シャン!シャン!シャンシャンシャン!

明和里苳(Mehr Licht)

トランペット持って異世界転移

「おいお前、どこから来た」


 ナイターの帰り、俺はトランペットとわずかな手荷物だけ持って、電車に揺られていたはず。うっかり寝過ごしたかと思って目を開けたら、西洋の甲冑みたいなものを着たオッサンに取り囲まれていた。


「うえっ」


 気が付けば人だかり。しかも昼間。土埃の舞う、石造りの街並み。何ここ、どこ。




「カナタ・マシマ。21歳。ナイターとやらに応援に出掛け、気付いたらこの街に居たと。ふむ」


 俺は衛兵に連れられ、取り調べを受けた。財布と保険証は持っていたが、生憎ここは異世界。身分証明にもならず、無一文に等しかった。それどころか、羽織っているのは縦縞の法被はっぴ、そして首には揃いのタオルマフラー、腰にメガホン。不審者以外の何者でもない。そんな中、簡単な食事を与えられ、持ち物も取り上げられず、こうして調書を取ってくれるあたり、これは当たりな方の異世界転移と言えるだろう。一応ラノベはたしなんでいるので、知っている。最初から言葉が通じるのも、何故か文字が読めるのも、お約束だ。


「して、その箱は」


「はい、トランペットと申しまして」


 幸い、トランペットについてはすぐに理解が得られた。こちらでも、ピストンのない管を巻いただけのラッパはあるようだ。試しに小さい音で吹いてみると、興味深そうに覗き込んで来る。その時だった。


 カン、カン、カン


 街の鐘楼しょうろうから鐘の音がする。間もなく衛兵の一人が詰所に駆け込んできて、「スタンピードだ!」と叫んだ。衛兵たちは表情を変え、武器を取り、飛び出して行く。一人取り残された俺は、どうしたもんかと思案して、しかし異世界あるあるのイベントを見過ごす訳には行かないと、彼らが駆けて行った方へ様子を見に行った。


 街は壁がぐるりと取り囲んでいて、壁の上には弓を持つ衛兵の姿があった。どさくさに紛れて俺も壁に登ってみたが、みんな一瞬「何でお前がいるんだ」という視線を投げ寄越すが、忙しいせいか誰も咎めなかった。壁の下には剣や槍を持つ衛兵や、傭兵のような山賊のような人々が集まっている。


 相変わらず鐘楼の鐘はカンカンと鳴っている。時折、民間人が城門を目指して駆けて行くが、南の正門は既に閉まっている。南東の通用門は開いているようだが、鐘の音ではそれが伝わらない。そしてその様子を見ている壁の上の兵士の声は届かない。


 俺は咄嗟にトランペットを構え、高らかに吹き鳴らした。皆の視線が一斉に俺に集まる。そこで、


「南東の通用門が開いてるらしいぞ〜!」


 メガホンを通し、渾身のシャウト。これが運良く功を奏したらしく、民間人は進路を変えて、南東門へ走って行った。


「君。一体今のは」


「ああ、衛兵さん。これはトランペットといって」


「いや、違う。その旋律だ。恐ろしいほどの魔力を感じるのだが」


「は?」


 トランペットから、魔力とな。良く分からないが、そうこうしている間に、街道の向こうから土埃が見える。


「話は後だ。危険が無いように、そこで大人しくしていたまえ。総員迎撃体制!プンダミリアの誇りを見せろ!」


「「「おおー!」」」


 そろそろ戦闘が始まるらしい。壁の上では弓兵がバリスタに矢を番え、ローブを着た魔術師たちが杖を掲げて詠唱を始める。眼下の前衛職たちはスラリと抜剣し、槍を構えている。


 俺は完全な部外者だが、たぎって来た。ここは応援するしかないだろう。


 パコン!パコン!パコンパコンパコン!


 手持ちのメガホンで拍子を取り、トランペットを構える。


 パーパーパラッパーパ♪パパッパパー♪


(打て、打て打て決・め・ろ♪ プ、ン、ダ〜、ミッ、リッ、アッ♪)


 俺はいつものヒッティングマーチを吹き出した。これは東西ゼブラーズのデフォルトのヤツ。歌詞は心の中で歌いながら。東西ゼブラんとこを、この街の名前?プンダミリアに替え歌してみた。


「かっ飛ばせー!プ・ン・ダ!」


 ノリノリで応援を始めた俺を、みんな呆然と見つめている。しかしこういうのはノリだ。ビジターゲームで完全アウェイの中でも、何食わぬ顔で盛り上げ、ヒッティングマーチを吹き散らかす。それくらいでなければ、ゼブラ軍団の斬り込み隊長など務まらないのだ。


 パコン!パコン!パコンパコンパコン!

