。

 魔導具ってなんぞや?ドンラビットってあの巨大ウサギのこと?うっかり殺しかけたって何?そう聞きたいけど極度の緊張が身体を支配して声が出せない。


「ちゃんと治癒魔導師に治してもらったから安心して。それよりも、この本は君の?見慣れない文字だけど近隣諸国の文字じゃないよね。どこから来たの?」


 そうね!確かに怪我はないね!でも見知らぬ人間がいるってだけで安心なんてできないんだよぉ!

 自慢じゃないけど私極度の人見知りなの。コミュ症なの。繊細なチキンハートなの!行事日程急変更とかで学校からくる電話にも飛び上がって三回深呼吸してからじゃないと出られないうえにまともに返事もできない豆腐メンタル女子なのぉぉぉ!!


「……黙ってちゃ分かんないんだけど」


 私の辞書を手近な机に置き眉間にシワを寄せてこちらをじっと見つめる夜空色のイケメン。

 な、何か言わなきゃ。何か、何か……


「ロイ、そう冷たくすんじゃねぇよ!嬢ちゃん怖がってるじゃねぇか」


「冷たくない」


「他人にはその素っ気ない態度が冷たく見えるんですよ」


 バァンっと扉を開き突如割り込んできた誰かが助け船を出してくれた。有難い。有難いけど、知らない人増えたぁ!

 生まれたての小鹿状態でそろりと視線を向ける。そこには全身を鍛え上げた逞しい体躯の老人としゅっと引き締まったいわゆる細マッチョな中年男の二人組が……


「どうした嬢ちゃん!?鼻血がすげぇぞ!」


「怪我は治したんじゃなかったのですか?至急治癒魔導師の手配を!」


 鼻から流血してるけど、二人組が騒いでるけど、そんなの気にならないくらい私の目は釘付けになっていた。

 彼らの筋肉に。

 私のお気に入りバトルゲー『筋肉メモリアル』、略して『筋メモ』に登場するゴリマッチョ老神父と細マッチョ吟遊詩人にクリソツぅ!!

 私、オタクはオタクでもアニオタやゲーオタではなく筋肉オタクなのです。アニメも漫画もゲームも嗜むけど美麗な筋肉を見たいがためであって本編はどうでもいい。ちなみに未プレイ新作ゲームは『筋メモ』シリーズ3。マニアックだけど人気作です。

 鍛え上げられた身体って素敵よね。シックスパックはロマンだわ。触ってもいいですか?


「鍛え上げられた身体って素敵よね。シックスパックはロマンだわ。触ってもいいですか?」


 その場が静寂に包まれた。

 え、私何も言ってない。心の中でベラベラ喋ってただけよ?今の何??

 全員がブリキの人形みたいにギギギと首を動かし、将軍っぽい老人もとい素敵筋肉さんその1がロイと呼んでいた青年へと視線を向けた。


「ロイ……?貴方、そっちの趣味が……?」


「断じて違う。俺らを怖がって彼女が話そうとしないから手っ取り早く読心の魔導具使ったの」


「おまっ、それ、バレたら儂の首飛ぶやつ!」


「黙ってりゃ問題ないでしょ」


 へー、心を読む道具なんてあるのかー。人見知りで口下手な私にとっては有難い。上手く喋れなくても自分の意思を伝えられるんだもん。


「……心読まれるの、普通は嫌がるもんだけど……まぁいいや。ただの人見知りで口下手なだけだってさ」


 ハイハイそうでーす!

 人見知り属コミュ症科口下手クラスのラピスちゃん15才筋肉大好き高校1年生でーす!


「名前はラピス、年齢は15。無口だけど頭の中は筋肉のことしか考えてないアッパラパー」


 わぁお辛辣ーぅ!というか爆発といい心読みといい、実力行使が早すぎないかねイケメンさんや。合理的だけどさ。


「お、おお。そうか……儂の身体はどうだ?」


 自慢気に力こぶをつくる素敵筋肉さんその1。

 ああっ……!イイ……っ!

 グッとサムズアップする。素敵筋肉さんその1は誇らしげに胸を張り、素敵筋肉さんその2はやれやれと頭を振った。

 鼻血ブーで語彙力低下している変態の心が丸分かりなロイさんの異常者を見る目が突き刺さるけど知ったことか!


