第83話:人形たち

「……ない」


 教会の中にあるはずの鐘がない。

 かわりに、床が抜けた跡があった。

 一応念のため、外に出て教会の塔に鐘があるのか見てみる。

 うん。ないね。


「じゃ、あの穴があった場所に……」

『鐘があったのであるにゃあ』

「そういやこの箱。デカさの割に地面の位置が高いよな」

「そう、なの? 中から見たらぜんぜん分かんないよ」


 確かにこの木箱の高さは、外からだとヴァルの身長を優に超えていた。

 三メートルはないかなってぐらいかな。

 でも中に入ればこっちがミニチュアサイズになってるから、壁の高さは何十メートルにも見えてるし。


 ただ、迷路でもあちこち床が抜けてたし、そこから下を覗き込んでも真っ暗で何も見えなかっただけあって深そうではある。


「鐘が落ちてるとして、鳴らせばいいのかなぁ」

『それで終わればいいのであるが』

「おいチビ。お前、降りて行って周りを照らしてこい」

『やっ』

「なんだと」

「ウィプちゃんひとりで行かせるのはかわいそうでしょ」

「ぐっ……」


 忘れてはいけない。

 私だって魔法の明かりを出せることを!


「"暗闇を照らす優しき光よ"」


 床が抜けた時の破片が落ちていたから、それに聖なる光を灯す。

 そして落とす。


「そういやあったな、そんな魔法」

「あったんだよぉ」


 ひゅーっと落ちていく光。

 なんか、箱の中が階層に別れてるように見える。

 光が底に着くと、黒い影がぞぞぞっと動いた。


「な、なんかいる?」

「みたいだな。とりあえず鐘は……ないようだ」

「えぇー。どっかに転がっていったのかなぁ」

「転がるか?」


 言われて、鐘が転がるのを想像してみた。

 あー、転がりそうにないね。

 じゃ、どこにいったの?


 途中の階層に引っかかってるようにも見えなかったし。

 階層は三つかな。

 そんな話聞いてないけど、どうなってるの?


『乗れ。一段ずつ降りるぞ』

「あ、いつの間に」


 ヴァルが変身してた。






「ないねぇ」

『次、行くぞ。光を頼む』

「おっけー。"暗闇を照らす優しき光よ"」


 教会の床に空いた穴から飛び降り、まずはすぐ下の階層に。

 穴の周辺に鐘が落ちてないか見て回ったけど、何もなかった。

 代わりにゴブリンがいたけど。


 ただそのゴブリン、ダンジョンや森で見たゴブリンとちょっと違う。

 耳が凄く長かったし、身長も高かった。

 ダンジョンとかで見たゴブリンは、カットより少し大きいかなってぐらい。

 でもここにいたのは、私よりも少し大きかった。

 

 ゴブリンも箱庭に入ってしまったの?

 それでサイズが統一されてるとか……でもヴァルは私より背が高いし、カットは低い。ウィプちゃんだって手のひらサイズのまま。

 どうなってんのかさっぱり。


 二階層にも鐘はなく、ここにもモンスターがいた。


「骸骨!」

『スケルトンなのである。だがしかし、おかしい』

『なんで角や翼なんてもんが生えてんだ』

「悪魔のスケルトンとか?」

『ねぇよ、そんなもん』


 もちろん翼も骨だけ。

 確かに変かも。


「"死霊よ、散れ"」


 ターンアンデッドを唱える。

 あ、あれ? 倒れない。魔法、失敗した?


「もう一回。"死霊よ、散れ"」


 やっぱり倒れない。


『何やってんだ』

『不調であるか?』

「わ、分かんない」


 ま、魔法がダメなら、パワーメイスで!

 振り回すと、あっさりスケルトンが砕けた。

 物理攻撃に弱い、とか?


『ぷぅ~。ぷっ!? 見て見てなの』

「どうしたのウィプちゃん?」

『骨も盾も、みんな同じなのぉ』


 同じ?

 スケルトンたちは剣と盾を持っている。

 そういえば骨だけじゃなくって、剣や盾も砕けてるね。


 え?


 慌てて砕けたスケルトンに駆け寄ってみると、骨の断面にしてはケバケバしているように見える。

 砕けた盾もそう。

 これ……


「紙粘土!?」


 え……まさかここのモンスターって、人形職人の作品ってこと!?






『どうりで手ごたえがない訳だ』

『もしかすると、職人たちがこっそり自分の作品を、箱庭の底に展示したのかもしれないのであるな』

「それって意味あるの? もともとここの部分って、お祭りの時には誰も入れないはずだった場所だし」

『それでも作品を飾りたい。それが職人というもの』

『なんでてめぇが職人を語ってんだよ』

『にゃっふ』


 ただの思い付きなわけね。

 でも……本当にそうなのかもしれない。


 どこか現実とは違う容姿のモンスターたち。

 オリジナリティを持たせ、自分だけのモンスターを作った職人が、誰かに見せる訳じゃないけどとにかく飾りたかった。

 たとえ見て貰えないとしても、飾りたかった。


 まさかその人形たちが、箱庭の影響で動き出すとは思わなかったんだろうなぁ。


 どうせなら可愛く作ってくれればよかったのに。


 じゃあ最下層で見た影も、紙粘土のモンスターなのかな?

 聖なる光を宿した木屑を手に、穴を覗き込む。


 うっ。なんか胸焼けがする。

 これって……。


「もしかして、瘴気?」

『みたいだな』


 木片を投げてみると、やっぱりもぞぞぞぞって動くものがあった。

 瘴気が光を避けていたのね。


『どうやら、底板から漏れ出しているようなのである』

「板が瘴気の元?」

『瘴気に侵された木を使ったのかもな』


 瘴気と、そして箱庭の魔法とでおかしくなっちゃったのか。

 ならまずは――


「全部浄化しようかね」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る