第84話:いい加減にして!

「あの箱のサイズだと、浄化の光一回で終わると思ったのに……」

「まさか魔法までミニサイズになっているとはな」


 体がミニチュアサイズになったからって、魔法の範囲までそれに合わせなくてもいいじゃん!

 箱の最下層の浄化もすぐ終わるだろうって思ったのに、これじゃ時間が掛かってしまう。

 それに、未だにゴールの鐘が見つからない。


「まさか紙粘土モンスターが、どこかに持っていってしまったんじゃ……」

『可能性は十分であるな』


 浄化しながら探さなきゃ。

 それにしてもこの最下層、なんでここだけ背景オブジェがあるの!

 しかもこれ、どうみても……


「迷路……だよね」

「迷子にならねぇように、勝手に動き回るなよ」

「迷路ってね、迷うために作られているんだよ知らなかった?」

「知るかそんなもんっ」


 迷路の迷は迷子の迷じゃん!

 

 とにかく、降りて来た所を起点にして、浄化しまくらなきゃ。


「ウィプちゃん。少しでも魔力の節約したいから、明かりはウィプちゃんがお願い」

『任せてぇー。んん~っ』


 なんかグググって力を込めてるけど、明るくするのにそんな気合が必要なの?

 と思ったら、周囲にぽっぽっと光が突然出てきた。

 ん、んん?

 このひとつひとつの光って――


「ウィプちゃん!?」

『『はーい』』

「ええぇぇぇーっ!?」

「ちょっと違う。こいつらは全部ウィルオーウィプスだが、お前が言うウィプじゃねえ」


 ぐわしっとヴァルに頭を鷲掴みされる。

 この光全部が、精霊ってこと?

 あ、よく見るとウィプちゃんと少し違う。

 精霊の外見って、個性あるんだね。

 ウィプちゃんは動物を人間風にした、あのシルバニア人形みたいな頭身だけど、集まって来た光の精霊の中にはスッキリスリムボディの子もいる。

 ただ全員、子供のような容姿だってことは共通している。

 大人のお姉さんなのはヴァルキリーだけなんだろうね。


 歩いては浄化、歩いては浄化。

 迷路になっているせいで、思うように浄化範囲を広げられない。

 かと思ったら――


「なんで箱庭の中に、海があるのぉ」

「海というよりは、池だがな」

『ミユキ嬢には暗い奥の方までは見えていないのである。それにしても、この波の再現度は見事であるな』

「関心してんじゃねーよ猫」

『ギャンギャンとうるさい犬なのである』

「まぁまぁまぁまぁ」


 はぁ。箱庭の中でもすぐ喧嘩するんだから。


『るるらぁ~~♪』


 ん? 歌声が聞こえる。

 聞こえるのは海の方から。

 周りが暗いから、夜の海さながらの光景。

 波打ち際の岩場を見ると、そこに女の人の後ろ姿が……待って、上半身は裸で、下半身は……


「人魚!?」

『る……だぁれ、アタシの歌を邪魔するのは』

「しゃべ――え、野太い声……」

『ぬわぁーんですってぇー』


 くるりと振り返った人魚は、濃い眉の掘りの深い男の人!?

 でも唇真っ赤。

 まって。上半身裸だけど、女の人のそれじゃない!


「お、男人魚!?」

『アタシは乙女よっ』

「心だけでしょーっ」


 おネェの人魚なんて初めて見た。

 いや、これも人形だよね? あ、でも、紙粘土だと水に浸かったら崩れちゃうはず。

 なら本物!?


「あらん。そっちの彼、なかなかいいじゃな――」

「気持ち悪いんだよっ」


 ヴァルが問答無用でおネェ人魚を凍らせた。


『製作者の趣味なのであろうか。わざわざ耐水魔法でコーティングしてあったのである』

「え、じゃあやっぱり紙粘土?」

『にゃふ』


 おネェ人魚に憧れでもあったのかな。


「もういねぇだろうな」


 よっぽど嫌だったのか、ヴァルは辺りをキョロキョロとして確認している。

 そして何か見つけたのか、別の方角を薙ぎ払うような仕草で海面を凍らせた。

 暗くて見えないけど、野太い声の悲鳴が聞こえる。


 あっちでも、そっちでも。

 いったい何人のおネェ人魚がいるの……。


 そのまま凍った海面を歩いて渡って、向こう岸へ。

 ほんとに池みたいな感じだ。

 ちょうど中心から外側に向かって波が作られていたみたい。

 ここも浄化しておこうっと。






 浄化し続けて、気づいたら――


「あ、れ? 元の場所に戻ってきちゃった」

『特に問題はないのであるからして、またここから違う方面へ……にゃ?』


 にゃっと言ってカットが上を見る。

 つられて私も見上げると、ふわぁ~っと人が降ってきた。


「あれれ。追いついちゃった」

「あ、カケルさんたち」


 ってことは、イグリット姫もいる!?

 あ、いた。

 あんだけヴァルに色目使ってたのに、今はトーヤさんの首に腕を回して縋りついてる。

 そのトーヤさんはしかめっ面で、特に彼女の体に腕を回したりもしていない。


「え、なんでそんな低速落下してるの?」

「あー、これね。トーヤの魔法。落下速度軽減っていう。ミユキちゃんは知らなかった?」

「えー、知らないよぉ」

『知らないのではなく、勉強をしていないだけなのである。リヒトの魔導書に、ちゃーんと書いてある』


 う……勉強してなくてごめんなさい。


「まぁヴァル様っ。またお会いいたしましたわね。わたくしたちは運命の赤い糸で――」

「うるせぇよ。あんたみたいな傲慢な女みてると、虫唾が走る」

「え……」


 うわぁ、ヴァルってばストレートすぎ。


「わ、わたくしが、傲慢?」

「自覚がないってのが余計に悪い。俺が一番嫌いなタイプだよ、あんたは」

「わた、わたくしが嫌いですって!? そんな訳ありませんわ」

「……は?」


 え?


