4 高鳴る予感
――蜘蛛に貫かれたはずの空哉くんの傷は、跡形もなく消えていた。
私が放った『解』の力により、治ったのだという。
それでも体力の消耗が激しかったため、病院へ連れて行こうとしたのだが、経緯を医師に説明するのが厄介だからと本人に拒絶されてしまった。
かと言ってフラフラな彼を放っておくわけにもいかず、とりあえず私は、自分の家に匿うことにした。
そうして、あっという間に二週間が過ぎ――
「――はぁー美味しかった。ご馳走様でした!」
夕飯を食べ終えた空哉くんが、元気に手を合わせる。
彼は、すっかり居候と化していた。
体調は回復したものの、半年も放置していた彼の家と神社は劣化が激しく、水道も電気も止まっていた。
彼は「野宿よりはマシ」と言ってインフラの止まった家に戻ろうとしたが、私の元カレに原因があるわけだし、生活が安定するまではうちに住むようにと引き留めたのだ。
ちなみに、シロは今ベランダにいる。口の悪いカラスだと思っていたが、彼こそが空哉くんの神社で祀られている
「やっぱ海花さんの作る料理は最高だなぁ。お腹の中が幸せでいっぱい」
可愛い顔を綻ばせ、お腹を摩る空哉くん。
すっかり気を許している彼に、私は微笑みながら首を振る。
「空哉くんの料理も美味しいよ? いつも作ってくれて、本当に助かってる」
「いいえ。海花さんに受けた恩を考えたら全然足りないっす。あんな危険な目に遭わせたのに、ここまでしてもらって……本当に、何とお礼を言ったらいいか」
と、申し訳なさそうに俯く。
それに私は、やはり首を振る。
「ううん、お礼を言いたいのは私の方。あの時、自分の本心を解放していなかったら、ここまで吹っ切れていなかったはずだから」
……そう。
『解』の力を発動したあの時、元カレへの想いを全て解き放つことができた。
あんな機会がなければ、悲しみも虚しさも、腐るまで心の奥底にしまい込んでいたことだろう。
お陰で、これからはちゃんと本音を言える人間になろうと思えた。
「それに、空哉くんみたいな明るい子が家に居てくれて、正直癒されているしね。あ、変な意味じゃなくてね?」
と、慌てて付け加える。聞けば彼は二十三歳。四つも年下の子とどうこうなるつもりはさらさらない。
すると、空哉くんは悪戯っぽく笑い、
「俺も正直なところ、居心地が良くて……家に帰るのが惜しいなぁ、なんて思っています」
「あはは、でしょ? 元カレにも言われたもん。お前はオカンみたいだからドキドキしない、って。落ち着くならずっと居てくれてもいいんだよ? 第二の実家だと思ってさ」
なんて、それこそオカンみたいに手をパタパタさせて言う。と……
空哉くんは、いつになく真剣な目をして、
「……それ、間に受けてもいいですか?」
低い声で、言う。
軽口で返されると思っていた私は、「へっ?」と間抜けな声を上げる。
空哉くんは、ゆっくりと私に近付き、
「そんなこと言われたら、俺……本当に帰らないですけど」
そう言って、私の手を取り、彼の胸へと当てる。
「……わかりますか? 俺、海花さんといると落ち着くけど……ドキドキもしています」
囁くように言う彼の目は、年下の男の子ではなく、一人の男性の目で……
押し当てられた手のひらには、強く脈打つ彼の鼓動が感じられた。
「元カレさんが何て言ったかは知りませんが……海花さんは誠実で可愛らしい、素敵な女性です。ずっと一緒にいたいと思えるくらいに」
それって、つまり……
こんな私を、恋愛対象として見てくれている……?
心臓が、彼の鼓動につられるように高鳴る。
恥ずかしいような、信じられないような気持ちで、私は顔が赤らむのを自覚しながら、唇を噛み締めた。
すると、空哉くんもかぁっと顔を赤らめ、私の手をバッと離し、
「す、すみません、俺……皿洗いしてきます!!」
食器をひったくるように回収し、キッチンへと駆けて行った。
その後ろ姿を眺め、暫し呆然としていると、
「神前式の御用命は当
と、ベランダにいるシロが、面白くない神ジョークをかます。
が、それに反応する余裕などあるはずもなく。
「…………うそ」
何かが始まりそうな予感に、私は熱くなった頬を、ぺちっと押さえるのだった。
元カレが残した傘を処分したら、悪と戦う魔法青年を拾いました。 河津田 眞紀 @m_kawatsuta
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