第81話:きゅん

「じゃ、リットは五日前に中へ入った仲間を探して、ここに来たの?」

「えぇ、そうですわ。でも手遅れでした……」


 リットと名乗った彼女は、そう言ってため息を吐いた。

 二日遅れで箱庭に入った彼女が見たのは、のんびり畑を耕す仲間の姿だって。

 そりゃため息も出るよね。


 それにしても、リット?

 なんか男の名前っぽい。

 それに自己紹介をするとき、なんかもごもごしてた。


 どこかのお嬢様で、身分を隠して冒険者をやってるとか……かのかな。


 リット――お嬢様――どこかで見たような気がする人。

 うぅん、どこだったかなぁ。


「精神干渉のことは、先に入っていたけ――魔術師の方に教えていただきました。けれど彼もずっと眠っていなかったので、わたくしに伝えた後眠ってしまわれて」

「今は箱庭の設定にそって、日常を送ってるのね」

「えぇ。わたくしはなんとかして箱庭から脱出する方法を探そうと、ゴール地点の教会に向かっていましたの」


 やっぱりヒントはそこ、だよねぇ。


 町エリアへとやって来た私たちは、パン屋のおばさんと今日の献立について話をしているユズルさんを発見した。

 今夜はシチューにするらしい。あぁ、お腹空いたな。

 でも満腹になったら眠くなるし、我慢するしかないよね。


「そうだ、ウィプちゃん。あの人の頬っぺたに往復ビンタ!」

『ぷぅー。任せるの。うらぁぁぁぁぁ』


 っと、ウィプちゃんはかわいい声で、ユズルさんの頬に高速ビンタをお見舞いした。

 あの小さな手から繰り出されるビンタは、想像以上に痛い。


「ぶべべべべべべべべべべっ」

『ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷっ』

「ぶべべべべべべべべべべっ」

『ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷっ』

「ぶべべべべっ。ま、ちょ、なん、で、あっ」


 私を見て気づいた。


「ウィプちゃん、もういいよ」

『はい』

『容赦ねぁな……』


 ヴァルが珍しく同情するような目でユズルさんを見てる。

 見られている方は頬をさすって、それから思い出したかのように辺りを見た。


「僕はいったい、どうなっていたんだ?」

「ユズ――「勇者様っ」――れ?」


 リットって、ユズルさんのことを知ってるの?

 しかも勇者だって知って……ん?


 ユズルさんのことを勇者だと知っている司祭で、どこぞの令嬢。

 汚れてはいるけど、髪は金髪。

 ――リット。


 まさ……か?

 まさか!?


「ひ――「しーっ、ですわ」」


 ユズルさん今、「姫」って言おうとした!

 どうなっているんだという目で私を見る。


 向こうは私のこと、まったく覚えていないみたいね。

 私も忘れてたけどね!


 首を左右に振ってから、こちらも「しーっ」というように口元で指を立てて見せた。

 こんなところで私があの人の召喚されたあの時の女だって、バレたくない。

 バレて困ることはないけど、なんか気まずいし。


『おい、まさかアレって』


 と、察したヴァルがぼそっと呟く。


「そう、アレだよ」

『アレか……俺がぶん殴ってやろうか?』

「死んじゃうからやめて」

「ちっ」


 舌打ちしないっ。


『面白い偶然であるな。吾輩が時の中に閉じ込めて――』

「しなくていいから」

『にゃふ』

『あたちビンタする?』

「ウィプちゃん。あの人が少しでも眠そうにしたら、やってあげてね」

『うふ』


 ウィプちゃんと悪い顔して笑いあう。

 これぐらいは全然許されるよね。






「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ。痛い痛い痛いっ。やめろこのチビっ子」

『ぷぅっ。レディーに失礼です。ぷぷぷぷぷぷ』

「やめっ。おい、見てないで止めてくれっ」


 シンゴさん、カケルさん、そして最後に雑貨屋で店員になってたトーヤさんを正気に戻して任務完了。

 私とイグリット姫が一緒にいることにみんな驚いたけどそこはユズルさんが上手く説明してくれた。


 イグリット姫は自分が王族であることを隠したい。というか隠さなきゃいけないんだろうね。だって王族だし。

 そして私は彼女のことを知らないフリをしたい。

 お互い知らない者同士、ってことにする。


「な、なるほどねぇ。うん」

「シンゴくーん」

「お、いや、悪い。そ、それでこれからどうするんだ?」

「とにかくゴールの教会に向かってみよう。何か手掛かりがあるかもしれない」

「わたくしが向かっていたのですが、そこでこの子を拾いましたのよ」


 捨てられたのに、拾われてしまった。

 ツボったのか、カケルさんが笑いを堪えている。


『別にこいつらと一緒にいかなくてもいいだろう』

「協力した方がいいときだってあるよ」

『にゃはぁ。ミユキ嬢、こやつは――である』

「あぁ、なるほどぉ。じゃあさ」


 カットが教えてくれたのは、ヴァルが狼の姿から人の姿になりたがっているってこと。

 なんでか知らないけど、人の姿に戻りたいらしい。

 でも人前では戻れないから、ユズルさんたちと別行動したがっているって。


「私、ちょっと連れを探してくるね。いこ」

『あ?』


 で、みんなから離れた所で、


「変身してもいいよ?」

『……ま、まぁ、お前がそう言うなら』


 どのタイミングで服を着てるんだろう。

 気になる。

 気になるけど見ちゃだめ!

 変態になる!


 くるりと背を向けて数秒。

 ぐわしと頭を掴む手があって、見上げると狼から人の姿に戻ったヴァルがいた。


「ねぇ」

「なんだ」

「耳と尻尾だけ出したりって、出来るの?」

「はぁ?」


 何言ってんだこいつ。バカじゃね?

 みたいな目で見てる。

 ケモ耳ちょっと見てみたかっただけだもん!


「おまたせー。見つけて来たよぉ」


 一応、町をぐるーっと散歩してから戻って来たから、怪しくないよね?


「あなたの連れも箱庭に――っ。ぁ……」


 ん?

 イグリット姫、まさか!?


 ヴァルを見て、目がハートになってるぅぅぅ!?

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