第21話 ここに取り出したるは

「おう、嬢ちゃん」

「あれ? 豊次さん」


 ようやく着替えて庭に降りると、お役人様たちに混じって岡っ引き姿の豊次さんがいた。お役人様、と聞いていたから豊次さんがいるイメージがなかった。考えてみれば岡っ引きなのだからいてもおかしくない。

 豊次さんは私の姿を見て、さっと駆け寄ってきた。


「なんでぃ。豊次の知り合いかぃ?」


 豊次さんと一緒に庭を見て回っていた同心らしき人が、豊次さんに尋ねている。


「へぃ。ちょいと」

「そうかぃ。それなら、その嬢ちゃんに昨日のことを聞いといてくれ」

「わかりやした」


 同心の人は前におとっつぁんを無理矢理連れて行った人とは違う人みたいで、そのことに少しほっとする。あまりのことに顔ははっきりとは覚えていない。だけど、あの人ではなかったと思う。なんとなく優しそうな人だ。

 話しているのを聞いていると、豊次さんの直属の上司っぽい。岡っ引きは基本、上司の同心が決まっていてその人についている。時代劇だと大体そうなっている。あの有名な銭形平次だってそうだ。


「おお、美津。起きても大丈夫なのかい?」


 私がいることに気付いて、庭で現場検証に立ち会っていたらしいおとっつぁんも小走りでやってくる。

 そして、


「美津!」

「あれ? 清太郎?」


 なぜか清太郎までうちの庭にいた。


「おめぇの家に白浪小僧が入ったって聞いたんで、心配で飛んできたんだよ」

「そうそう、さっき息を切らせてやってきたからね。私が入れたんだよ」


 どうやらおとっつぁんに入れてもらったらしい。


「こんな朝からわざわざ?」

「馬鹿野郎、心配にならないわけないだろ!」

「……清太郎」


 言い方はぶっきらぼうだけど、私のことを心配してくれていたらしい。


「ありがとう、心配してくれて」

「べ、別に礼を言われることじゃねぇけどよ」


 へっと清太郎が笑う。


「私もお嬢様を心配しています」


 ずっと後ろにいた弥吉もぼそりと呟く。


「弥吉もありがとうね」

「はい、お嬢様!」


 声を掛けると、嬉しそうに弥吉が笑った。


「おい、弥吉」

「はい?」


 急に清太郎にも名前を呼ばれて弥吉が答える。


「俺がいないときには美津のことは頼んだからな。俺はずっと一緒にいるわけにはいかないからな」

「は、はい!」


 弥吉がぴしっと背筋を正す。そして、ちょっぴり不思議そうな顔で清太郎を見ている。


「なんだよ、おめぇだって美津のことが心配なんだろうが」

「もちろんです!」


 二人が顔を見合わせてニッと笑う。

 二人とも本気で私のことを心配してくれているようでありがたい。私が前に危険な目に遭ったのを見ているからよけいに心配してくれているのかもしれない。

 と、そこで、


「水を差すようで悪いけどよ、そろそろ嬢ちゃんに話を聞きたいんだがいいかぃ?」


 豊次さんが言った。


「そうだよ。美津の話もちゃんと聞いてもらわないとね」


 おとっつぁんが頷く。


「立ち話もなんですから、縁側にでもどうぞ」


 おとっつぁんに促されて、私と豊次さんは縁側に座る。

 そのとき、おとっつぁんが他の人に聞こえないような声で、私にそっと耳打ちしてきた。


「嫌だったら全部話すことはないんだからね」


 私はこくりと頷く。

 こういう場合はどうすればいいんだろう。とりあえず、聞かれたことには素直に答える感じだろうか。時代劇でも色々パターンはある。

 私が悩んでいるうちに、おとっつぁんと清太郎と弥吉はぐるりと私たちを囲むように立っていた。


「じゃあ、よろしく頼むぜ」


 豊次さんがキラリと白い歯を見せて微笑む。


「はうっ」


 こんなときだというのに、男前で素敵だなと思ってしまう。くらくらしてしまうのは仕方ない。トヨさんのときも素敵だけど、岡っ引き姿の豊次さんは、なんというか時代劇の王道という感じでかっこいい。