 ……とまぁ話が脱線しかけたところで改めて情報を擦り合わせることに。

 素敵筋肉さんその2が淹れてくれたお茶には手をつけずに、テーブルを挟んで座る素敵筋肉さんコンビとロイさんをチラ見。

 ああなんて素敵な上腕二頭筋。服を着てても分かる筋肉の色気が素晴らしい……じゃなくて、マッチョ2人に観察するような目で見られると圧迫面接みたいだわぁ。


「さて……ラピスさん。改めて、そちらの事情をお聞かせ願えますか?」


 ティーカップ片手ににこりと微笑む素敵筋肉さんその2。

 こくりと頷き、ティーカップに口をつけて、緊張を解すためにすーはーすーはーと何度か深呼吸してから語りだした。

 頑張ったよ私。上手く説明できず何度もロイさんが補足してくれましたけども。最終的にロイさんが代わりに説明してくれましたけども。

 時計の長い針がくるっと一周した頃にはぐったりぐでーんな私の出来上がり。人見知り属コミュ症科の人間が知り合って間もない他人と長時間話すのって人の何倍も疲れるんよ……


「まさか、異界の者だとは……」


 私が異世界人と知って驚く面々。

 この世界では何の兆候もなしに異世界から人や物が転移してくる事象が稀にあるそうで、驚いてはいるもののすんなり受け入れている様子。

 人間だけじゃなく無機物まで世界の壁をぶち破ってる事実にこっちも驚きだわ。

 なんだろうね?なんらかの要因で事故ってるのか、神様の気まぐれかは知らないけど、いい迷惑だよ。

 異世界人が元の世界に帰った記録はないと言われて、やっぱりかーと落胆した。

 ちょっと君達、そんな可哀想なものを見る目をしないでおくれよ。私がいなくなって悲しむ人なんていないしさ。しいて言うなら『筋メモ3』をプレイできなかったことだけが心残りだけど、こうして素敵な筋肉と巡り合えたから良しとしよう。

 唯一私の心の声を聞けるロイさんの目がめっちゃ冷めてますがな。筋肉萌え萌えーな心の声駄々漏れだもんね。

 いやーん恥ずかしー!ロイさんのえっちー!

 …………すみません。ふざけすぎました。土下座するので爆発の魔導具とやらをぶっ放そうとすんの止めて下さいお願いします。


「何故いきなり土下座する?そんなことせずともちゃんと面倒見てやるから安心せい」


 素敵筋肉さんその1がなんか勘違いしてくれたけど、それを聞けて安心した。ここで放り出されたら今度こそ魔物にパックンされて終わりだからね。

 んで今度は私が聞く番。思い付く限りのことを頑張って聞き出しましたとも。ロイさん経由で!

 まず私達が今いるここはトゥリーティス王国の最南端、南の隣国との国境に位置するドリア大樹海の手前にある砦。私が迷子になってたのはその大樹海の浅い場所らしい。

 美味しそうな名前は魅力的だが内実は凶悪な魔物が闊歩する魔境だ。頭を使うわ魔法を使うわ物理も最強クラスだわの最悪コンボな魔物がうじゃうじゃいるってさ。……私よく生きてたな?

 んで、素敵筋肉さんコンビとロイさんはこの砦を拠点とする国境防衛魔物討伐隊に所属する騎士と魔導師だそうな。

 えらく仰々しい名前のわりに低予算で国にこき使われてると素敵筋肉さんその1が愚痴ってその2が「無関係な人に内情を暴露しないで下さい隊長」と黒い笑みを浮かべていらっしゃいました。

 なんとこの二人、討伐隊の隊長と副隊長でした。でも素敵筋肉さん呼びは止めないぜ!


「すっかり冷めてしまいましたね。今淹れ直すので少々お待ち下さい」


 ぬるいを通り越して冷たくなったお茶を片して新しく淹れ直してくれた副隊長にぺこりと頭を下げて、湯気が立ち上るお茶で乾いた喉を潤した。




 素敵筋肉さんコンビから解放されて自分が宛がわれてる部屋に戻ろうとしたらロイさんからストップがかかり、手招きされて近寄ったら頭を撫でられた。わーい。……何故に?


