伝説の復活
しかし結局、村は魔女を追い出しても産業革命の波に乗ることはできず、だんだんと人が街へと流出して過疎になり、100年後には村全体が水力発電ダム工事のため湖の下に沈むことになった。
ダムは完成し、村は湖に沈んだ。ところが、それから20年たったある日、湖の水を抜いてダム湖の底に溜まった砂や泥を取り除いていた作業員が、その中から人骨を見つけたのだ。
人骨が埋まっていた深さを考えるに白骨化にら相当な時間が経っており、おそらくかつてダム湖の村に住んでいたものの死体が大昔山に埋められていたのだろうが、雨などで湖へと流れ出したのだろうと思われた。
だが、その説はすぐに覆された。それからすぐ後に定期的な地質調査のためダム湖からさらに源流の方へと向かった調査員が、なんとまた白骨を見つけたというのだ。
奇妙なのはここからだ。その白骨をよく調べたところ、骨密度から骨の割れ目、頭蓋の大きさから歯並びに至るまでダム湖の下から見つかった白骨と特徴が全く瓜二つであった。クローン技術の産物であることも考えたが、死亡推定年代から逆算してそれは絶対にありえなかった。だが、ここにきて調査員に道案内をするために同行していた元村人が、ガタガタとふるえながらその骨を指さして言った。
「あの魔女の伴侶だ……間違いない……魔女はまだ生きているんだ……」
そこでようやく、村人はかつてこの村に住んでいたとされる魔女の伝説についてダムの職員と調査員に語った。当然、最初は全員ともただの伝説だとまともに相手していなかった。だが、それから一か月して状況は一変する。さらに詳しく調査した結果、ダム湖の周辺で人骨がいくつも見つかったのだ。そしてそのどれも、主な特徴がまるでそのままそっくり写し取ったかの如く酷似していた。いや、まったく同一のものであるといっても過言ではない。そして、それらの人骨の死亡推定年代は、一番古いものから一番新しいものまで並べてみたところ、ぴったり30年ごとにの間隔で分けられていたのだった。これが先ほどの元村人が話した魔女の伝説に出てくる、魔女からもはや呪いともとれる愛情を一身に受けた伴侶の成れの果てだとするならばつじつまが合う。そしてさらに恐ろしい事実として、一番新しい死体の死亡年月は、つい数か月前だということが分かった。つまり、魔女がこの村に戻ってきたということになる。住んでいた庵が村もろともダム湖の下に沈んでしまったため、帰ろうにも帰れず、どこか湖のほとりに隠れているのだろうか……?
なにか、我々の想像を超えた事象がこのダム湖に発生している。そう判断したダムの管理局はこの混乱を収めるために、、発見された人骨たちの存在を元村人たちと相談して隠ぺいすることにした。ただ、見つかった以上は丁重に埋葬しなければならないので、ダム湖のほとりの公園にその骨を埋め、簡単に魔女とその伴侶を祭る祠を立ててこの問題の最終解決策としたのだった。
だが、これで終わりではなかった。深夜、ダム湖の周りを警備員の男が歩いていると、その祠にぽつんと立っている人影を見つけた。近づいてみるとそれは長い黒髪の女性のようだった。
「ちょっと、そこのあなた? こんなところで何してるんですか。この公園は夜間立ち入り禁止ですよ。」
――……あら、ごめんなさい。――
その女性は長い黒髪をふわりとなびかせて男のほうへ振り向いた。その顔を見て男は血の気が引いた。その顔は、骸骨そのものだったからだ。だが漆黒の闇が広がる二つの目はしっかりと男のほうを見つめていた。
「ひぃっ!! ば、化け物……!!」
――……まあ、そうよね。こんな姿じゃ、そう思うのも無理はないわ。――
骸骨の女はからからと骨を鳴らして男へと近づいた。おそらくのどに当たる部分もないはずなのだが、男の耳に、いや正確には頭の中に彼女の声が確かに聞こえる。彼はひどく狼狽して一目散に逃げだしたかったが、こんな時に限って、足は動かない。
「お、お助け……!! 誰か!!」
――別にあなたを脅かすつもりはなかったわ。むしろ私たちは、感謝しに来たのよ。――
骸骨の女は男とは対照的になれた様子でとても落ち着いていた。男はそれが逆に恐ろしく思えた。
「か、感謝って……?」
