黄昏よりも暗き者と血の流れよりも紅き者~宿命のライバルは、なんと俺のよく知る〇〇〇だった~

九傷

黄昏よりも暗き者と血の流れよりも紅き者~宿命のライバルは、なんと俺のよく知る〇〇〇だった~

 


『KO!!』



 画面の中で、ピンク色の服を纏った筋肉質の巨体が断末魔の叫びを上げる。

 その声は意外にも可愛らしく、それが絶妙なキモさを演出している。



「フハハハハハッッ!!! ついに、ついにやったぞぉぉぉぉぉっ!!!」



 高価なスティックタイプのコントローラを丁寧に置きつつ、立ち上がって勝利の雄たけびを上げる。

 ゲーセンでやれば出禁になる可能性もある行為だが、ここは自宅なので何も問題無い。



「お兄うるさい!!!」


「む……、すまない……」



 前言撤回。問題はあった。

 我が家の壁は決して薄くはないが、これだけ大声を上げれば隣の部屋には筒抜けだったようだ。



「フンッ! 偶々勝てたからって、いい気にならないでよね!」


「むむ! そんなことはないぞ! 俺はちゃんと実力で――って、もしかして櫻、見ていたのか?」


「っ! 別に見てなんかいないから! どうせお兄のことだからラッキーパンチで勝って調子乗ってると思っただけ! とにかく! 静かにして!」



 そう言って妹――櫻はドアを派手に閉めて去っていった。

 お前の方がうるさいだろ! と言ってやりたいところだったが、わざわざ追いかけて言い返すほど俺は小さい男ではない。

 それよりも、改めて勝利の味を噛みしめ――ん?

 いつの間にか、画面内にメッセージのアイコンが点滅していた。



(これはまさか、場外攻撃か?)



 対戦ゲームあるあるなのだが、稀に負けた悔しさからゲーム内、またはゲーム外のメッセージ機能を使用して負け惜しみやヘイトスピーチをしてくる輩が存在する。

 俺はそれを場外攻撃と呼んでいるのだが、基本的には負け犬の遠吠えだと思っているのでブロックしたりはしない。

 むしろ嬉々として読ませてもらっている。


 ただ、今回の相手は俺の勝手なイメージではあるが、負け惜しみのようなことを言うタイプとは思えない。

 であれば、まさか賛辞か?

 なんにしても気になるため、メッセージを開いてみることにする。



『まずは見事……と言っておきますね、黄昏よりも暗き者さん。まさか、私が負ける日が来るとは思っていませんでした。……でも、まだ決して実力で負けたとは思っていません。だからアナタとは、真の決着をつけたいと思っています。一か月後、REVOで会いましょう。血の流れよりも紅き者より』


(こ、これはまさか、果たし状というヤツか……!?)



 REVOとは、Revolutionカップと呼ばれる大規模な対戦ゲームの世界大会のことである。

 昨今はオンラインでの大会も多いが、Revolutionカップはeスポーツの正式な大会であるため、巨大な会場にて観客ありで行われる、実際のスポーツと同じ形式のリアルイベントだ。

 そこで会おうということは、つまり直接顔を合わせようという意味である。



(え? マジでどうしよう……)



 俺はゲーマーだが生粋の現代っ子で、ゲーセンで格闘ゲームをプレイしたことがない。

 だから正直、対戦相手のリアルな顔が見えるという環境にかなりの抵抗がある。

 というか、ぶっちゃけ怖い。

 だって、昔のゲーマーは灰皿投げたり、筐体を蹴っ飛ばしたり、リアルパンチが飛んで来たりするんだろ?

 それはつまり、現代の場外攻撃がマジの質量を持った攻撃になるということである。

 そんなの嫌すぎる……、昔の人達って野蛮すぎるよぅ……


 いや、しかし大きな大会なのだから、流石にそういった対策はしっかりしているだろうし、警備員とかもいるハズだ。

 少なくともバイオレンスな心配はしなくてもいい……と思いたい。


 それに、『血の流れよりも紅き者』が一体どんなヤツかというのは、正直かなり気になっている。

 ヤツはゴレイヌというゴリラのような出で立ちの女性キャラを愛用しているが、アレを好んで使用している者はかなり少ない。

 性能的には強キャラというワケでもないので、使用する理由は恐らく見た目なのだろうが、だとしたら相当歪んだ美的感覚の持ち主だと思われる。

 俺の想像では見た目が似ているために同族意識で選んでいるのだと思っていたのだが、送られてきた丁寧な文章を見る限りあまり野蛮なイメージも湧いてこない。

 ……いや、そもそもコイツは男なのだろうか?

