公園は歌う

 吾輩は宿命的に放浪者である。吾輩は古里を持たない。

 それでも今を幸せに暮らしている。

 この世界一小さな公園のブランコを揺らしながら、海へと沈む夕陽を眺める。幸せになる人々を見送る。

 夕陽が海に接してから、その姿が完全に海へ沈むまでの間、人々は願いを唱え続ける。そうして望みを叶えるのだ。

 どんな願いでもいい。ひとつだけ何でも叶う。

 条件はみっつ。

 ひとつ目の条件は独りで来ること。この公園は世界一小さな公園。ふたりで遊ぶほど広くない。

 ふたつ目の条件は、願いについて。願いを思い浮かべるのはひとつだけ。願いを叶える歌を歌う間、少しでもほかの欲望をチラつかせてはならない。

 みっつ目の条件は、ブランコの漕ぎ方。必ず猫を膝に抱かなければならない。夕陽が沈むまでの間、猫を離してはならない。

 条件を守れなくては願いは叶わない。それだけで終わりだ。不幸になる訳でもない。ただ願いは叶わない。二度と叶うことはない。それだけで終わり。


 ブーツ、ブーツ、ブーツのブランコ

 スウィング、スウィング、スウィンギングレザー

 ブーツ、ブーツ、ブーツのブランコ

 揺れて揺れる

 沈んで沈む

 靡いて鳴いて

 鳴いて靡いて

 スウィング、スウィング、スウィンギングレザー

 揺られて揺れる

 切られて切れる

 ころころ首の転がる前に

 私の願いを叶えて叶う

 海が夕陽を溶かすころ

 ころころ夢が転がり込んだ

 ブーツ、ブーツ、ブーツのブランコ

 ブーツ、ブーツ、ブーツのブランコ


 今日もまた人間がやってきた。

 ただ、条件を知らなかったのかふたりでやってきて終わり。全て終わり。溶けて公園になって人生の終わり。歌を歌うまえに溶けて終わり。

 吾輩にとって幸いだったのは、初めて人間を殺した日のように、飼い猫から憎まれ口を叩かれなくて済むことだ。飼い猫まで切り刻む手間が要らないことだ。

 その溶けた人間も、今では吾輩と同じだ。世界一小さな公園になって、滑稽な人生たちを嗤い続けるのだ。


 そう、これを読んでいるおまえは終わりなのだよ。放浪する人生ともお別れだ。おめでとう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る