第一部最終話 目覚めしライザ 

 振り向くこともなく尾を振り回した神獣。俺を狙っての行動だとは思うが、まんまと引っ掛かってくれたのは好都合だった。


 尾を振り回す角度を予測していた俺は、事前仕掛けておいた爆弾玉に当たるよう誘導した。起爆し、尾を焦がした神獣はたまらず天に向かって咆哮をしていた。


「ツクモっ!!」

「起きた途端に人使いが荒いわね」


 俺の合図により神獣の動きを鈍化させる魔法を発動してくれた。


 奴は意識を奪う神獣。奴の攻撃を受けてしまえば、能力が上昇させこちらの勝ち目は極端に低くなる。


 つまり、奴からの攻撃に耐えられるようにするのではなく、奴の攻撃を受けないように工夫する必要がある。


 そして何より……


「ほらほら、余所見していたらまた爆発するぞ?」


 俺のお手製の爆弾は商品にならない。何故なら『同品質生産』スキルが発動してしまい、火薬の量を極端に減らしても高火力の爆弾が完成してしまうからだ。


 それ故に、商工会が示している最高火力の域を遥かに越えてしまっている。戦争で大量に使用されてしまえば、国だけでなくこの世界が破滅するかもしれない危機に陥ってしまう。


 だから俺以外使わせてはいけないレベルなのである。


 でも今は……今だけは許してくれ。


 街やタールマイナという国だけでない。ドルミーラ教の存続に関わる重要な局面だ。


 俺はゆっくりと爆薬のピンを抜く。それを見ていたファゼックは周りの人にその場で伏せるように促してくれていた。


 激しい光に包まれ、辺りは真っ白の世界が包むなか、大きな破裂音とともに爆風が全てを吹き飛ばすかのように全方向へ拡がった。


「やべぇ……ちょっと火力調整は要課題だな」


 正直ちょっと所ではなかった。流通している市販の爆弾の火力に比べると「ふざけてますよね?」とお叱りを受けても何も文句が言えないレベル。


 人間が発生させても良い火薬水準の基準値の遥か上のそのまた更に上。タールマイナ史に記録されちゃうんじゃないかと思えるくらい。


 仕方がない。あれも、これも全部オクトーと神獣オネイロスがやった悪事という事にさしておこう。


 しかし、辻褄が合わない。

 悪事の犯人にされている神獣オネイロスが白眼を向き、口から黒い煙を出しているからだ。


 意識を奪う神獣ともあろう御方がノックアウト寸前ではありませんか。


 だがまだ倒れないでくれよ?


