第20話 一夜が明けて
気付いたら、朝だった。
「おはようございます。美津様」
「ん、むにゃ」
「昨夜はやはりお疲れだったでしょう。大変でしたね。布団に入った途端にお休みになられましたし」
と、まだ布団の上で起き上がったばかりの私をねぎらってくれているのは雪ちゃんだ。
って、私。パジャマパーティーとか思いながら、一瞬で寝てしまったらしい。
「あれ? 雪ちゃん、隣に寝てたよね。もう着替えてる。あ、布団もたたんである!」
「はい。美津様があまりにぐっすりお休みなので、先に起きて食事の支度をしてきました」
言いながら、雪ちゃんは小さくあくびをしている。
「もしかして、私が心配で隣で眠れなかったとか?」
「実は……」
眠そうに雪ちゃんが笑う。
「ごめんね、私のせいで。おとっつぁんに昼間に休んでいいか聞いてみるから」
「そんなっ」
「だって、私はぐっすり寝ちゃってたのに。ありがとう、雪ちゃん」
「いえ、それを言ったら……」
雪ちゃんがなぜか襖の向こうへと視線を向ける。
なんだろうと思っていたら、
「お嬢様、大丈夫ですか?」
今度は弥吉が顔を出した。
「弥吉。おはよう」
「おはようございます。お嬢様」
「入っておいでよ」
「ええと、お嬢様のお部屋に入るなんて、その……」
「美津様がいいと言っているんだから、入りなさいよ」
顔を出しておいて遠慮している弥吉に雪ちゃんが優しく笑いかける。
「は、はい」
弥吉が部屋に入ってくる。
「弥吉は私がいない間、お嬢様の部屋の前を見張っていてくれたんですよ。自分からやりたいと言い出して」
「そうだったんだ。弥吉もありがとう」
どうやらみんな私のことを心配してくれていたらしい。それなのに私ときたら、全く気付かずぐっすりと眠ってしまっていた。
「いえ、お嬢様が心配だっただけで」
「弥吉はいい子だね」
私はにっこりと笑う。
いい子と言われたことに照れているのか、弥吉が赤くなる。
「ん?」
段々目が覚めてきて気付いた。庭の方から騒がしい声が聞こえてくる。
「誰か、来てるの? 雪ちゃん」
「当たり前ですよ!」
「ひゃっ!」
軽く聞いたつもりが、思ったより激しく答えが返ってきて私は肩をすくめた。
「昨夜、白浪小僧がうちに入ったんですよ。お役人様が来るに決まってるじゃないですか」
「あ」
そういえば、おとっつぁんも朝になったら知らせようとか言っていた。
「朝から、もう大変ですよ」
「そうだったんだ」
それにも気付かず爆睡していたらしい。
「お役人様が、後で美津様からも話を聞きたいとおっしゃっていましたよ」
「私?」
「そうです。ですが、その……」
なぜか、雪ちゃんが口ごもる。
「どうしたの?」
「いえ……」
「?」
「美津様は、その、白浪小僧の顔を見たんですよね……?」
「うん」
私は頷く。
「旦那様はそれをお役人様たちに伝えるかどうか悩んでおられました。私たちにも黙っているようにと」
「どういうこと?」
「それが噂になってお嬢様になにかあると危ないとおっしゃって」
「あー」
それも一理ある。
「でも、見に行っても大丈夫かな。やっぱり気になって」
「そうおっしゃると思っていました」
「さすが、雪ちゃん」
「旦那様も止めても無駄だろうとおっしゃっていました」
「うん。さすがおとっつぁん。じゃあ、さっそく」
「待ってください。美津様。寝間着のままです! それに朝餉も食べておりませんよ」
「あ」
言われて、お腹が鳴った。
「そういえば、寺子屋もあるよね。もう行く時間じゃない? 早くしないと。弥吉も……」
「今日はダメです! お嬢様!」
「わっ」
急に大きい声を出されて驚く。
叫んだのは今まで静かにしていた弥吉だ。
「白浪小僧に襲われでもしたらどうするんですかっ!」
弥吉もおとっつぁんと同じ心配をしてくれているらしい。
「でも、弥吉は行くんだよね?」
「……」
「弥吉?」
「行きません!」
「えー。でも、弥吉。私よりいつも勉強がんばってるし、行かなくて大丈夫なの?」
こくり、と弥吉が頷く。
「そうですね。大黒屋の奉公人だということがわかれば弥吉も危ないかもしれません。弥吉はまだ小さいですし」
心配するように雪ちゃんが弥吉を見る。
「……」
なぜだか弥吉はむすりとしているように見える。やっぱり、寺子屋にいけないことが不満のようだ。
