第85話:やるわよ

「全世界の美男は、全てわたくしの物ですわ!」


 ひえぇぇーっ!?

 これ本音? ねぇ本音?

 それとも瘴気の飲まれて、負の感情が噴き出しただけ?

 とにかくなんていうか……


 ドン引き。


「っと、そんなことより、浄化しなきゃ」

「ほんっと迷惑なお姫様だよ」

「あ、カケルさん。共闘、よろしくお願いします」

「うん。よろしくね」


 なんだか変な感じ。

 同じ聖職者枠で召喚された私たちが、揃って召喚主に向かって浄化の魔法使うなんて。

 あ、そうだ。


「ヴァル! お姫様に攻撃しちゃだめだからね」

「ダメなのかよ」


 やるつもりだったの!?


「ダ、ダメだよ。あんな人でも一応、一国のお姫様なんだから。怪我でもさせたら永久にお尋ね者だよ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。面倒くせぇなぁ」


 溜息長い! いつもの五割増し!


『瘴気に呼ばれたのか、モンスター人形も集まって来たであるな』

「そちらは僕らが相手をしよう。えぇっと、猫ちゃんも戦闘に加わるのかな?」

『吾輩は猫ではないのである』


 カットはいつものセリフを口にしながら、時々見るステッキを取り出した。

 そしてシャキーンっと引き抜く。

 うわぁお。隠し杖なんだ。カッコいい。


 私とカケルさんでイグリット姫の周辺を浄化するんだけど、彼女も同時に黒い光を発する。

 その黒い光が浄化の光をかき消してしまう。


「あぁ、何すんの!」

「わたくしの男と並んで同じ魔法を使うだなんて、許せませんわ」

「カケルさん。彼氏になったの?」

「なんないなんないっ。ボクはおっとり系の大人しい子が好みなんだからっ」


 ぜんぜんかけ離れてるね。


「ねぇ、もう一度言うよ? イグリッと姫、自分の気持ちを押し付けるだけで、相手の気持ちなんて何にも考えてないそれは、恋愛なんかじゃないよ」

「う、ううぅぅ。お、おだまりなさいっ」

「そんなんじゃ、今にみんなから嫌われるよ? それでいいの?」

「う、うううぅぅ」


 黒い光が弱まってる。

 イグリット姫の力が弱まってるってことは、瘴気に抵抗しようとはしているってことかな?

 少しは私の声、届いてるってことなのかな。


 彼女の力が弱くなったおかげで、私とカケルさんの浄化を妨害されなくなった。

 だけど瘴気の根源は床。

 浄化して次の範囲を浄化する間に、瘴気が広がってまら汚染されてしまう。

 二人がかりだから、少しずつだけど浄化は出来ているけど。

 これは持久戦になりそう。


 でもそうなると――


『ミユキィ、気持ち悪いぷぇぇん』

「ウィプちゃん!? ヴァルは、ヴァルは大丈夫!?」

「なんとかな。チビはミユキの傍にいろ」

『ぷぇん』


 精霊のヴァルとウィプちゃんが影響を受けて、特にウィプちゃんが気持ち悪そうにしている。

 早く浄化しないと。


 早く! 


 その時、上の方からガタンっと大きな音がした。

 

 あれ?

 穴の上が明るくなってる、気がする。


 そう思った瞬間。


 ザバァァーッっと天井から水が降って来た。


「ええぇぇーっ!?」

「なになになになになになに!?」

「洪水、洪水いぃぃぃ」

「ミユキ、捕まれっ」

『みぎゃーっ』

「お前は捕まんなっ」


 いったい、何がどうなってるの!?


「うぐっ。あああぁぁぁぁぁぁっ」

「イグリット姫がもがいてる……この水……聖水!?」

「なんだと? たしか、に……床の瘴気がどんどん浄化されていくみてぇだ」


 辺りに充満していた黒い瘴気がどんどん消えていく。


 あ、そうだ!


「ウィプちゃん。今よ!」


 ビシっとイグリット姫を指さすと、ウィプちゃんが鼻をフンっと鳴らして胸をぽむっと叩いた。

 そして――眩い光を放つ。


 光の中、ウィプちゃんの体が膨れ上がった。


 えぇー、ここで進化するの!?


 上位精霊、光のヴァルキリーとなったウィプちゃんは、腕まくりをしてもう一度鼻をふんっと鳴らした。


『やるわよぉ』


 ウィプちゃん……その「やる」というのは、どういう漢字を書きますか?


 聖水の滝に打たれたイグリット姫は、頭を抱えて蹲っている。

 そこへ腕まくりして気合十分のウィプちゃんが近づく。


 そして、イグリット姫の叫び声が木霊した。






「あったぁー。聖水の洪水に洗い流されたみたい」

「オブジェに紛れてたのか」

『瘴気にあてられ、黒く変色していたから気づかなかったのであるな』

『ぷっぷぷぃー』


 ウィプちゃんは仕事を終えると、また小さくなった。

 ビンタのために進化するなんて、進化の無駄使い!


 元の輝きを取り戻したゴールの鐘を持って――


「呪文は覚えたか」

「はい! たぶん!」


 トーヤさんに浮遊魔法の呪文を教えて貰って、地上……っていうのかな?

 とにかく教会の床まで飛んだ。

 と、飛んでる! 怖い!


「あ、でも魔法で空を飛べたら、遠いところもひとっ飛びできるよね」

「無理だ。浮遊魔法は浮き沈み出来るだけで、垂直移動限定だからな」


 上下だけ!?

 むぅー。魔法も万能じゃないのかぁ。

 じゃ、飛行魔法ってないのかな。


『飛行は聞いたことがないのである』

「なんでもかんでも楽しようと思うな」


 ちぇっ。


 ウィプちゃんの往復ビンタで気絶してしまったイグリット姫はユタカさんが担いでいる。

 教会まで上がって来たつもりなのに、そこに教会はない。

 どう、して?

 なんか引っこ抜いたような跡はある。


「と、とりあえず鐘鳴らす?」

「あぁ、そうしよう。ミユキちゃん、よろしく」


 ユズルさんに言われて鐘を鳴らす。


 あ、今思ったんだけど、突然元のサイズに戻ったらどうなるんだろう?


 答えは――

 

「うわぁぁん。部屋の中せまぁーい!」


 箱庭のあった倉庫のような部屋に、何十人もの人が溢れかえった。

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