「突然知らない世界に放り出されたポンコツ小娘にしては上手く立ち回ってるから、ご褒美」


 上手く立ち回ってる?私が?いやいや、そんなことないっすよー。ただ運が良いだけっすよー。

 ロイさんが意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「だって君、副隊長が淹れた最初のお茶が自白剤入りだって気付いて飲むフリしてたじゃない。淹れ直したお茶はちゃんと飲んでたし」


 ありゃりゃ、ばれてーら。もしや素敵筋肉さんコンビにもバレちゃってる?


「いや、あの二人は気付いてないよ。ただのアッパラパーな変態かと思ってたけど意外と冷静で警戒心強いよね、君。ラピスってのも偽名でしょ?呼ばれても反応しないときあるし」


「うぐっ」


 彼の言う通り偽名だ。契約魔法とか呪いとかで本名を縛られてどうこうされる可能性も考慮してとっさに偽名を使ったんだ。


「ほんっと警戒心強いね。でも俺にくらい教えてくれてもいいんじゃないの?契約魔法?なんてのも聞いたことないし」


 そ、そうだったんですね。私が警戒しすぎなだけでしたか……


「ロイ・アウィン」


「え?」


「俺の名前。これで対等でしょ」


 ううう。ここまで言われたら私も腹を括るしかない……!


「……瑠璃。影山 瑠璃、です」


 ラピスってのは英名のラピスラズリからとった。ラテン語でラピスは石、ラズリは天空を意味する。石のように息を潜めて生きたいのでラピスにしました。

 で、名乗ったら爆笑された。人の名前聞いて爆笑するとはいい性格してんなロイさんよ。

 ふーんだ。どうせこんな根暗オタクに宝石の名前なんて似合わないですよーだ。


「はははっ!いやそこじゃなくて、名乗るだけでそんなに力む人初めて見たからさ」


 言われてから気付いた。両手を白くなるほどきつく握り締めていることに。

 しょ、しょうがないじゃないの!なんかこう、改めて自己紹介しようとしたら緊張しちゃったんだよ!

 内心そう言い訳したら更に笑われた。うぅ、なんだよう……初対面の人とも普通に話せるフレンドリーな人に他人と話すだけで緊張感MAXな人間の気持ちなんて分からんだろう……!


「あ、それと。綺麗だよ。君の名前」


 ロイさんや。心臓に悪い言い方せんでおくれ。





 討伐隊とともに街へレッツゴー!

 素敵筋肉さんコンビは残留組。なんか近隣諸国がキナ臭くて役職持ちはおちおち休んでられないんだってさ。よく分からんけど大変そう。頑張って軍人さん。

 道中は討伐隊の皆さんに色々教わった。

 この世界の常識はもちろんのこと、野営でのテントの張り方や火起こし、森の中での歩き方、川があれば魚の捕り方、魔物避けの道具の作り方、魔物が近寄ってきた場合に使う煙幕弾などの身を守る道具の作り方と使い方などなど。

 教わったといっても自分から聞きに言ったりした訳ではない。人見知りにはハードル高いんだぜ。

 皆の会話を盗み聞きしたり、彼らの行動を陰から眺めて見よう見まねで実践してるのさ!えっへん!日課の筋肉ウォッチングで鍛えた観察眼が唸るぜ!

 討伐隊の皆さんは隊長から私が超絶人見知りな異世界人だと知らされてるので観察されても何も言わない。むしろ私が覚えやすいように独り言という名の解説つき。火起こしの注意点とか。

 なんて優しいの……素晴らしい筋肉をお持ちの方は心まで洗練されてるのかしら……


「それ、味気ないでしょ」


 自分で捕った川魚を木の枝にぶっ刺して焚き火で焼いて熱さに悶えながら咀嚼していたらロイさんが隣に座って私の手にある川魚に塩を振りかけてくれた。

 ありがとうの意味でぺこりと頭を下げる。


 異世界転移してから早10日。

 討伐隊とともに街へ向かう道中の野営にも慣れてきた。

 討伐隊は砦に常駐する者と街で待機もといお休みする者とで分けられ、定期的に交代する。運良くその時期に異世界転移が重なったおかげでわりとすぐに街に出発と相成ったのだ。