「今まで一度も、わたくしを嫌いだと言った方はいらっしゃいませんもの」


 それは言わないんじゃなくって、言えないんでしょ。

 相手が貴族なら、姫に対して嫌いなんて言った日には、爵位をはく奪されかねないんだし。

 平民なら……まぁそもそも言葉を交わす機会すらないんだろうな。


 彼女は、世界中の人から愛されていると思っているのかな。


「頭痛い。いくぞミユキ。こんなの相手にしてられねぇよ」

「う、うん。あ、鐘を探してるんだけど、見つからないんだ。それと床板が瘴気まみれだよ」

「分かったよぉ。浄化しながら鐘探しておくから」

「気を付けて」

「モンスターいるけど、全部紙粘土だったよ」


 私がそういうと、ユズルさんたちは首を傾げた。

 一直線に下りてきてたし、まだ紙粘土モンスターを見ていないんだろうな。


「お待ちくださいヴァル様っ。どうかわたくしを守ってくださいませんか?」

「うるせーな。てめぇの王子様はもういるだろうが」

「多ければ多いほど、わたくしは嬉しいのです」


 多ければ……って、ユズルさんたちは物じゃないのに!


「いい加減にして! あんたねぇ、相手のことなんにも知らないくせに、顔が良ければすきすきアピールばっかりして。自分の気持ち押し付けてるだけじゃない! ううん、その好きって気持ちだって、本物なの? 顔のいい男の人を傍に置いておきたいだけじゃないの? それって恋?」

「な、なんですの急に」

『うむ。スイッチが入ったようであるな』

『ぷっぷー。やっちゃえミユキぃ』


 もう言っちゃうもんね。


「ヴァルはあなたのこと、嫌いなタイプだって言ったよね。なのにそれを認めないって、つまりヴァルの気持ちなんてなんにも考えてないってことでしょ!」

「だ、だからそれはヴァル様の勘違いですわっ」

「ほら! ヴァルのこと考えてないっ。この人が嫌いって気持ちが、勘違いなことってあるの? 好きか嫌いを勘違いなんてしない。それを捻じ曲げて、自分の都合のいいように解釈してるだけ。しかもそれを相手に押し付けてる」

「おお、押し付けてなんか」

「押し付けてるだろ。もう一度言う。ハッキリと。俺はあんたみたいな女は、大嫌いだ」


 ヴァルが私の隣に立って、ハッキリと言った。


「ヴァルだけじゃない。ユズルさんたちのことだって、召喚する前から恋愛ありきだったんでしょ。誰が召喚されるか分かんないのに、どうして好きになれるの?」

「あなた……あなたまさかっ」

「あなたは恋をしている自分に酔っているだけ。しかも実際には恋なんてしていないでしょ。ね、イグリット姫」

「あなた、あの時の女ね! わたくしの邪魔をするなんて、なんていやらしい女なのっ。わたくしはユズルさまもカケルさまもトーヤさまもシンゴさまも愛していますわっ。彼らだってわたくしのこと――」

「ちょーっと待ったぁ!」


 シンゴさんが待ったをかける。


「姫さん悪いんだけどさ、少なくとも俺はあんたに恋なんてしてないぜ」

「ごめんね姫様。僕もあなたのことは恋愛対象としては見れないかな。というか、何度もお断りしたはずなんだけど」

「聞いてないもんねぇ、イグリット姫は。人の話っていうか、自分に都合が悪いことは耳に蓋しちゃってさぁ」

「そして都合よく解釈する。彼に言ったように、勘違いだとか言って」


 四人もそんな風に思っていたんだ。


「僕らは突然この世界に連れて来られて、右も左も分からなかったから仕方なく頼りはした。それにこの世界の人が困っているのも、他の人の話でもよく分かったし」

「せっかく拾われた命だ。少しぐらい助けになりたいと思ったのは本当だ」

「うんうん。だから邪神の封印はするよ。でも姫様の気持ちを押し付けられるのは、そろそろ終わりにして欲しいな」

「あなたの国民を憂いる気持つは本物だと信じている。出来れば恋のことは忘れて、民を守ることに注力して欲しい」

「その時には僕らも必ず協力させてもらうよ」


 四人の言葉を聞いて、さすがに呆然としているみたい。

 同情はしない。

 だって今のままじゃ彼女、本当の意味で人を好きになることだって出来ないもん。

 女としても、人の上に立つ者としても、それじゃダメだと思う。


 だから気づいて欲しい。

 相手の気持ちを考えることが大切だってことを。


「わた……わたくしが……愛されて、いない……そんな……」


 ん?

 なんか、胸焼け……


『いかんであるな』

「ちっ。ここまで頑固だとはな」

『いやぁーなのぉ』

「も、もしかしてこれって」


 黒い靄が、イグリット姫に集まって来る。

 わぁぁ、ここって瘴気の床の上ぇぇ。


「わたくしが愛されないなんて、あり得ないことですわっ」


 黒い靄が渦巻いて、イグリット姫を飲み込んだ。

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