シュロの木は靡く
「世界一小さな公園」
その公園と呼ぶには躊躇する程の小さな空間に、私はカメラマンの向井とふたり、旅行雑誌の取材で訪れていた。白い柵で囲まれた猫の額程しかない敷地に、シュロの木が一本とブランコが一台。
そのシュロの木には、雨風に少なくとも数週間は晒されたウエストポーチが付けられていた。地面から約五十センチメートルの位置。その高さから誰かの忘れ物を子どもが木に付けたのだろうと、意識せず推測していたが、その中に入れられていた紙切れに書かれたおぞましい文章に、私は自分の肩を抱いた。
「吾輩は猫である」
夏目漱石の代表作は、発表後すぐに今でいうパロディ作品を数多く生んでいた。国会図書館に収蔵されている作品も多い。
だが、この紙に書かれているものは、それらとは違う。
日本一ポピュラーな書き出しで油断したのもあって、読後に沸き立った私の鳥肌は、当分消えてくれそうにない。
「
入社後間もなく「美人コンビ」と呼ばれるようになった私の相棒、向井。私同様今では「美人」などと呼ばれることはなくなったが、それは「ルッキズム」がどうだとかいう時代のせいであって、向井の美しさは三十代半ばとなった今でも色褪せていない。私もそうだ。と、自信を持って言えれば良いのだが、未だ独身の私は日々疲れを感じている。
私はこの収まらぬ恐怖、不気味さをその疲れのせいにした。
「大丈夫。ちょっと疲れてるのかな。軽い目眩」
そう誤魔化して、不気味な「吾輩は猫である」をジーンズの後ろポケットにねじ込んだ。
それと同時に、晩秋の冷たい汐風がシュロの木の葉を
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