 道中こうして何かとロイさんが世話を焼いてくれるのでとても助かっている。

 ロイさんって言葉が淡々としてるし時々辛辣だけどなんやかんやで面倒見がいいんだよね。


「ルリ」


 周囲に人がいないからか本名で呼ばれた。


「食糧は多めに確保してあるし、塩も腐るほどある。だから遠慮なんてしなくていい」


 予想外に真面目な声だったもんだから目をぱちくり。次いで言葉の意味を噛み締めて苦笑した。

 過酷な環境下での食糧はとても貴重だ。それを余所者の私が、討伐の手伝いどころか雑用すらろくにできない私が横取りする訳にはいかない。

 でも厚意を無下にするのも悪いし、塩は少しもらおうかな。

 よくできましたと頭を撫でるロイさん。頭撫でるの好きなんかな?と思いながら焼き魚をぱくり。

 淡白な魚の味と塩の味しかしないのに、なんだかすごく美味しかった。



 夜は魔物が活発化する。だから極力一ヶ所に集まって交代で休む。

 でも私知ってるんだ。ロイさんが毎晩離れたところで魔導具の開発に勤しんでるって。

 討伐隊に所属する魔導師は基本戦闘特化型だけど、ロイさんは戦闘が得意ではない。ならなんで討伐隊にいるんだって話だけど、元は王宮に所属してたんだって。で、お偉いさんに睨まれて異動になったと。王宮からこんな僻地に異動って、どう考えても左遷だよね。

 その原因がどうも私のために常時使用中の読心の魔導具に起因してるようで、悪巧み大好きな悪徳貴族が自分にとって都合の悪い魔導具が作られたと知り、国の上層部を言いくるめて制作者ロイさんを僻地送りにしたってのが真相。

 本人は暗殺されなかっただけマシ、王宮に未練はないし食い扶持が稼げて魔導具を作れるならどこでもいいって言ってたけどね。


「また今日も見学?物好きだね」


 月明かりが闇夜を照らす中、綺麗な石を削って形を整えながら紫色に輝く魔力で複雑な紋様を描くロイさんを物陰からそっと窺っていたら、手元から目は離さずに静かに声をかけられた。


「こっち来れば。邪魔なんかじゃないからさ」


 彼が魔導具を作ってるとこを毎晩物陰から見学してたのも、邪魔しちゃ悪いからと息を潜めて気配を殺していたのも、彼にはお見通しだったようだ。

 いそいそと近くの岩を椅子代わりにして、ロイさんの手元を眺める。

 彼の手にある綺麗な石は魔石という魔物の核で、それに魔力を組み込んだりして魔導具が完成するらしい。詳しいことは分からん。

 今作ってるのは結界の魔導具。一度完成して試しに使ったけど納得いかない出来映えだったのか改良中のやつ。


「強度は問題ないんだけど、展開する範囲が狭いんだよね。大きな結界にすれば魔物の被害も減るし、いい線いってると思ったんだけど……」


 結界専門の魔導師は討伐隊に何人もいるよね?てことは街の防衛用?


「うん、そう。大きな街なら結界の魔導師が何人もいるけど、寒村や小さな街にはいない。だから常に魔物の脅威に晒されている。どうにかしたいんだよ、最悪の事態になる前に」


 決意を秘めた意思の強い視線は真っ直ぐ魔石を見据えている。

 出会いのきっかけとなった爆発の魔導具も、誰かのために開発して、私を助けるために使ったんだろう。死にかけたけど。

 彼が魔導具を作るのは、いつだって誰かのため。自分の利益のためじゃない。

 あれ?じゃあ、読心の魔導具は?


「声を失った友人のため」


 いつもと同じようで、ほんのり哀愁を帯びた声音。僅かな逡巡の後、目線でどういうことかと尋ねた。


「ちょっとした事故でね。治癒の魔導師が駆け付けて幸い命は助かったけど、その代償に声も身体の自由も失った。もっと早く治療できていれば、代償を支払わずに済んだかもしれないのに」


 ロイさんは悲しみを隠すように目を伏せた。


「あいつ、お喋り好きだったから本当に辛そうで……せめて意思の疎通ができればと思って試行錯誤して、心を読む魔導具を開発した。で、それを悪徳貴族の手の者に偶然知られて僻地送りになったって訳。……俺が開発したものは無駄だったのかな」


