打ち上がる
「エクスがやっと俺と並ぶと思ったのに……」
ガヴァルはまだイラついている。僕は道中ずっと彼を宥めていた。
たしかに自分の
僕にも☆6冒険者の発掘経験があれば、ガヴァルみたいに高難度の依頼も取りやすくなっただろうけど、仕方がない。
依頼がもっと取れればあいつらにも効率よく経験を積ませてやれるのに、とよく仲介している冒険者たちの顔が浮かぶ。
────やっぱり悔しい。
「この辺りか? ドラゴンが2体いたというのは」
「うん。この小さな森を抜けた先だよ」
昼下がりの切ない木漏れ日が行く手に差し込む。
森を抜ける手前で、僕は腕で合図し歩みを止める。姿勢を低くし、木と藪の陰に隠れて前方の様子を伺う。ガヴァルもそれに倣う。
森を抜けたとこに、先日と同じようにドラゴンたちが居座っている。
ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン……ん?
5体はいるぞ! 増えてる!?
「2体、って言ってたよな……?」
体格の良いガヴァルが引き攣った笑みを浮かべている。
「先週は、たしかに2体だけだった……」
「出した依頼は誰か受けたか?」
「いや、まだ……」
ドラゴンの様子を伺う。2体のドラゴンが睨み合い、威嚇しあっていて一触即発の雰囲気だ。縄張り争いか? 雌の取り合いか? 2匹とも街の城壁より遙かに大きい。この前は見なかった個体だ。
他のドラゴンたちも大分興奮している。
「もし奴らが興奮したまま群れで街に向かってきたらまずいな。城壁ごと街をぶっ壊しかねない」
「それに隠れて見えないだけで、他にもっと数がいるかもしれないね」
「緊急依頼を出した方がいいな。このまま依頼が受諾されるのを待つには危険すぎる」
「同感だよ」
緊張と冷や汗が背中を走る。
僕たちは戦闘が専門じゃない。一匹でもドラゴンとの戦闘は無理だ。つまり、街も危険だが、それ以上に近距離にいる僕たち自身も危ない。
「エクス、お前の足は速い。街まで走れ。腕の立つ冒険者を連れてこい」
「ガヴァルはどうする?」
「ドラゴンを見張るやつが必要だろう。俺の方が腕は立つ。残って、正確な数と詳細を調べておく。万が一街に向かったら狼煙か何かで知らせる」
なるほど。二手に分かれる、か。
「なら、僕が残る。戦闘が目的じゃないなら足が速い方が命拾いしやすい」
「俺より弱い奴を置いていけるかっ!」
「冷静になれよ」
「俺は冷静だ!」
揉めている暇は無い。一刻を争う。
僕はゆっくり息を吐き出した。
「ガヴァル、頼んだよ」
革鞄をその場に置いて、森からそっと出る。ドラゴンたちを刺激しないよう静かに。ドラゴンたちを回り込むように動く。
「バカが!」
ガヴァルの悪態に不適に微笑んで、親指を立てる。頬が引きつっていない自信は無かった。
「死ぬなよ——」
ガヴァルは街の方へ引き返した。
「このまま、ずっと
ドラゴンたちは確実に僕の存在に気づいてはいる。彼らは聡い。森に潜んでいた時から気づいていたはずだ。襲ってこないのは僕が取るに足らないからだろう。
大柄な2匹のドラゴンは頻繁に羽を広げたり歯を見せ合って威嚇し合っている。
回りで
群れの周りを一周したが他にはいない。子供も含めて全部で7体のようだ。
「子供がいると親は殺気立つ。なおさらやっかいだ……」
ドラゴンの群れと距離を取りながらさらに半周して森とは反対側に位置取る。これで万が一ドラゴンが僕に向かってきても、街とは反対方面に誘導される。
2匹の睨み合いと威嚇合戦はしばらく続いた。
もう少ししたら日が沈み始める。
その時、睨み合っていた片方のドラゴンが大咆哮をあげた。
僕は距離を取っているのに顔に突き刺すような痛みが走る。風圧でのけぞりそうになるのを何とか堪える。
ごろん。
きゅるるる──。
子供が1匹、僕の足下に転がってきた。童顔につぶらな瞳で両手で抱えられる大きさだ。
僕は中腰になり子供が転ばないよう背中に手を当てて支えてやる。子供がこれ以上群れから離れたら興奮した親が何をするか分からない。
ぐるるるるっ!!
まずい!
親らしきドラゴンから異様な殺気が僕に向けられる。子供に手を当てたことで攫おうとしたと勘違いされたのかもしれない。
さらに桁違いの咆哮をあげ、羽ばたいたと思ったら、一瞬で目の前に——
親の尻尾が払い上げられる
「──っ!」
砕かれる様な衝撃が身体を駆ける。
僕は空へと叩きつけられた。
ふわりとした浮遊感で意識を取り戻す。数秒意識を失っていたのか。
「僕が打ち上げられてどうする!!」
下を見るとドラゴンは掌の大きさになっていた。少し遠くに街の城塞が見える。かなり上空に打ち上げられた。
次の瞬間、僕は頭から落下し始めた。
このまま地面に叩きつけられたら無事で済むわけが無い──。
考えろ。
僕は魔法は使えない。
衝撃を和らげる方法は、何か──。
落下で内臓が宙に浮く感覚がする。
死──!?
英雄を。せめて二つ名持ちの☆6冒険者を、死ぬ前に発掘しておきたかった。
受付のお姉さん。ガヴァル、スコッパー仲間。依頼人たち。ひとりひとりの顔が、浮かんでは消える。僕を頼ってくれる冒険者のみんな。そしていつも笑顔で手を振ってくれるアレルたち──。
地上が目前にせまる。
身体をひねって空を仰ぐ。無駄と分かっているけど受け身の姿勢を取る。
まだ──、死にたくない!
背中に衝撃を受けた瞬間、再び僕の意識は落ちていった。
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