――私の夫たちを丁重に埋葬したうえで、しかも祠まで立てて祀ってくれたんだもの。感謝してもしきれないわ。――
「な、何の、ことだ……」
――あなたたちも知ってる通り、私は夫を生むために不死の禁術を自分にかけて永遠の命を得たわ。でもどうやら肉体はそうはいかなかったみたい。おかげでこの通りすっかりやせこけちゃったわ。夫ももう骨の状態で生まれてくるようになっちゃったのよ。そうだ、これが最近生まれた人生十五回目の夫よ。ほら、かわいいでしょう?――
そう言って女は、自分が大事そうに抱いている”夫”とやらを男に見せた。それを見て男はさらに度肝を抜かれた。そこにはおくるみに包まれながら、女の右あばら骨にむしゃぶりついている赤子の骸骨がいたのだ。男は目の前で起きている事象への理解が追いつかなかった。少なくともわかっていることは、こいつらはこの世のものではないことだ。
――夫は十回目から骨のまま生まれることになったわ。でも決まって三十年で死んでしまうの。禁術で骨の状態でもまぐわって精を受けて、はらむことができるようにはなったからよかったけど。でも生まれてから死ぬまでずっと骨の状態だと、死んでるか生きてるのかわからなくなってしまったわ。そこで私は禁術を改良して、夫の魂を複製して、今まで作った夫の死体をよみがえらせることにしたの。今風に言えば、魂のクローニングね。――
「ど、どういうことだ……?」
――説明してもわからないわよね。つまり、こういうことよ。――
そういうと女は、”夫”を祠の前で掲げるようにして持ち上げ、なにやらぶつぶつ呪術を唱えると、赤子のあばら骨の中にぼんやりと浮かんでいた青白い火のような球が、二つ、四つ、八つと増えていき、一定の数に分裂した後、勢いよく地面へと潜りこんだ。
――さあ、起きて。私の愛する人たち。目覚めるときよ。――
すると、祠の下の地面が突然ぼこぼこと盛り上がり、いくつもの白い手が地面から延びて、白骨死体たちが土の下からぽこじゃかとはい出てくるではないか。これはそこら辺のスリラー映画のシーンでもなんでもない、現実に起こっているのだ。生きている人間からすれば想像を絶する光景についに男は口から泡を吹き卒倒した。
――あら、気絶しちゃった。まあいいわ。――
骸骨の女は、気絶した男の胸元に何やら文章が書かれた手紙を差し込むと、生ける亡者と化した“夫”たちに大きな声で呼びかけた。
――みんな、今まで土の下に置き去りにしてごめんね、でもこれからはみんな一緒。私と一緒に、湖の下の
“夫”達は、この世のものとは思えない唸り声をあげて喜んだ。そして骸骨の女を先頭に、湖へと入水して行った。彼らが湖に入るとき、湖畔には波一つ立たず、まるで吸い込まれるように彼らは底へ、底へと、しずしずと向かっていく。湖の底に沈んだ、自分たちだけの故郷へ。自分たちだけの楽園へ、自分たちだけの愛の巣へ。
やがて、最後の一人の頭蓋が湖の水面にぬるりと吸い込まれると、湖畔は、まるで何事もなかったかのように異様な静寂さを取り戻したのだった。
・・・
それからまた長い年月が経った。ダム湖はまだ存在しており、満水期になると自然豊かな山間にエメラルドグリーンの湖面を映し出す。
あの後すぐ狂気の骸骨の集団をただ一人目撃した警備員の証言をもとに皆が血眼になって湖の底をさらったが、人骨は一本も見つからなかった。しかし、祠付近に開いた穴はそのまま湖畔にボコボコと空いたままになっていた光景を見て、ダムの職員たちは震え上がった。
警備員の服に挟まれていた骸骨の女からの手紙は、そのまま祠に飾られている。
「私たちを祀ってくれて有難う。この世のものではなくなった私達がここにとどまっては皆様の御迷惑となりますので、私たちは私達だけの楽園へと向かいます。そしてもう一つ、私たちのことは、なるべくそっとしておいてくれると助かります。」
彼らは今までの一連の事件の関係者たちに箝口令を敷いてこの事件が外に漏れないようにした。その甲斐あってか、今ではもう、この伝説を知るものは一人もいない。ただ、その祠は長い年月を経ていつの間にかこう呼ばれるようになった。
「骨姫の祠」と……。
骨姫(こつひめ) ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます