柵は捉える

「奈子さん、本当に大丈夫?」

「うん、平気。でも、ちょっと休みたいかも」

「空港からの移動、長かったですからね。ここ、座りますか?」

 そうやって向井が勧めたのはブランコだった。

「あ、いや、ブランコは」

 座りたくない。座れない。のれない。のれるはずもない。

 子ども達の笑い声が大きくなる。風が、強くなる。私はたかが風によろめいた。

「ほら、座った方が良いですって」

 向井が私の肩に手を置いた。

 駄目だ。だってこのブランコは。

「いやっ! 無理だよ!」

 思わず向井の腕を払いのけた。

 風が強い。

 子ども達が笑う。

 野良猫の、ブーツの嗤う声も聞こえる。

 風が鳴く。ブランコのロープが軋む。よろめいた向井が足を滑らせる。

「ぐえっ」

 そう聞こえた。いかにもそういう「呻き声」を出していそうな表情を向井がしていた。

 仰向けに倒れた向井の口から、諸刃の剣のような白い柵の先が飛び出している。

 見たくない。見たくないのに目が離せない。

 向井の口から溢れ始めた液体は、私の見慣れた血液ではなかった。

 もっと穢れて、汚れていて、「鮮血」という言葉が生まれたことが不思議でならないくらいにおぞましい液体だった。

 その血液は時に黒く濁り、時に白濁した別の液体が混じり、泡を纏い、吹き出し、どろりと柵を伝う。

 私は両手でブランコの綱を握りしめ、体重を預けつつ地べたにへたりこんだ。

 晩秋の地面はこんなにも熱いものだろうか。こんなにも柔らかいものだろうか。身体が熱い地面に沈みこんでゆく。

 ブランコの綱から片手を離し、地面を触れる。

 だが、そこに地面はない。向井から出た液体が地面と向井自身を溶かし、私を飲み込もうとしていた。

 助けを呼ぶにも思うように声が出せない。身動きが取れない。

 沈む。

 島に溶けてゆく。

 私は足掻くことをやめ、ジーンズのポケットからあの紙を出した。

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