 苦悩に満ちた顔で己に問いかける彼を見るとこっちまで苦しくなる。

 何か言わなきゃと思うのに、口から溢れるのは吐息だけ。ああもう、口下手な自分が嫌になる。


「ありがとうございました」


「……突然何?」


「お礼、言ってなかったから」


 気の効いた言葉ひとつ伝えられない私だけど、これだけは伝えたい。

 貴方が作った魔導具のおかげで今私は生きてるんだよ、って。

 貴方の努力は無駄なんかじゃないよ、って。

 突然の話題転換に瞬きしたロイさんは、下手くそすぎる私の言葉の意味を理解して柔く微笑んだ。


「……うっかり殺しかけたのに礼を言われるとはね。というか、初めてじゃない?ちゃんと会話するの」


 ふふふ。私だってやればできる子なんだぜ。一緒にいる時間が長いからか、ロイさん相手ならさほど緊張せずに話せるようになったのさ!

 私にしては頑張った方!とちょっぴり胸を張って宣言したら、彼は先程の苦しげな表情から一転して嬉しそうに笑った。


「じゃあ、もっと聞かせて。君の声、名前の通り宝石みたいに綺麗だから」


 もーロイさんったら、シリアスムード払拭したと思いきやまたそういう歯の浮くような台詞吐いて!

 ロイさんの姓だってアウイナイトの別名じゃないか。青い宝石仲間だやったね!

 段々ロイさんのこと分かってきたぞー。言葉が真っ直ぐなんだ。そこに裏や他意なんてなく、いつも真っ直ぐ気持ちを伝える。だからこんなにこそばゆい気持ちになるんだ!


「俺も君のこと分かってきた。動揺するとすぐふざけるところとか」


 悪戯っぽく笑って私の頬をするりと撫でるロイさん。ふざけるって何さ。ただのアホやぞ。

 地肌に触れてみて分かった。手が冷たい。

 手が冷たい人は心が温かい証拠なんだぜ。面倒見のいいイケメン様はさぞかしモテるんでしょうなー。

 これで素晴らしい筋肉をお持ちなら完璧なのにね。魔導師ってやっぱりモヤシなのか……と残念に思ってたらロイさんの本気チョップが能天にクリーンヒット!

 か弱い乙女に何をする!とキッと睨んだら「これでも鍛練してるんだよ、筋肉に目がない変態女」と睨み返された。密かに気にしてたらしい。なんかすみません。


「そういえば色々あって忘れてたけど、君が持ってる本の内容教えてほしい。魔導具作りの参考に」


「ただの辞書ですが?」


「じゃあ朗読して。聞きながら作業するから」


 何故に??


「言ったでしょ、君の声が聞きたいって。ただ朗読するだけなら緊張しないだろうし。……嫌かな?」


 その聞き方はずるい。

 ロイさんの望み通り辞書を朗読する。朗読しながら作業するロイさんをチラリ。

 一瞬、目が合った。

 どうにも気恥ずかしくてふいっと視線を外す。手元の辞書に視線を固定してひたすら朗読に集中した。

 しばらく経って一区切りついたのか、読心の魔導具であるブレスレットを外して私の方へと倒れ込んだロイさんの頭が膝の上に……


「あの、ロイさん?」


「ちょうどいい枕がそこにあったから。集中しすぎて目が疲れたし、少し休ませて」


 私の身体は寝具代わりかい。まぁいいけどさ。


「街についたらどうするか、決めてるの?」


 ロイさんのサラサラな髪を弄っていたら静かに問いかけられた。


「冒険者になろうかと」


 こっちの世界では出自不明扱いになるんだからまともな職業には就けないだろうし、冒険者として生計を立てるしかないじゃーん。

 採取や街の雑用依頼で細々と生活を……あ、街の雑用は依頼人と挨拶したりしなきゃだった。生きるためにはやらねばならぬ。でも人見知りでコミュ症の私にできるかしら……

 悩む私をよそに「ふぅん」と言ったきり何も言わず、やがて寝息を立て始めるロイさん。少し休むだけじゃなかったんかい。

 でもこんな無防備な姿を見せてくれるなんて、気を許してくれてるみたいでちょっと嬉しい。

 気持ちよさそうに寝ているロイさんのそばでキラリと光るブレスレットを眺める。

 この世界の魔導具はスイッチひとつで起動する家電的なものではなく、魔力を流して起動するファンタジー要素満載のものでもなく、指でつついたり軽く叩いたりなどの衝撃によって起動するものだ。だから誤作動起こすこともしょっちゅうある。

