発掘《スコップ》

「……ク…さ……」


 だれ——?


「エクスさん!」


 聞き覚えのある美声。


「エクスさん! しっかり!」


 重たいまぶたを、なんとか開く。


「大丈夫ですか?」


 焦点の合わない目が、柔和な好青年をとらえる。


「ア……、レル?」

「そうです僕です。間に合って良かった」


 瞳を潤ませたアレルが僕を見下ろしている。彼の背後には西日が落ちかけた空があった。

 2本の棒状の何かに背中を支えられている感触がする。


「立てます?」


「僕は……?」


「詳しい話は後です。ここは危険です。歩けそうですか?」


「あ、あぁ。何とか。大丈夫そうだよ」


 僕はアレルに降ろしてもらった。

 降ろしてもらう──?


 なんと、僕はアレルに横抱きにされていた。


「こっちです。早く離れないと」


 アレルが僕を森の方へ小走りで誘導する。身体は鈍く痛いけど何とか動ける。


「仲間がドラゴンを誘導してるけど、まだ危ないです。気をつけて」


 森の中に僕を導いたアレルは仲間たちの元に走って行った。いつも身に付けているマントや革鎧は無く、剣を腰にいてはいるがやけに軽装だ。

 僕とは反対側から弓矢や遠距離の魔法攻撃がドラゴンたちに着弾している。威力は弱い。あの攻撃では倒せない。


「エクス! 無事だったか!」


 ガヴァルが僕に駆け寄ってくる。息を切らし、額には大粒の汗をいくつも浮かべている。


「心配かけやがって、この野郎」

「うん。アレルたちを連れてきてくれたんだね。助かったよ。死ぬかと思った」


 ガヴァルが胸と両手で僕を挟み、絞め殺しにかかる。


「僕はどうして助かったの?」

「覚えてないのか? あの高さから落ちたんだ、無理もねえ……」


 髪も揉みくちゃにされる。


「アレル組のローブ男が風魔法でお前の落下を相殺、弓兵エルフがアレルに速度上昇の補助魔法をかけ、長身の兄ちゃんがドラゴンを切りつけて挑発してお前から離した」

「それでアレルが僕を受け止めてくれたのか──」

「あいつら、上空から落下するお前を見て、何の相談も無く阿吽の呼吸でそれをやってのけた。さすがだな」


 そろそろ離してくれないかな。こいつ汗臭いぞ。僕もか。


「組合に飛び込んでお前がドラゴンの群れに独りで対峙してるって大声で知らせたら、あいつら、装備もろくに持たずに飛び出して行っちまった」

「あれ? アレルは剣を装備してたけど……」


 ガヴァルは僕の目を見て、にっ、と笑った。汗臭い男に抱きしめられたまま見つめられても気色悪い。それに腰のあたりがもぞもぞする。


「俺のを貸したんだ。長身の兄ちゃんなんて戦士だろうに、短剣しか持ってねえぞ。自分の武器を持ってたのは弓兵エルフの姉ちゃんだけだ」

「そんな……、ドラゴン相手に、無謀だ」


 お互い息が整ったところで、ガヴァルはようやく僕を解放した。


 僕たちの横から冒険者たちがドラゴンの群れへ走っていく。見知った顔ばかりだ。「こっちは任せろ」「ゆっくりしててね~!」と口々に声をかけられる。僕とガヴァルがよく仲介している冒険者たちだ。


「おう! 短剣しか持ってない長身の兄ちゃんにこれを渡してくれ!」


 ガヴァルが駆け抜ける冒険者に放り投げたのは僕の剣だった。いつの間にか剣帯けんたいごと外されていた。

 

 冒険者たちに包囲されたドラゴンたちは少しずつ森から離れていく。なるほど。そういうことか。


「討伐するつもりは無いのか。弱い攻撃で挑発を繰り返して、群れを街から遠ざける作戦だね?」

「そゆこと」

「この人数なら討伐も狙えるしその方が名声も上がるのに、あくまで安全を優先するんだね。アレルたちらしいや」


 そのアレルは冒険者たちの間を行ったり来たりして、しきりに何かを伝えている。全体の指揮を執っているのか。移動するときはドラゴンに弱い攻撃を入れ、確実に群れを街と逆方面に導いている。