「ヒュノっ! 今なら眠らせられる筈だ」


 俺がそのまま倒したとなると、何かと面倒だ。神獣がこの場で死ねば死体を処理も大変だろうし、何より「ライくん、私神獣のバター焼きが食べたい~」とねだられても困る。


 コイツの肉を食すとなると、半年くらいは毎日が神獣肉のフルコースになってしまう。


そんなのはまっぴら御免だ。コレステロールとか血糖値が上がったらどうするんだよ。


 だからラストアタックはヒュノしかいない。


 眠りを操る彼女であれば、神獣ですら生捕りした後に精神操作で他の地域に移動するよう指示することができる。


 これ以上無用な血を流す必要はない。


「で、でも……」


 ヒュノは俺の合図に躊躇っていた。先程の決定期で神獣を眠らせられなかったことを気にしているような表情をしている。


「大丈夫、自分を信じろって」

「駄目……私は誰からも信じてもらえていない……。そんな私に力なんて……」


「俺は信じているぞ? それに俺だけじゃない。周りを見てみろよ?」


≪ドルミーラ教のねーちゃん頼んだぞ!≫

≪神獣を鎮めて安眠させてくれ≫

≪タールマイナにドルミーラ教の加護を≫

≪早くブレスレットを売ってくれぇえ≫


 ほら。みんなヒュノを信じている奴等ばかりだ。タールマイナを、人類を救うのは誰かを皆は知っている。


 ヒュノが大切な人であることを俺以外も気づき始めている。

 だからこそ、今なんだ。


「約束は守る主義だぞ、俺は」

「えっ……」


「商品売りたいんだろ? 早く終わらせて、店やろーぜ。この街に住む皆の安眠を作るのは他の誰でもない、ヒュノしか出来ない役目なんだろ? 全員眠らせちゃおーぜ」


「うん!!」


 疑念の無い澄みきった表情。疑う事を知らずただひたすらに念じる。


 紫色と銀色に輝く光がヒュノから放たれゆっくりと神獣を覆った。


「おやすみなさい」


 囁くように小さく呟いたヒュノ。ヒュノの言の葉に魅入られた巨大な図体はその場で横たわった。


 神獣オネイロス。意識を操る神として名を轟かせていた伝説の生き物は、眠りの姫によって意識を分断され深い眠りの世界へ誘われていった。


「ライザの野郎……あの世から帰ってきては、奇策と爆弾だけで神獣を止めやがった。いや、死んだのも嘘だったかもしれねぇ。本当にアイツは嘘みたいにすげぇ奴だな」

「それだけではないぞ」


 ファゼックに声をかけたのはモルファルト国王だった。


「こ、国王っ?!」

「止しなさい。英雄ゼクエスを騎士兵団に留めることが出来なかった哀れなにんげんじゃ」


「何を仰るのですか。国王様の威厳に関わります」

「君はいつも国を想ってくれておるのう……ライザ君もじゃ。お主が民に配ってくれたアイテムで多くの尊い命が犠牲にならずに済んだ。そうじゃろ、ライザ君?」


 ファゼックと国王が誇らしそうに俺をみては満面の笑みを浮かべていた。


「いやいや、俺作の物は商工会のお墨付きがない不良品だから、出回り過ぎると国の沽券に関わる」


 神獣を怯ませる程の爆弾は作るわ、世にも出回っていないオートヒール効果付きのアイテムを開発して不定期市で売っている。


 おまけにドルミーラ教への勧誘紛いのような精神操作を購入者へ施してしまっている始末。見方を変えれば「あいつ等ドルミーラ教を再建して国乗っ取るんじゃね?」と思われても致し方ない状況。


 神獣なんか鎖で繋いでないで、俺を牢屋にぶちこんでおいた方が国の安寧が約束されるんじゃなかろうか。


「その心配はいらないよ、ライザ君」


 俺を呼ぶ声がしたので後ろを振り返ってみると、商工会のトップがいた。


 タールマイナの商業を牛耳る裏のドンであり、ツクモの親父さんでもある。


「お父様……ごめんなさい」

「ツクモよ。覚悟はいいな?」


「はい、出来ています。異国送りでも何でも申し付けください」

「……ふむ。それでこそ、私の娘だ。では、ライザ君とその馬鹿げた商品を世に広めてきなさい。勿論、ドルミーラ教の加護を含めてだ」


 ……はい?!


 俺、ヒュノ、そしてツクモはキョトンとしてしまった。


「じゃあ、俺の物を……」

「あぁ。タールマイナとドルミーラ教の友好の証として売り出してみなさい。タールマイナに訪れた旅人にも購入できるよう大量に用意することは絶対条件だ。無論、街の住民に販売する分と私が装着する分も忘れないでくれたまえ」


 俺達3人は声を上げて抱き合った。ヒュノの事、俺の商品も、そしてツクモとこれからも一緒にいれることが決まったのだから。


 俺達の商品が正式に販売されることに、街の人は歓声を上げ喜んでいた。祝福され、受け入れられ、そして求められ。


 これからは街の陰を探しながら歩かなくていい。堂々と街を歩き、そして販売できる。


 喜びと安堵に涙が溢れだしてきた。


 過ぎた事はもう望んでも手に入りはしない。どんなに切望しても親父の名誉も命も戻りはしない。だから……


 広めてやる。


 信者でもない俺が、寝ている時間に作っているという曰く付きのガラクタを。言わば強制労働の頂点ともいうべき過酷労働に耐え抜き、寝る間を惜しんで作った怪しい商品を!!


 それでも構わないさ。誰かに必要とされれば道は前へと拡がる。世界はいつだって未知で満ちている。


【ドルミーラ教の加護付き商品を製造し、販売せよ】


 俺達の怪しいミッションはまだ始まったばかりだ。

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嘘つきな俺と睡眠姫の催眠商法 玖暮かろえ @karoe_k

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