 魔導具って聞くと漫画や小説みたいな便利な物を想像しちゃうけど、この世界の魔導具は発展途上。“魔導具”という概念が生まれたのもわりと最近で民間人に浸透もしていない。

 でも、発動が原始的でも、魔法的要素が組み合わさって地球じゃ考えられないような効果を生み出しているのは事実だ。

 こんなどこにでもありそうなブレスレットが人の心の声を届けるなんて、未だに信じられないや。

 心を読むんじゃなくて伝えたいことを念じたら相手に伝わるような魔導具があれば、ロイさんのお友達も少しは気が晴れるんじゃないかなぁ。素人考えだけど。

 面白半分でツンツン触っていたら、突如頭の中に声が響いた。


(アイツも大変だなぁ。めんどくさいお嬢ちゃんのお守りなんてさせられて)


 夜番の隊員さんの心の声が、ずしりと重くのし掛かった。

 討伐隊の中に女性はいない。お嬢ちゃんってのは私で、アイツってのはロイさんだろう。

 ……分かってる。分かってるよ。

 自分がめんどくさい人間だってのは私自身が一番理解してる。

 誰かと会話する。心を通わせる。たったそれだけのこともできない臆病者。

 誰も彼もが当たり前にできる対話というものが上手にできない不器用人間。

 そんな私でもなんとかここまで来れたのはロイさんのおかげ。ロイさんが彼らとの間を取り持ってくれたおかげ。

 ロイさんも私のこと面倒な女って思ってるのかな?……思ってるんだろうな。

 だったら、取るべき選択肢はひとつ。

 私は独り決意を固めた。




「ふおおお……!」


 異世界転移してから約1ヶ月。砦から一番近い街・チアードに到着した私の第一声がそれだった。女子力は死滅してる模様。

 ドリア大樹海は魔物が大量発生しやすいから一般人が巻き込まれないようにって理由で街までの距離がべらぼうに長かった。ふっ、ヒッキーのオタクには辛かったぜ……


「はぐれないでよ。後で宿まで送るから」


 人混みに流されそうな私の腰に手を回してぐいっと引っ張り、そのまま待つように言い残して他の魔導師と業務連絡をする彼の腕にブレスレットは着いていない。

 読心の魔導具は特定の人ではなく近くにいる人全員の心を読むものなので街中で使うと頭痛が酷いんだとか。

 だから今、彼に私の心の声は届かない。


 ――――……今までありがとう、ロイさん。


 気配を殺して、人混みに紛れて、その場からするりと姿を消した。



 向かったのは冒険者ギルド。

 ふっ、ついに私も冒険者デビューだぜ!魔物討伐で成り上がれ!目指せ夢のSランク!

 ……まぁそんなことできませんけどね。


「はぁ……」


 無理矢理テンション上げても落ち込んだ気分は浮上せず、何度目になるか分からないため息を吐く。

 通行人の逞しい筋肉を見ても興奮できない。魅力を感じないはずのひょろい体型の人を思わず目で追って、ロイさんじゃないと気付いて勝手に落胆して。

 ほんの1ヶ月行動を共にしただけ。なのに、いつの間にかロイさんの存在が私の中でこんなにも大きくなっていたんだ。

 気分は沈んでても足はしっかり動いており、気付けば冒険者ギルドの受付の前にいた。


「冒険者ギルドへようこそ!本日のご用件はなんでしょうか?」


 営業スマイルだとは思えぬほど底抜けに明るい笑顔で迎えてくれた受付のお姉さん。

 ししし知らない人が!目の前にぃ!