 勝手に男だと思い込んでいたが、なんとなく文章から女の気配を感じる気がする。

 格闘ゲームの女性人口はかなり少ないので恐らくないとは思うのだが、ワンチャン女という可能性もなくはない。


 そう考えると、増々実物を見てみたくなってきた。

 別に下心があるワケではないぞ?

 俺はただ、一体どんなゴリラ女が『血の流れよりも紅き者』なのか見てみたいだけだ!





 ◇





 次の日の放課後、俺は隣のクラスにいる幼馴染に声をかける。



璃々りり、ちょっといいか?」


「け、けん!? ど、どうしたのいきなり!?」



 俺が後ろから声をかけると、余程驚いたのか璃々は飛び上がってシェーのポーズをとった。



「美少女がそんな変なポーズをとると、また変な噂を流されるぞ?」


「だ、誰のせいで……って美少女!? ま、ま、ま、まあいいや、それで何の用? 変な噂が流れるから学校では距離を取ろうって言ったのは拳だろ?」



 璃々――正式名称『東山 璃々とうやまりり』は、学年でもトップ5に数えられる美少女だ。

 そんな美少女と俺は光栄にも幼馴染で仲が良かったのだが、そのせいで色々と誤解されお互いに嫌な思いをすることになってしまった。

 そして面倒になった俺は、璃々と距離を取る提案をしたのである。

 璃々にとっても、俺が近くにいない方が良い男が寄ってくるだろうし、winwinだと思ったゆえの提案だ。

 しかし、今だけはそうも言ってられない。俺には時間がないのだ。



「事情が変わった。今日この後、璃々の家に行ってもいいか?」


「ボ、ボ、ボクの家に!? なんでぇ!?」



 昔はよく遊びに行ってたし、驚くようなことでもないだろう……と思ったが、考えてみれば最後に璃々の家に行ってからもう5年近くも経っている。

 それが急にお邪魔したいなどと言われれば、驚くのも無理はないか。


 どうやら聞き耳を立てていた周囲も何か誤解しているようで、ざわ……ざわ……と色んな憶測が飛び交っている。

 理由はあとで話そうと思ったが、これは早々に目的を告げて周囲の誤解を解いておく方が良いかもしれない。



「そんなに警戒しないでいい。ちょっと久しぶりに、しごいて・・・・もらおうと思ってな」





 ◇





「あら? 拳君? 久しぶりね!」


「お邪魔します秋子さん。久しぶりに遊びに来ました」


「最近遊びに来なくなっちゃったから、オバサン凄く寂しかったのよ?」



 秋子さんは自分のことをオバサンと言うが、どう見てもそんな年齢には見えない。

 璃々も美少女ではあるが、秋子さんはより完成された美女と形容しても差し支えないほど美しい。

 良い意味で、この親にしてこの子ありを体現している。



「秋子さんは相変わらずお綺麗ですね」


「……拳君、お口が上手になってない? ひょっとして、頬っぺたが腫れているのは痴情のもつれだったりする?」


「拳が悪いんだよ!」



 学校からずっと機嫌悪そうに黙ったままだった璃々が、ここでやっと口を開いた。

 まだ機嫌は直っていないようだが、とりあえず喋ってくれるなら取り付く島はありそうだ。



「秋子さん、これは本当に俺が悪いことを言った結果によるものなので気にしないでください」


「あ、やっぱり璃々にやられたのね?」


「口は禍の元というヤツです。既に和解しているので、怒らないであげてください」


「ボク、和解したつもりないもん!」



 なんだと!?

 じゃあ俺がさっき奢ったアイスは無意味だったのか!?

 確かに何も喋らなかったけど、しっかり受け取ったし美味そうに食べてただろ!?