「やっぱり、弥吉は行きたいよね」
「いえ、私は今日はずっとお嬢様の側にいます」
「弥吉、それは旦那様に聞いてからじゃないと。別の仕事もあるでしょう?」
「……でも、お嬢様が心配で」
「ありがと、弥吉」
「え、あ、そのっ」
気恥ずかしいのか弥吉がもじもじしていると、
「さ、弥吉。そろそろ部屋の外に出ていなさい。お嬢様の支度がありますから」
「でも、ずっとついていないと心配で……」
「ダメですよ」
「そうそう、そろそろ着替えないとねー」
「あっ」
私が言うと、弥吉の顔が突然赤くなった。
「すっ、すみませんっ!」
弥吉は逃げるように私の部屋を出て行く。
「おお、素早い」
「素早い、じゃないですよ。美津様も動いてくださいね。朝餉の用意もしますので」
「うん! 腹が減っては戦はできぬ、だからね」
「もう、廊下に持ってきてありますから。すぐにどうぞ」
「わーい」
「すぐに準備しますね」
そう言って、雪ちゃんはいそいそと朝ご飯の準備を始めた。
私もようやく布団から出て伸びをする。
身体に血が巡ってくると、昨日のことが本当にあったことなのだと現実味が沸いてきた。外ではお役人様たちが現場検証をしているらしいし、夢なわけがない。
とりあえずは雪ちゃんのご飯だ。
「まずは顔洗ってくるね」
「あ、はい。その格好ですからあまり人のいないところを通ってくださいね」
「はーい」
「あ、お嬢様」
部屋の外に出るとまだ弥吉がいた。本当に心配してくれているらしい。
「どこへ行かれるんですか?」
「顔洗いに行くんだけど」
「私もついていきます」
「いいけど、厠にも行くよ」
「そ、外で待ってます。ええと、離れてますからっ」
「それならいいけど」
そんなわけで、自分の家の中なのに私は弥吉に護衛されながら進んだ。
弥吉が先導してくれたおかげで、お役人様たちには見つかることなく往復することは出来た。ありがたい。
さすがに寝間着のままで外の人に鉢合わせとかになったら、大店のお嬢様がどうたらこうたらとか言われてしまう。
それに、昨日のことがあってなんとなく自分の家の中でもどこかから人が出てきたりするとびっくりしそうだった。
だから、弥吉がついていてくれたのはちょっぴり心強かった。
「ありがとうね、弥吉」
「こ、これくらい。その、はい。おいらに任せてください」
「うん」
弥吉はまだ時々おいらになってしまうのが可愛かったりする。
部屋に戻ったときにはもう布団は片付けられ、朝ご飯の支度が出来ていた。
「顔色は、悪くないようですね。安心しました」
待っていてくれた雪ちゃんがにっこりと微笑む。やっぱり、雪ちゃんも私のことを心配してくれていたみたいだ。本当にこの店の奉公人はいい人ばかり揃っている。それなのに、白浪小僧が入るなんてやっぱりおかしい。
「いただきまーす」
私は箸を手に取る。
それにしても、人心地ついてみると庭でやっている現場検証も段々気になってきた。自分の家でそんなことが行われているなんて相当レアなのではないだろうか。それも、時代劇の中のやつだ。
そういえば、前もこの大黒屋に役人が来たことがあった。あれはおとっつぁんが誤認逮捕で連れて行かれたときだ。
あんなのさすがに好奇心丸出しで見ているどころじゃなかった。今回はもう白浪小僧もいなくなっていて危険なことは無いはずだ。せっかくだからちょっと見学もさせてもらおう。
「どうしたんです? 美津様。お口に合わなかったでしょうか」
「ううん、今日も美味しいよ」
「よかったです。なにやら難しい顔をされていたので」
「ちょっと考え事してた」
雪ちゃんのご飯を食べながら難しい顔をしてしまっていたらしい。多分、おとっつぁんが連れていかれたことを思い出していたあたりの顔を見て言ったに違いない。
「美津様も不安ですよね」
「あー、うん」
あはは、と笑って誤魔化す。
狙われているとか現実感が無くて、結局好奇心の方が勝っていたとか言えない。
危険な目に遭っても、ここは時代劇の世界だ。正義が勝つ。とか、心のどこかで思ってしまう。
けど、私が死に役のゲストキャラの位置にいたら危ないのだが。
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