 パーパーパラッパーパ♪パパッパパー♪

「かっ飛ばせー!プ・ン・ダ!セイ!」


 俺は合間合間にジェスチャーを加え、手拍子を促す。こういうのは巻き込んでナンボだ。次第に弓兵が釣られてグローブを鳴らし、心配気に壁の中から様子を見ていたギャラリーが手拍子に加わる。


 シャン!シャン!シャンシャンシャン!

 パーパーパラッパーパ♪パパッパパー♪

「「「かっ飛ばせー!プ・ン・ダ!」」」


 おお、これぞスタジアムの一体感。戦闘員も非戦闘員も、恐怖に打ち震えるより、こっちの方がいいに決まってる。そんな中、さっき俺に声を掛けて来た指揮官の衛兵さんが声を掛けて来た。


「君、君、これは何だね」


「応援です!俺、何も出来ないので!」シャン!シャン!シャンシャンシャン!


「違うんだ。この戦歌の凄まじい増強効果は」


 しかしそんなことを言っている間に、モンスターの軍団が迫って来た。


「総員構え!魔道士団、放てェ!」


 一緒になって手拍子を打っていた魔道士たちが、詠唱を終えて杖の先に溜まった魔力を解き放つ。するとそれらは大きく放物線を描き、魔物の群れに着弾すると、まるで特撮モノのように大爆発した。魔道士さんたちはみんな、杖を構えたままあんぐりしている。彼らだけじゃない、指揮官や弓兵、地上の前衛まで。しかしいち早く指揮官が我に返り、


「弓兵構え!バリスタ、放てェ!」


 合図と共に、一斉にバリスタから矢が放たれる。それらはミサイルのように飛んで行き、大きな敵影に次々と着弾し、恐ろしい魔物の吠え声が聞こえる。そのうち、生き残った魔物が本隊の前に現れ、肉弾戦が始まった。


「左翼展開!側方より囲い込め!」


 左翼か。よし。


(1番〜、センタ〜、鈴木〜)


 俺は脳内でセルフウグイス嬢をアナウンスして、ヒッティングマーチを変えた。


 パー、パー、パー、パラリラ♪


「「「かっ飛ばせー!プ・ン・ダ!」」」


 掛け声はプンダのままでいいだろう。手拍子もそのまま。しかし素早い展開といえば、俊足鈴木のヒッティングマーチ以外に考えられない。今季絶好調だしな。


「おお…何という…君…」


 指揮官は、眼下に広がる戦いと俺とを交互に見比べて、わなわなしている。そして意を決したように、


「次は本隊で押し返す。頼めるか」


 俺はニヤリと頷いて、トランペットを構える。


(4番〜、ファーストー、佐藤〜)


 パーパーパーパパーパパー♪…




「いやぁ、君のお陰で死者重傷者ゼロの完封だったよ」


 戦闘はものの数時間で終わり、現在は撤収作業中。俺は指揮官に呼ばれ、肩を叩かれていた。スタンピードは十数年ぶり、しかも通常より規模が大きく、魔物を察知してから到来までの時間が非常に短くて、実はかなりヤバかったらしい。それが、初手の魔法攻撃で凄まじいダメージ、バリスタで大物はことごとく撃破、そして生き残りの雑魚を前衛で片付けただけの簡単なお仕事だったそうだ。残念なことといえば、最初の飛び道具で仕留めた敵の損傷が大きく、あまり良い素材が取れなさそうなこと。しかし、通常は死傷した戦闘員への補償や損壊した街の復興に充てられるはずが、丸々報酬になるのだから、黒字も良いところだそうだ。


 その夜は、スタンピード祝勝会に混ぜてもらって大騒ぎ。ビール掛けを知らない衛兵さんに、ジョッキからザバリと浴びせてやると、瞬く間に会場はビールの飛沫しぶきにまみれた。俺はトランペットを吹き吹き、ゼブラーズのヒッティングマーチを、適当にプンダとかミリアとかに置き換えて熱唱し、会場は手拍子と合唱で大盛り上がりした。そして翌日、酒場の人にめちゃくちゃ怒られて、延々と掃除する羽目になった。


「あ、シマシマのおっちゃんだー!」


「誰がおっちゃんだ!お兄ちゃんと呼べ!」


 あれから俺は、街行く人に声を掛けられる有名人となった。ゼブラーズのヒッティングマーチは、魔物を追い払った記念ソングとして流行。異世界で口々に歌われてんの胸熱。


 その後、領主様んところまで連れて行かれて褒賞をもらったり、バッファーとして冒険者登録したり、別の街のスタンピードに応援に駆けつけたり、王都に連れて行かれて王様に謁見したり。それから、魔法省に連行されて知ってる限りのヒッティングマーチを調べられて効果を解析されたり、他国の侵略をデバフで防いだり。色々あったが、それはまた別の機会に。


 ゼブラーズ私設応援団の俺の戦いは、これからだ!

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