「う~ん、まあ拳君がそう言うのならひとまず追及はしないけど、それでなんでウチに来る流れになったのかしら?」


「それは、久しぶりに秋子さんにしごいてもらうためです」





 ◇





 あれから一か月、俺は格闘ゲームの師匠である秋子さんに徹底的にしごいてもらった。

 今の俺は、あの頃よりも明らかにたくましく成長していると言えるだろう。


 ……あの日の勝利は、俺だって八割がた偶然だと思っている。

 もしあのまま何もせず再戦していたら、俺は確実に負けていただろう。

 実際はやってみないと結果などわからないものだが、少なくともそういった自信のなさは勝負の結果に大きく影響する。

 だからこそ、俺は秋子さんにしごいてもらうことで男の自信を付けたのだ。



 そうして俺は堂々とREVOに参戦し、見事決勝進出を果たす。

 当然のように目の前に立っているのは、何故か仮面を付けている女性――『血の流れよりも紅き者』。



「まさか、『血の流れよりも紅き者』が本当に女性だったとはな」


「…………」



 開戦前の握手で声をかけてみたが、反応はない。

 俺は何故だか彼女のことを知っているような気がして、可能なら声を確認できないかと思ったのだが……

 まあいい、全ては決着をつけてから聞けばいいことだ。



『それでは決勝戦! 始めてください!!!』



 熱い実況の掛け声とともに、試合が開始される。


 距離を取った俺に対し、『血の流れよりも紅き者』は先手を取るように鋭い攻めを仕掛けてくる。

 それは素晴らしいテクニックであり、会場も大いに盛り上がったのだが、俺には妙な違和感があった。

 確かに攻めの癖や防御の硬さなど、俺が何度となく対戦した『血の流れよりも紅き者』と同一と言っていいのだが……



(こんなもの……、なのか……?)













『いや~! 見事な一戦でしたね! それでは表彰式に――ってなにいっ!? 『黄昏よりも暗き者』選手がいない!?」





 ◇





 会場の外は既に日が暮れ、夕焼けも終わろうという瞬間――つまり黄昏時だった。

 漆黒の衣に身を包む俺は、まさに『黄昏よりも暗き者』の名に相応しいと言えるだろう。



「さて、答えてもらうぞ『血の流れよりも紅き者』! ……いや、そもそも貴様は、何者だ?」



 勝負を決める瞬間、俺の疑惑は確信へと変わった。

 確かに、動き自体はあの日の『血の流れよりも紅き者』と変わらぬレベルの技術を再現できていたと思う。

 しかし、それはあくまでも再現できていただけであり、それ以上ではなかったのだ。


 自ら決着を決めようと言っておきながら、その後一切成長しないなんてことがあるだろうか?

 答えはいなである。少なくとも、俺の知る『血の流れよりも紅き者』であれば、絶対にない。



「……本当はもう、気づいているんじゃない? お兄――」


「いや、少なくとも櫻でないことはわかっている。理由は簡単だ。櫻の胸はそんなにデカくない」



 何らかの方法で潰しているようだが、それでも抑えきれない主張をこの偽『血の流れよりも紅き者』の胸部からは感じる。

 もし櫻であれば完全な無乳、フラット体型を再現しなければならないだろう。

 それに櫻のヤツは、何故か眼鏡着用だけという雑な変装で大会に参加していたが、早々に予選で負けて泣いていたのを確認している。



「ボクだって好きでこんなに大きくなったんじゃないもん!」



 多くの女性を敵に回しそうなセリフだが、これは事実である。

 何故ならば母親である秋子さんも並々ならぬ巨乳の持ち主であり、つまるところ璃々はそれが色濃く遺伝しただけだからだ。



「……璃々、何故こんな真似をした」


「だって、ボク、悔しかったんだもん……」


「悔しかった? 何がだ?」


「拳がボクのこと避けるからだろ!? それなのにママのことばっかり見て……」


「……?」



 璃々の言葉が理解できない。

 俺が秋子さんに会ったのは本当に数年ぶりで、見る機会など…………っ!?

 まさか……



「それは、秋子さんが本物の『血の流れよりも紅き者』ということか?」


「……そうだよ」



 そういうことだったか……

 あれ程の使い手、早々いるものではないと思ったが、秋子さんだったのであれば納得もできる。

 秋子さんは普段可愛いキャラしか使わないので、完全に候補から外していた。



「だから、ボクも格闘ゲーム上手くなって、拳に勝てるくらい強くなれば、また構ってくれるかなって思ったんだよ! でも、凄く頑張ったのに、全然ダメだった……」


「そんなことはないぞ」


「え?」


「俺は今、猛烈に感動している!」



 璃々に近づき、強く抱きしめる。



「え? えぇぇぇぇぇっ!?」


「格闘ゲームが下手糞でまるで相手にならなかった璃々が、俺を思ってここまで強くなったんだぞ? これが感動せずにいられるものか!」


「え、えっと、もしかして、結果オーライ、だった……?」


「結果オーライかはわからんが、ともかく俺は璃々のことが大好きになった! その責任は取ってもらうぞ! ということで、結婚しよう!」


「え、えぇぇぇぇぇっ!? い、いきなり、そんな、困るよ~!」



 とかなんとか言いつつ、璃々の顔は完全にふやけきっていた。

 そして日は完全に沈み、『黄昏よりも暗き者』である俺と、『血の流れよりも紅き者(偽)』である璃々を祝福するように、夜の闇が包み込んだ。









 ――1年後、二人はめでたく結婚しましたとさ!

 めでたしめでたし!


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