「……と、う……ろく、に」


 手が震える。声が裏返る。変な汗が出る。

 緊張しすぎて息が苦しい。


「え……っと、冒険者登録ですか?では書類をご用意しますので必要事項を記入して下さい。文字が分からなければ代筆致します」


 かろうじて届いた震え声に受付のお姉さんは困惑しつつ書類を用意してくれた。

 でもそこでまた問題がひとつ。文字は読めるけど書けない。

 異世界転移特典の言語翻訳優秀だなー、でも読めるだけじゃなく書けるようにもしてほしかったなーなんて頭の片隅で考えながら書類とお姉さんを見比べる。

 私の視線に気付いたお姉さんが「では代筆しますね!」と朗らかに言って必要事項を読み上げるけど私は何も答えれない。

 人が嫌いなんじゃない。人が怖い訳でもない。誰かと話すのが……否、声を出すのが怖いんだ。

 いつからだろう。当たり前のことができなくなったのは。

 いつからだろう。こんなにも臆病になったのは。

 ほら、ロイさんにしたみたいに言いなさいよ。人見知り属コミュ症科口下手クラスのラピスちゃん15才筋肉大好き高校1年生でーすって、いつもみたいにふざけた口調でさ。

 ああ、お姉さんが困ってる。早く言わなきゃ。声を出さなきゃ。

 そう思えば思うほど頭は真っ白になって息苦しくなっていく。

 ロイさんの前では声を出せるようになってたから少しはマシになってるかと思ったけど……やっぱり無理だ。

 現実から目を逸らすように俯いて堪えきれずその場から逃げ出しそうになった、そのとき。


「ごめん。彼女、人見知りの口下手だから」


 ここにいるはずのない人の声が鼓膜を震わせた。

 いつの間にか夜空色の人が私を守るように前に出てお姉さんの手にある羽ペンを奪い、さらさらと記載していた。

額を流れる汗、荒い呼吸。急いで来てくれたのがありありと分かる。

 重症だなぁ、私。彼の姿を確認した途端息苦しさが霧散するなんて。


「……どうして」


「冒険者になるって言ってたでしょ。身分証代わりの冒険者カードを真っ先に作るつもりで」


 冒険者になるとは言ったけど、その理由までは言ってなかったのに。


「話はあと。さっさと済ませるよ」


 私と何故かロイさんの分の冒険者カードを作成し、私達を交互に見て微笑ましげなお姉さんに見送られながらギルドを後にした。

 逃がさないとばかりに私の腕を掴んで離さない彼の手は意外と男らしくて、なんだか妙に落ち着かなかった。

 そして冒険者ギルドの裏手まで連れてこられた現在、眼前で私の行く手を阻む夜空色のイケメンが。

 壁ドンだ。少女漫画みたい。手じゃなくて足だけど!


「……何の真似?」


 全身氷付けにでもされたかのようなおっそろしく冷たい声。ひぃっ!未だかつてなく怒ってらっしゃる!

 そりゃそうよね!今まで散々世話してやったのに勝手にいなくなるとかふざけんなって思うよね!


「おかしいと思ったんだよね。警戒心の塊みたいな君が慣れない土地で無用心にも単独行動するなんて」


 静かに怒気を放つロイさんは、私の行く手を阻んでいた足を降ろして腕を組んだ。

 温度のない眼差しが勝手に消えた理由を言えと圧を掛けている。

 暫しの見つめ合いの末根負けした私は白状した。


「……面倒、かなって」


 討伐隊の人も言ってた。めんどくさいって。

 誰もができて当然のことができない私を疎ましく思ってる人がいるんだと、あのとき初めて知った。

 確かめる勇気はなかったけど、ロイさんもそうなのかなって思って。

 ロイさんに迷惑をかけたくない、なんてのは表向きの理由。

 ただ、本心を聞くのが怖くて逃げただけだ。


「……下手くそ」


 予想外に柔和な声が降ってきて、思わず顔を上げる。

 彼は仕方ないなぁというふうに、呆れを含んだ、でもひどく優しい表情をしていた。


「気持ちを伝えるのが下手すぎ。言っとくけど、君の足りなすぎる言葉を正確に汲み取れるのなんて俺だけだからね?」


 腕組みを解いて頭を撫でられた。今までの軽く触れるだけのそれではなく、親しい人に対する遠慮のなさを表すようにわしゃわしゃと。


「面倒なんて思う訳ない」


 むしろ楽しかったよ、と続けるロイさん。

 確かに私の心読んで密かに笑ってたね。でも面倒に思ってないって、本当に?

