Swing Razor(スウィング レザー)

西野ゆう

野良猫は嗤う

 吾輩は猫である。

 名前は「ブーツ」。膝下のみ白い四肢によって安直に定められた名だが、まあ、気に入っている。そして、野良猫だ。決まった家はない。言い換えれば全ての家が吾輩の家とも言える。


 吾輩は猫である。

 この島に住む唯一の猫である。

 他の猫は全て無惨に殺された。切り刻まれて殺された。

 薄く柔らかい剃刀の刃で。骨の継目を、関節にある軟骨の周りを、曲がる刃でじっくりと。骨そのものを傷つけぬように。


 吾輩は猫である。

 島に残る炭鉱跡に逃げて生き延びた、卑怯で弱虫な猫である。

 かたかたと震え、が自らの首に剃刀の刃をあてるまで暗がりの中にいた。


 吾輩は猫であった。ブーツと呼ばれる野良猫であった。

 大空の下に出た後も、昼間はそこらじゅうにある穴蔵に身を潜めていた。島を出歩くのは決まって夜だ。月の出ていない夜のみだ。


 吾輩は猫であったはずだ。四肢の白い野良猫であったはずだ。

 それがあの夜に大量の流れ星を浴びたのち、吾輩は動けなくなった。身動きが取れなくなった。

 いや、しっぽだけは動く。私の揺らすしっぽに、今日も人間が座っている。座り、揺れ、笑い、写真を撮っている。


 吾輩はブランコになったようだ。面白い。愉快だ。

 何故か島の外から来た人間達は、決まって自身の飼い猫を膝に抱いて揺れている。吾輩のしっぽに乗って。

 滑稽だ。惨めだ。

 この島全ての家が我が家だったというのに。この島の人間全てが吾輩に飯をくれていたというのに。


 吾輩はブランコである。

 昼間は眠るブランコである。

 他の猫が喜ぶ姿を見て何が楽しかろうか。吾輩は日の下では目を閉じ、耳を塞いでいた。

 たまに昼間に人間の膝に居た猫が、夜になり「名前のない猫」となって現れる。

 爽快だ。痛快だ。

 吾輩は猫たちを嗤う。

 だが、名前を失った猫たちはそんな吾輩に決まってこういうのだ。

「ご主人様を返せ」と。

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