第86話:婚約者

「むぎゅうぅ」

『むぎゅうぅ』

「ミユキ、こっちに来い」


 広い室内も、何十人もの町の人が一斉に現れると狭くなる。

 中には床じゃなく、箱庭の中で元のサイズに戻った人もいた。

 まぁ箱庭もそれなりに頑丈に作られていたから、数人の体重ぐらいは支えてくれたみたいだけど。


 おしくらまんじゅう状態で潰れそうになっていたけど、ヴァルが腕でガードしてくれた。


「ど、どうなっているんだ?」

「とにかく出ろっ。苦しいっ」

「ちょっと、どさくさに紛れてどこ触ってんのよっ」

「早く倉庫から出てくれぇーっ」


 扉の傍にいた人がらどんどん外に出て行って、ようやくぎゅうぎゅう詰めから解放。


「おぉ、勇者様。それにお嬢ちゃんたち。無事だったか」

「あ、おじーちゃん。もうっ。瘴気に侵されちゃった木を、箱の底板にしてたでしょ!」

「い、いや……わしらにゃ瘴気に侵されていたかどうか、分からんかったし……原因はそれじゃったか」

「そうだよ。それに箱庭、地下三階まであったよ。モンスターもいたんだからね!」

「モ、モンスター!? そ、そんなバカな。モンスター人形ならこっそり……いや、なんでもないわい」


 あんたが犯人か!


 聞けば、箱庭制作に携わった人形職人は十人。

 おじーちゃんもそのひとりなんだけど、おじーちゃんが作ったのは人魚だけだという。

 

「おじーちゃん……その人魚……男の人だよね?」

「人魚と言えば、上半身が美女だというのが世間の常識じゃ。じゃが男がいないのはおかしいじゃろ!」

「知るかあぁぁー! おかげでこっちは凄い物見せられたんだよ! もちろんある飯見で凄いんだからね!!」

「なっ。う、動いておったのかっ。どうじゃった?」

「どうだったかじゃない! 紙粘土のモンスターも瘴気のせいで動くようになってたのっ。ただ動いていたんじゃない。攻撃してきてたんだからね!」


 おネェ人魚はヴァルが問答無用で凍らせたから分からないけど。

 でも他のモンスターは地上で見るモンスターのように攻撃をしてきていた。

 この世界で人魚ってどんな存在なのか分からないけど、もしモンスターの部類で攻撃的だったら……。


「教会に穴が開いてて、鐘が最下層に落ちてた。もしその穴に町の人が落ちてたら……」


 穴の深さはミニチュアになってた頃だと、体感で数十メートル。

 まず生きていないと思う。

 箱庭の中で死んだら、実際に死ぬのかどうかは分からないけど。


「嘘っ。じゃ、あの大きなコウモリってモンスターだったの!?」

「ア、アイラ! 無事じゃったかっ」

「おじーちゃん、無事じゃないわよ! 箱庭に入ってしばらくのことは覚えてるけど、途中から記憶がまったくないし。それに入ってすぐ、すっごく大きなコウモリに襲われたの! 町の人たちが必死に鍬や鎌で撃退したけど。あれ、おじーちゃんたちのせいだったのね!」


 ん?

 あ、そういえばこのおじーちゃん、孫娘がどうとか言ってたっけ。

 若い男の人と一緒にいるこの女の人がお孫さんなんだね。


「コウモリはわしではない。本当だ! あれはたしか、フロードの奴が――」

「誰が作ったとか関係ないの! もうほんと信じられない。それに人魚って、あの男人魚でしょ? 男なのに化粧させたり、変なポージングさせたり……あんな恥ずかしい人形、箱庭に隠してたなんて」

「へ、変とはなんだ! あれは芸術じゃ!」

「何が芸術よ。ベッツ、あなたも地下に人形を隠してたの?」

「俺は止めるよう言った方だよ」

「お、お前んとこのじじぃだって!」

「じーさんの人形は、俺が撤去しました。三つ首のドラゴンなんて、本当に隠さなくてよかったですよ」


 み、三つ首のドラゴン……ほんと、いなくてよかった。


「じゃ、おじーちゃん。私、行くから」

「ア、アイラ!?」

「計画にないものを勝手に持ち込んだのはおじーちゃんでしょ。まぁ他にも何人かいるようだけど。ちゃんと責任取ってよね。私はもうおじーちゃんとは関わりたくないから」


 それだけ言うと、お孫さんは男の人と出て行っちゃった。

 ま、仕方ないね。


「姫!? イグリット姫様っ」


 もみくちゃにされたのか、髪も服もぼろぼろになった男の人が駆けてきた。

 この人、どこかで見たような。


「イグリット姫様はご無事なのですか?」


 気を失ったままのお姫様を心配しているみたい。

 あ、そうだこの人、幸薄そうだった人だ!


「御覧の通り、気を失っているだけです」

「もう、お姫様のせいでボクら大変だったんだからね」

「え、姫のせいで?」


 幸薄い人――セイゲルさんに、下で起きたことを説明する。

 それを聞いてセイゲルさんは、ヴァルみたいな大きなため息を吐いた。


「本当にご迷惑おかけしました。世界の美男は自分のものだというのは、本心ではないと思います。まぁカッコいい男性にモテたいという願望はありますが」


 どんな願望……。


「ただ姫がそう思うのにも訳がありまして。一国の姫として生まれたイグリット様を、ひとりの女性として見る男はいません。地位、権力、富。イグリット様に気に入られれば、それらが手に入る。そんな思いで近づく者ばかりなのです」


 イグリット姫に自由な恋愛は許されない。

 既に王様が決めた婚約者もいるとか。


 ただの一度も恋愛を経験せず結婚するのは嫌――という彼女の願望が、あの勇者召喚にも込められていたらしい。


「「……」」


 私たちはみんな黙った。


 そして。


「そんなの知らないし!」

「ボクらは被害者じゃん!」

「まぁ召喚されたのはいーとしてもよぉ、姫さんの恋愛に付き合わされるのは迷惑だよな」

「申し訳ないです、セイゲルさん。イグリット姫の境遇には同情するけど、だからって一方的に好意であるかどうかも分からない感情を押し付けられるのはちょっと」

「地位や権力、富ばかり狙って来る男が嫌だと言うが、自分こそそれらを傘にイイ男を抱きこもうとしているだろう? どっちもどっちだな」


 召喚された私たちが一斉に抗議する。

 それをセイゲルさんはペコペコと頭を下げて聞いていた。


「ごもっともです。本当にすみません」

「どうしてセイゲルさんが謝るんですか? セイゲルさんのせいじゃないのに」

「いえ、その……姫の婚約者……ですから」


 んん?


 ん?


「「えええぇぇー!?」」


 こ、この幸薄そうな人が、イグリット姫の婚約者ー!?


「そ、そういえばセイゲルって、公爵家のお坊ちゃんだった……よね」


 えぇー!?

 公爵家!!


 さ、幸薄いなんて思って、ごめんなさい。

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勇者召喚で司祭枠として召喚されましたが、聖女はいらないと捨てられたので自由気ままに人助けしようと思います。 夢・風魔 @yume-

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