 温かみのある柔らかな眼差しに気付いて、ああ本心なんだなとすんなり思えた。

 私を疎んじているのは一部の人だけで彼は違うんだと理解して、言い知れぬ喜びが胸に広がった。


「突然知らない世界に1人で放り出されて心細いだろうに、それでも討伐隊の迷惑にならないようにあれこれ気を回して、全て1人で解決しちゃうんだもんなぁ」


 ぶんぶん首を横に振る。

 解決なんてできてない。ほとんどトラブルなく街に来れたのはロイさんがいてくれたからだ。


「何が違うのさ?食糧調達も、寝床の確保も、1人でこなしてただろう」


 当然でしょう。私なんかのことで彼らの手を煩わせる訳にはいかないんだから。

 そう思って夜空色の瞳を見つめれば、私の考えが分かったのか形容しがたい複雑な表情に。


「ほんっと、君って……」


 いや、と首を振って言葉を飲み込んだロイさんは慈しむように私の髪を弄ぶ。


「無理しすぎて倒れないか心配だ」


 弾かれたように顔を上げる。


「……何故?」


「なんで無理してるって分かるのかって?俺が君をよく見てるから」


 ……そうだよ。ロイさんの言うとおりずっと独りで無理してたよ。

 下手に目をつけられないように素敵筋肉さんコンビは勿論のこと、心を暴くロイさんも、自分さえも騙してたんだよ。

 内心おふざけモードでも常に気を張ってて、楽しんでると見せかけて必死に食糧調達して、お荷物にならないように討伐隊の邪魔にならないように息を殺していたんだよ。

 頼れる人なんていやしない。

 そう思っていたけれど……


「ルリ。独りで頑張らなくていい。俺がそばにいるから」


 壊れ物を扱うように優しく抱き締めてくれるロイさんに安らぎを求めてそっと寄り掛かる。

 彼になら、甘えてもいいかな……




 落ち着いてきたところでお互い距離を取り、気恥ずかしさを誤魔化すため頬をむにむに。

 さて、これからどうしよう。

 ロイさんと和解してもやることは大差ない。商業ギルドに行って街へ来る道中密かに採取していた薬草を売って宿代にするのは確定として、その後がなー。

 個人経営の店でも売買可能だけど、他国の者だと足元見られたりぼったくられたりするから商業ギルドで取引した方が安全。適正価格で取引できる代わりに身分証が必要って訳だ。

 それで冒険者登録したのだけど、これからもロイさんに頼らせてもらうって決めたんだし、無理に冒険者デビューする必要もないよね。しかし生活のために稼がねばならぬ。むぅ。

 腕を組んで唸る私にロイさんが言い忘れてたとばかりに声を上げた。


「あ。俺、もう討伐隊辞めたから。今後は魔導具一筋でいく」


「えっ!?」


 あ、だからさっきロイさんも冒険者登録してたのか!


「君、今日から俺の助手ね。異論は受け付けないから」


「何故に!?」


 私魔導具のことなんてさっぱり分かんないんですけど!?

 そう吠えた私にロイさんは自白剤入りのお茶を回避したのがバレたときと同じ意地の悪い笑みを浮かべた。


「だって君、俺が魔導具で心が読めるのを理解したうえで器用にも思考制限してたじゃない。異世界の知識を無闇にもたらして、この世界を乱さないように」


 両手を上げて降参のポーズ。

 ははは。こりゃ参った。ロイさんには全部お見通しだったみたい。

 ……敵わないなぁ。


「是非ともその頭脳を魔導具制作に役立ててほしいね」


「……善処します」


 でも魔導具はちょっと待ってね。そこに大胸筋の色気が凄まじい人がいるからぁぁぁ!!

 ハァハァ……鍛え抜かれた肉体美……なんて素晴らしい……

 私の熱い視線の先を察したロイさんの残念な生き物を見る目が突き刺さるけど知ったことか!

 お待ちになって、そこの美しい大胸筋!もっと近くで愛でさせてぇぇぇ!!




 人見知り属コミュ症科の残念女子が異世界転移した結果、世話好きな元宮廷魔導師様の助手になりました。

 私達の関係に変化が訪れるのは、もう少し先のお話。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人見知り属コミュ症科の残念女子が異世界転移した結果 深園 彩月 @LOVE69

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