 戦闘も弱くは無いが、全体を俯瞰しながらのこういった細かい立ち回りが彼の真価だ。


「後はあいつらの仕事だ。俺たちはしっかり記録して、あいつらの経歴を彩ってやろう」

「そうだね。しっかり記録して報告するよ」


 僕は森に置いていた鞄から大量の紙と、ペン、そしてインク壺を取り出した。



 ◇



「あのー、スコッパーのエクスさんってあなたですか?」

「そうですが……?」


 あれから数日後。僕とガヴァルは手分けをしてドラゴンの追い払いに参加した冒険者全員分の報告書を書き上げた。

 すぐに昇格申請ができる冒険者は出なかったものの、もう少し経験を積んだら昇格が狙えそうな冒険者には僕たち二人からの推薦状も書いた。


 見知らぬ若い冒険者から声をかけられたのは、それらを提出し終えて食堂でガヴァルと一杯やっていた時だった。


「あの、僕たちでも出来そうな仕事、紹介してもらえますか……?」

「知らない奴から名指しなんて、エクスお前やるじゃねえか!」


 僕が口を開く前に、3杯目のエールをあおっていたガヴァルがニヤニヤしながら茶々を入れてくる。


「仲介は構わないですけど……。ちなみに、どこで僕を?」


 若い冒険者がはにかみながら掲示板を指差す。


「えーと。とりあえず組合の経歴書を拝見しながらお話ししたいので、受付からご自身の資料を借りてきてください」

「はい!」


 若い冒険者は軽い足取りで受付に向かっていった。予め資料を持参しなかったのを見るとまだ経験は浅そうだ。

 でも、素直で礼儀正しい様子に好感を覚える。経験はゆっくり積めばいい。仲介のしがいがありそうだ。昔の、新米だった頃のアレルたちに似ている。


「ちょっと掲示板を見てくるよ」


 ガヴァルは掲示板に何が書かれているのかを知ってか知らずか、始終ニヤニヤしている。気持ち悪い。


 掲示板のそれらしき記事を探していると組合通信のインタビュー記事が見つかった。英雄候補、☆6冒険者へのインタビュー特集だった。


『僕たちの☆6昇格を申請して打ち上げてくれたのは、直接的にはフラウリーさんです。ですが、エクスさんが冒険者登録したばかりの僕たちに仕事を仲介してくれなかったら、ここまではこれませんでした。

 失敗ばかりの僕たちに、長年根気よく、仕事を振ってくれたんです。しかも僕たちのその時々の実力やコンディションを見極めた、死なない程度の適切な難度の依頼を。

 僕たちを☆6に押し上げてくれたのは実質的にはエクスさんです。

 組合や依頼者、冒険者の皆さん。薬草採取から凶悪ドラゴン討伐まで、どんな依頼もスコッパーのエクスさんに仲介してもらえば間違いはありません!』


 その記事には柔和な好青年を中心に、よく見知った4人組が綺麗に描かれていた。


「エクスさーん! そっちの話が終わったら、こちらの☆6依頼にぴったりな冒険者さんを紹介してくださーい!」


 組合の受付カウンターから軽やかな声が響いた。


「いや、僕は☆6冒険者の発掘スコップ経験は無いから、☆6の仲介資格は無いんだけど──」

「なに言ってんだ。アレルたちの☆6昇格推薦状を先に受付に出してたんだろ」


 いつの間にかガヴァルが真後ろに立っていた。

 そういえば──、遅かれ早かれアレルたちの昇格申請をするつもりだったから、推薦状は先に提出しておいたんだ。


「でも、僕はただ推薦しただけで……」

「スコッパーの格は目利きの善し悪しで決まるだろ? ☆6に昇格した奴らの仲介を新米からずっとしてたんだ。事前に推薦状も出してる。それで十分だろ」


 僕の下腹が温かくてふわっとした感覚に包まれる。


「それにドラゴン騒動の後、あいつらが鼻息荒く組合に交渉してたぜ。『僕たちを発掘したのはアレルさんだ!』ってな」


 ガヴァルが僕の肩に手を置く。

 下腹の温かいふわふわの何かが身体の中心を上がっていき、なんだか目元も暖かくなってきた。


「胸を張れ。あいつらを打ち上げたのは、お前だ」


 僕は掲示板を必死に見上げた。何も目に入らない。


「エクス! 俺たち新しい魔物を討伐したんだ。実績をまた組合に提出してくれよ!」

「それが終わったら、こっちとも話に来てくれ!」

「ちょっと、私が先なんだからね」


 冒険者組合の受付カウンターと、隣接する食堂は、今日も賑わっている。

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スコッパーさんは底辺冒険者から英雄を発掘したい yuzu @yuzu_noveler

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