第82話:好き

「はぁぁぁっ。眩暈が――」


 イグリット姫がヴァルに寄りかかる。


「ウィプちゃん」

『ぷっ! ぷぷぷぷぷぷぷぷっ』

「ぶべべべべべべべべっ」

「リット大丈夫? 箱庭に意識が乗っ取られそうになってたよ」

「え? なに? え?」


 精霊が見えないイグリット姫にとって、目に見えない何かに往復ビンタを喰らって戸惑っていた。

 まったく。すぅーぐヴァルに絡みつこうとするんだから!


「あれ? あれあれぇ? ミユキちゃん、ご機嫌斜めだねぇ」

「え? 別にそんなことないですよ」

「カケル。余計な事はするな」

「はーい」


 別に、不機嫌じゃないもん。


「ヴァル様。この辺りに妙な虫がいるのかもしれません。もし刺されたら、わたくしが癒して差し上げますわ」

『ぷっ。ぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ』

「イタイイタイイタイイタイっ。な、なんですの? ほんとになんですの!? ま、まさかレイス!? あぁ、わたくし、こわ――」


 抱き着こうとしたイグリット姫を、ヴァルが鷲掴みして突き放した。


「ウザい。ひっつくな」

「んなっ!?」

「ミユキ、行くぞ。こいつがいたんじゃ、全然先に進まねぇ」

『にゃふ』


 確かに置いていきたい。

 でも――


 ユズルさんたちを振り返ると、にっこり笑って頷いた。

 行っちゃってもいいってことかな。


「そ、それじゃあ先に行くね」

「うん。僕らは少し遅れて追いかけるよ」

「わ、わたくしたちも一緒にっ」

「はいはい。お姫様はがっつき過ぎなんだよ。そういう子ってね、男は毛嫌いするもんだから」

「わ、わたくし、そんなにがつがつしていませんわっ」


 しているよ。

 無自覚って怖いなぁ。


「行くぞ」

「あ、うん。じゃあ」


 ユタカさんたちは手を振ってくれて、イグリット姫は何か言おうとして手を伸ばした。

 でも、迷路の角を曲がった瞬間、ヴァルが私を抱えて走り出した。

 次の角を曲がった時には、うう神の姿に。

 そして――


『オオォォォォンッ』

「また壁破壊してるうぅぅぅっ」

『にゃふっふ。壁の表面を薄っすら凍らせて、あとは小僧が頭突きで穴を開けていたのであるよ』

「頭突き!? 頭痛くないの?」

『この程度で痛くなるほど、やわな頭じゃねえよ』


 それ、石頭って言うんだよ。


 もふもふなヴァルの背中にしがみつきながら、ふと、考える。


「ヴァルは……くっつかれるの、嫌?」

『は? なんだって』

「へ? え、私、何か言った?」

『おい……自分で言っておいて自覚がないのかよ。箱庭の精神干渉にやられてんじゃないだろうな』

『やる?』

「まってウィプちゃん。その素振りは止めて」


 ウィプちゃんの「やる」が「殺る」に聞こえるんだってば。


「私はなんともないから。大丈夫だって」

『本当か?』

「ほんとほんと。少しお腹空いただけ……」

『今食うと寝るから我慢しろ』


 早く終わらせたい。

 ご飯食べたいし、寝たいし、何より……早くイグリット姫から離れたい。


 なんでそんな風に思うんだろう。

 なんで……。


 あの人が誰を好きになろうと、私には関係ない。

 その相手がヴァルだって……大事なのはヴァルの気持ち。

 私がどうこう言うことじゃない。


 私が……私……。


「ヴァルは……どんな人がす……イグリット姫って、綺麗な人だよね」

『そうか? 別に俺はそうは思わないが』

「き、綺麗な人だよ。あ、精霊のヴァルとは美的感覚が違うのかな」

『はぁ?』

「犬と猫だったらどっちがかわいいとおもう?」

『犬だろ』

「ほらー。違うんだってぇ」

『それはお前の個人的な意見だろうがっ』


 分かってななぁ。

 犬は子供の時にはかわいいけど、躾してない子は大人になるととんでもバカ犬になるんだよ。

 でも猫っていうのはね、子供の時も大人になっても躾がちょっとできてなくってもかわいいんだよ。

 猫が正義なんだよ。


『ふむ……小僧、魚と肉ならどっちが好きであるか?』

『肉に決まってんだろ』


 だよねー。

 ってかカット、突然どうしたの?


『白と黒、どちらの色が好きであるか?』

『黒』

『暑いのと寒いの。どちらが好きであるか』

『寒い方だ』

『牛肉と豚肉は?』

『んー……究極の選択だな……牛で』

『あの姫とミユキ嬢、どちらが好きであるか?』

『ミユキに決まっているだろ』


 ん?


 わた、私?


『あああぁぁぁぁぁぁっ』

『にゃっふっふ』

『きゃー』


 え、今のはどういうこと?

 ヴァ、ヴァルが私のこと……す……す……。


『てめっ。このクソ猫!』

『にゃっふ。吾輩は猫ではないのである』

『うるせぇっ。降りやがれっ。今すぐ俺の背中から降りろ!』

『ヴァルちゃん、はずかしいの? よちよち』

『撫でるんじゃねえ、どチビっ』

 

 ヴァルが私のことを、好きだってこ、と?


 わ、わた、


 ぁ、でも。イグリット姫と比べてってことだもんね。

 彼女のことよっぽど嫌っていたら、まぁそうなるよね。

 Loveじゃなくって、Like。


 もふっとヴァルの背中に顔を埋める。

 最近はブラッシングしてあげていたから、毛が凄く気持ちいい。


『ミ、ミユキッ』

「ふふふ。私もヴァルが好き。大好き」

『なっ。お、おま……』

「だって私たち、同じパーティーの仲間だもんね。嫌いだったら一緒にいないし、好きなのは当たり前。ね、そうでしょ」

『……な、仲間』

「カットもウィプちゃんも、同じぐらい好きだよ」

『哀れなのである』


 ん?


『ヴァルかわいちょー。よちよち』


 ん?


「え、ど、どうしたの?」


 シーンと静まり返ってしまった。

 も、もしかして、みんな照れてる?

 さすがにオープンで言っちゃうのは、恥ずかしかったかなぁ。

 あは、あははは。


 な、仲間としてだって言っても、誰かに向かって好きっていうのは恥ずかしいもんだね。

 ひょえぇぇぇ~。


 でもなんで胸がきゅーってなるんだろう。

 

『教会……見えて来たぞ』

「え、あ、うん」


 ヴァルの声、なんか不機嫌そう……に聞こえる。

 気のせい、かな。

 カットとウィプちゃんにからかわれて、不機嫌になったのかも?

 でもそれって私のせいかな。


 あとで、これが全部終わったらちゃんと謝らないと。

 まずは教会。

 早く町の人たちを箱庭から出してあげないとね。

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