「大丈夫かぃ、嬢ちゃん」

「は、はい」

「どうした? 気分でも悪いか?」

「お嬢様?」

「もし、話せないようなら休んでもいいんだよ」


 いつの間にかみんなが私の顔を心配そうにのぞき込んでいる。


「大丈夫大丈夫」


 私は安心させるように笑顔を作った。

 豊次さんの色気にあてられているところを誤解されて、無駄に心配させてしまったようだ。


「それなら、いいかぃ? 今の白浪小僧は早くとっ捕まえねぇといけねぇんだ。これ以上、殺しを続けさせるにはいけねぇからな」


 豊次さんが真剣な顔をした。

 その顔に、私はハッとした。

 そうだった。


「以前の白浪小僧なら、こっちの面子の問題だけでなんとかなったんだけどよ。今は放っておくわけにはいけねぇんだよ。自分の家に白浪小僧が入ったなんて平静ではいられないかもしれねぇけどよ」

「……」


 私はキリリと気を引き締める。

 豊次さんの言うとおりだった。

 もう白浪小僧が出たとはしゃいでいる場合ではない。男前すぎる豊次さんを見てぽんやりしている場合でもない。

 白浪小僧による犠牲者が出ているのだ。

 だとしたら、私だけが白浪小僧を見た貴重な目撃者だということだ。


「で、嬢ちゃんは昨夜、白浪小僧が現れたときに何をしていたんだぃ?」

「ええと、廊下をぶらぶらしてて」

「廊下を? どうしてそんな夜中に」


 しまった。

 おとっつぁんに正直に全部言わなくてもいいと言われていたのに、素直に答えてしまった。豊次さんだから、無駄に気が抜けていた。髪を結ってもらっているときに、いつもリラックスしまくっている癖が出てしまった。

 おとっつぁんも、あちゃーという顔をしている。さっき全部話さなくてもいいと言われたばかりなのに、私というやつは。


「ちょっと眠れなくて」

「なるほど。で、嬢ちゃんはなにか見たのかい?」

「あー、うー」


 どうすればいいのやら。


「おとっつぁん。アレ、ある?」

「アレ? まさか、アレかい?」

「そう、アレ」


 おとっつぁん以外のみんなは首をひねっている。

 他の人が聞いてもなにがなんだかわからない会話だ。だけど、どうやらおとっつぁんには通じたらしい。


「出してもいいのかい?」

「……うん」


 こくり、と私は頷く。

 やっぱり、豊次さんに嘘はつけない。この話の流れからしても、話さない方が不自然だ。


「アレってなんだぃ?」


 豊次さんが再び首を傾げる。


「美津、これだろう?」


 おとっつぁんが懐から黒い布を取り出す。

 アレだ。

 そして、私におとっつぁんがアレを渡す。


「なんでぃ、それは」


 アレを見ても、豊次さんは首を傾げたままだ。


「これは、アレです。その……、白浪小僧の頭巾、です」

「はぁ?」


 私が言うと、もっとびっくりしたような顔になった。なんというか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔というやつだ。


「こんなもん、どうやって……」

「えーと、転んだ拍子にむしり取っちゃったみたいで」


 あは、と私は笑ってみせる。

 結構重要な証拠品だと思うので真剣に言おうとしたのだが、さすがに笑って誤魔化すしかなかった。


「むしり取ったって、おめぇ……」


 もはや豊次さんは呆れた表情だ。


「なんだよそれ、俺も聞いてねぇぞ」


 そう言ったのは清太郎だ。


「てことは、まさか……」


 豊次さんがハッと何かに気付いたような顔になった。


「ここに白浪小僧の頭巾があるってこたぁ……。そのとき、白浪小僧は頭巾をつけていなかったってわけで……。まさか、嬢ちゃん。白浪小僧の顔を見たってのかい?」


 こくり、と私は頷く。

 そのまさかだ。


「な、なにぃ!?」


 最初に声を上げたのは清太郎だ。さすがにそれは知らなかったらしい。そこまでは噂になっていないようだ。

 昨日の夜、すでに知っているおとっつぁんと弥吉は驚いていない。

 が、豊次さんも目を丸くしている。

 そして、吐き出すように、ため息をつくように、言った。


「よく無事だったなぁ……」

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