再生

@yu_denasu

再生

 都会から田舎へ伸びた1本の路線。経営は真っ赤だが、地域住民唯一の移動手段のため未だ廃線されずにいる。その終着駅がここだった。


 どこまでも広がる田んぼと、ポツンと建つ小さな駅舎。背後には青々とした山が迫っている。田んぼの向こう、はるか遠くには、建ち並ぶ高層ビルや工業地帯が見える。のどかと言えば聞こえはいいが、要するに寂れたド田舎である。田舎ではなく"ド"田舎。バスは無く、電車が1日に2本あるのみ。


 駅はしんと静まりかえっていて、ここだけ時が止まったようだった。天井の隅に掛けられた大きな蜘蛛の巣と、開通記念と彫られた立派な時計だけが時の流れを教えている。


 駅を出たところで、ぐぅと腹が鳴った。ふり返り、時計を見ればちょうど12時。食べ物を求めとりあえず店を探すことにした。


 しばらく歩くと、小さな商店を見つけた。生い茂る木々に半ば埋もれるように建っている。個人が経営しているのだろうそこは、消えかかった文字で「スーパー井中」と書かれていた。中に入ってみれば、スーパーとは名ばかりで大股で歩けば10歩もせず店内を回れてしまう。地域住民の要望で揃えているのだろう、食品や生活雑貨から缶入りのペンキや虫網、果てはパーティー用のコスプレセットまで、ごちゃごちゃとした品揃えをしていた。カウンターでは店主がペンを片手に新聞を広げ、何やら真剣な顔で書き込んでいる。側に置かれたラジオからは、ある会社が突如倒産したと報じるニュースが流れていた。


 一通り店内を見て回り、おにぎりを1つと小さいボトルのお茶、それからデザートに珍しい形のアイスを買った。お釣は結構、とお札を1枚渡して外に出る。


 店の表にはベンチが1つと自販機が置いてあった。座って買ったばかりのおにぎりを頬張る。ほんのりとした塩気と絶妙な握り加減の米、思わず唸るような美味しさだった。空腹は最高のスパイス、とはよく言ったものである。口いっぱいに頬張りながら、ぼんやりと遠くの景色を見る。すっかり秋の色になった空の下、ビルが建ち並ぶその更に向こうにも灰色の街並みが広がっている。あのどこらへんかに自分の家があるのだろう。そう思うと、なんだかずいぶん遠くへ来てしまった気がした。


 腹が満たされ、ほう、と満足げな息が出る。店内から漏れ出てくるラジオの音を聞き流しつつ、そういえばアイスを買ったのだと思い出した。細長い円柱型のそれは、ちょうど真ん中のところでくびれている。片方の先端は細くストローのようになっていて、おそらくここを切って食べるのだろう。少し行儀は悪いが噛み切ってしまおう、と先端に噛みついた。しかし、なかなか噛み切れない。ムムン、とひとり鼻息を荒くしていると、いつから見ていたのだろうか、見かねた店主が近くに来て食べ方を教えてくれた。


 ポキンと綺麗に真ん中から割れたアイスに、おお、と感動する。一人分にしては長いなと思ってはいたが、なるほど。真ん中で折れば二人で分けることもできるのか。先ほどさんざん齧ってヘロヘロの尻尾が着いた方を自分に、もう片方を店主に差し出す。分け合いの精神ほど美しいものはないだろう。これも何かの縁、遠慮せず受け取ってくれたまえ。店主がしわしわの顔を更にしわしわにして笑った。


 二人並んでベンチに座りアイスを食べる。シャリシャリとした食感と爽やかなソーダの味に、輪郭も朧気な幼少の記憶が蘇る。夏休みに訪れた祖母の家、縁側でキンキンに冷えたラムネを飲んだ。うるさいくらい鳴いていたセミの声は、今はもう、ずいぶんと遠くなってしまった。


 急ぎでなければゆっくりして行ってくれ、と言うので店主の後に続き店内へ戻る。平日の真っ昼間だが、皮肉なことに時間は腐るほどあった。カウンター横に立て掛けられたパイプ椅子を開き、そこへ座る。相変わらずつけっぱのラジオは、いつの間にかニュースから演歌番組へ変わっていた


 "お掃除ロボット3文字"に「サンバ」と書いたきりもうお手上げだという店主に代わり、クロスワードを解いていく。縦の鍵、南国が産地の黄色い果物、6文字。横の鍵、バイエルン王国の第四代国王、6文字。時々挟まる店主の他愛ない話に相づちを打ちつつ進めて行けば、最後のマスが埋まる頃にはすっかり日が傾き、オレンジの日差しが入り口から店内へ差し込んでいた。ラジオからは夕方のニュースが流れている。倒産した会社の従業員は行き先もなく困惑している云々。会社再生法がどうたら。

 完成したクロスワードの、指定されたマスを繋ぎ合わせる。

 ―バ"サ"サミコ。

 ぷっと思わず吹き出す。ずっと入っていた肩の力が抜ける。活動を忘れていた心臓が、ドクドクと鼓動を始める。全身に血が通うのを感じた。家に帰ろう、と思えた。


「あの、そろそろ行きます」

 店主に告げ席を立つ。

「どうもね。引き留めちゃって悪かったねぇ」

「いえ、色々お話できてよかったです」


「あと、すみません。お釣、やっぱりもらって良いですか」

「はいはい。おつり9000と720円ね。電車、まだ間に合うからね。気をつけて帰りなさい。それから、またおいでね」

「ありがとう。―また、来ます」

 お釣を受け取り店を後にする。


 たった一本の街灯が、小さなホームを照らしている。都会では聞くことのない虫の大合唱が辺りに響き渡る。車庫から出てホームに停車した電車は、一人の乗客を乗せ、やがてゆっくりと進み出した。


 ドが付く程の田舎から、都会へ伸びた1本の路線。経営は真っ赤だが、地域住民唯一の移動手段のため未だ廃線されずにいる。ここはその始発駅。

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