穂先狩り

 僕は街の城壁から少し離れた野外に来ていた。


 護身用に剣は装備してきたけど、戦闘は専門外なので弱いマモノとしか戦えない。


「ドラゴンか……。やっかいだね」


 街外れにマモノが居座っていると旅人から報告を受けた冒険者組合が、冒険者へ依頼を出すための下見を僕に頼んだ。組合は詳細を正確に把握しないと適任の冒険者へ依頼ができない。


 街の城壁と同じくらい背丈が高いドラゴンが2匹いた。濃緑の巨体に、大きな翼もある。

 大人しく佇んでいるが、街の安全を考えれば出来れば討伐、最低でも追い払う依頼が必要そうだ。


 僕は組合への報告書を頭の中で書く。

 

「難度は……、☆5が妥当かな」


 ドラゴンの死角に回り、腰を降ろす。この種は至近距離に近寄ったり刺激しなければ襲ってこない。

 革鞄から蝋板ろうばん尖筆せんぴつを取り出す。蝋板ろうばんは一度書いたものを消してまた書けるのが良い。紙やインクは庶民には高級品だし、このドラゴンが大人しい種とはいえ悠長にペンやインク壺を広げるのは危険だ。


「簡単なスケッチもつけておこう」


 尖筆せんぴつろうに引っかけて削り書く。ドラゴンの色、大きさ、形、僕を認識しながらも襲ってこないその性格も、詳しく記していく。

 戦闘能力も調べたいけど、僕がドラゴンと面と向かって戦ったら死んでしまう。諦めよう。



 ◇



「ガヴァルじゃないか。久しぶり」


 ドラゴンの調査を終えた翌週、掲示板に張り出された今週の組合通信を読んでいる同期を見つけた。


「僕から掠め取っていった依頼は順調?」

「俺は成立してなかった依頼を取っただけだろ。人聞きの悪いこと言うなよ」


 同期のガヴァル相手なら気安い減らず口が出てしまう。


「あの討伐依頼は3週間もかかっちまったが、さっき完了報告してきたところだ」


 ガヴァルの横に立ち、僕も組合通信を読み始める。紙が使われている。贅沢だ。


「あ? なんだよ……、これ」


 ガヴァルが目をみはったと思ったらすぐ細め、ひとつの記事を凝視する。


「なに? 大きなニュースでもあった?」


 僕も彼の視線の先を追う。

 そこにあったのは、一組のパーティが☆6に昇格したという知らせだった。


「☆6への昇進か。かなり久々に見るね」

「のんきに言ってる場合か」

「どんな冒険者なんだろ? 誰が仲介人かな? どんな二つ名がつくかな?」

「……ここ見ろよ」


 ワクワクしている僕とは裏腹に、厳しい表情のガヴァルが記事の一点を指さした。 

 そこには昇進した冒険者たちの名が記されていた。


「こいつら、この前のやつらだろ」


 アレルたちだった。


 ”評価を焦る冒険者たちが多い中、コツコツと地道な努力を積み重ねられる”、”長年の下積みに裏付けられた高い信頼性”と評価されている。


 昇格を申請したスコッパー名はフラウリー。知らないやつだ。

 その人が☆6の依頼をアレルたちに仲介して、依頼達成の報告がてら昇格を申請した、と書かれていた。


 ガヴァルは眉をひそめ、手は小刻みに震えている。


「……エクスを舐めやがって」


 ガヴァルが低く唸る。憎々しげに掲示板を一瞥して、顔を背ける。


 その時、運悪くアレルたちの姿を見つけてしまった。4人とも食堂をはさんだ反対側の受付カウンターを向き、僕たちには背を見せている。


「あの恩知らずたちめ! お前らを長年仲介して下積みさせてやったスコッパーは誰だと思っていやがる!」

「落ち着けよガヴァル。冒険者は誰から仲介されても問題はない。あいつらは何も悪いことはしていないよ」


 今にもアレルたちに突進する勢いのガヴァルの肩を両手で押しとどめる。

 周囲は交渉中の冒険者やスコッパーで賑わっていて、ガヴァルの怒鳴り声は喧噪に紛れる。


「黙れエクス! 俺はあいらに一言言ってやらなきゃ気がすまない!」

「よしてくれ。あいつらやっと打ち上がったんだ。僕はこのチャンスを潰したくはない」

「お前は悔しくないのか!? 実る直前の穂先を刈り取られたんだぞ!?」


 僕は冷静にガヴァルを宥めようと務める。


「昇格はあいつらの長年の泥臭い努力の賜物たまものだ。僕はちょっと仕事を仲介しただけで、何もしていない。彼らの実力だよ」


「……むしゃくしゃする。おい、さっき郊外のドラゴンの追加調査に行くと言ってたな。俺も行くぞ。調査報酬はやまわけだ!」

「ちょっと、勝手に決めるなよ。待てって……」


 僕は勢いよく組合の扉を開けて外に出ていくガヴァルを追った。


 去り際に受付カウンターを振り返る。アレルたちはこちらに気づいていない。良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る