2 無生物を飼う水槽

「ドラン、ちょっとこっち来てみろ。面白いものが見れるぞ」

「えっと、はい」

 メイに呼ばれ、メイが見つめている水槽のそばに近づいた。

 水槽の中には特に何もなく、ただ大量の白い粒が敷き詰められているだけだった。

 俺にはそれが、数年分はある砂糖、もしくは塩のどちらかに見えた。

「これ、一体なんですか?」

 ひとつまみ指でとって、感触で塩か砂糖のどちらなのかを確かめようとすると、手をひっぱたかれた。持っていた粒が水槽にこぼれる。

「こら! なんてことをするんだ! かわいそうだろ!」

「……かわいそう?」

 言葉の意味が分からず、俺は落ちた粒の辺りを見つめた。

 白一色なので、どの粒が先ほどの粒なのかまったく分からなかったが、大体この辺りという場所を見つめる。

 すると。

「……うわっ」

 よく見ると、白い粒が個々に動いているのが分かった。

 厳密には、俺がさっき落としたと思しき粒が、わずかに震えているのが分かった。

 まるで怯えるように、怖がるように。

 単なる白い粒が、まるで感情を持っているかのように、俺には見えた。

「まったく。こいつらはしばらくすれば自然に動き出すんだ。むやみに触って刺激するんじゃない」

 怒りながらメイが水槽を眺める。

 見習って隣で見ていると、やがて白い粒たちが少しずつ、主にさっきの震えていた粒の周辺のものがのそのそと、そう表現したくなるぐらいに生き物じみて、動き出した。

「これ、一体何なんですか?」

「名付けて、彼らはみんな生きている、だ。略してカレミン」

 名前を聞いた訳ではなかったが、そのネーミングだけでおおよその察しはついた。

「つまり、凄く小さい白い粒の、生き物ですね? しかも人工の」

「大体合ってるが、大きく間違っている。これらの粒一つ一つがそれぞれ自立している訳じゃないんだ。水槽の内側に薄い膜が貼ってあって、それがこのカレミンすべてを動かしている。本体は薄いんだ」

 メイが指を使って薄さを表現した。

 それは先ほど、俺がカレミンをつまんだ時の仕草によく似ていた。

「ということは、カレミン自体は単なる物体ですか?」

「違うと言いたいが、その通りだ。カレミンはまるで生き物のように振る舞う、単なる物体に過ぎない。しかしいじめれば怖がるし、愛せば懐くんだ。本当の生き物とまったく同じように扱え」

「……分かりました」

 カレミンが動く様を見つめながら、俺は弱めに了解した。

 人工物体カレミンを生き物として扱うことに特に不満は無かった。

 それが本当は無機物であれ、実際に生き物のように動くのなら、敬意や誠意を持って接するべきだと俺は考えている。そのほうが気持ちがいいからだ。

 俺は自走荷車を引いて走っているように見える、あの見せかけだけの馬にも実際そのように接している。

 これは本物の馬ではないと他の人に気づかれないためだけでなく、俺があの馬に対してそのように接したいとごく自然に思えるからだ。

 だからカレミンに対しても、今は正直ただの塩か砂糖が動いているようにしか感じないが、いずれは愛着が湧くかも知れない。

「メイ。ところでこれは、外には出たりしないんですよね?」

「外に? それは無いな。出ようとすることはあるだろうが、水槽のフチよりも外に出ようとすると、直前で本体の操り糸が切れて下に落ちる。だから出られない。万が一出たとしても、すぐに動かなくなる。水槽から出たカレミンは死んでしまう」

「そうですか」

 俺はカレミンの持つ可能性が怖かった。

 メイの発明するアイテムはいつも大きな可能性と危険性を持つが、あくまでも使用者の自己責任の範囲で収まるものが多い。

 例えばあの馬なんかは完全にただの馬を模しているので、仮に逃げてしまったとしても本物の馬が逃げたのと大差がない。

 しかしメイの思惑を大きく超える可能性を、例えば自立した思考を行えるものとなると話が違ってくる。

 この前のタイプライターなんかはモロにこれに当て嵌まる。

 下手をすると、町を一つ消していたかも知れない。

 メイの発明品の中で注意したいのが、このような意志を持って動くタイプだった。

 俺はカレミンを注意深く監視することに決めた。



「ドラン! いい加減にしろ! いつまで見ているつもりだ!」

「……すみません」

 俺はカレミンの水槽の前から離れた。

 それもかなり後ろ髪を引かれて。

「まったく。小一時間も観察しおって。カレミンを気に入ったのは私としても本望だが、やり過ぎだ。今はまだ大丈夫だが、このままだと家事に支障が出る。それは私が困る」

「はい……」

 返す言葉もない。

 俺がこの屋敷にいる主な理由は家事をするためだ。

 そう自認している存在が、それをおろそかにするのは非常に良くない。

 俺が家事を、掃除・洗濯・炊事をしていない時間はあくまでも俺の時間として使っていいが、それは裏を返すと家事の時間は絶対に削ってはならないということだ。

 俺は自制を心がけようと誓った。



 カレミン観察記録。

 この記録は、俺ことドランが、カレミンの生態(この言葉を使っていいか、疑問はある)を詳細に記すために行うものである。

 この観察記録をつけることにより、短時間であってもカレミンを深く観察することで、彼らに対する俺の関心や執着心を手っ取り早く満たすことを目的とする。

 断じてカレミンをより長く見ることになどならないよう、自戒を込めてこの序文を書く。



 カレミンは最初のうちは粒一つ一つが動いていたが、現在は数粒が集まって一個体となり、より表情が深く、つまりなボディランゲージが豊かになり、見る者(俺しかいないが)を楽しませるようになっていた。

 彼らは言葉を発さず、あくまでも身振り手振りで会話する。

 行動がそのまま言語となり、それは俺から見ても非常に分かりやすいものだった。

 例えば、あるカレミンが別のカレミンに近づく。そして手を上げて、挨拶らしきものをする。すると相手のカレミンも同じ挨拶を返す。

 こうして挨拶が済んだカレミン同士は少し仲良くなり、相性が良ければやがて行動をともにし始める。

 それは一見、散歩をするだけのただの散歩友達程度の仲に見えるが、これはカレミン同士では深く会話をしていることになるらしく、この組み合わせとなったカレミンは他のカレミンとほとんど会話をしなくなる。

 つまりカレミン同士は、互いに相手を他の個体と区別して認識している。

 この対となったカレミンをペアと呼ぶ(ことにする)が、ペアは他のペア達と少しずつ歩き方が変化してくる。

 ここからは推測を含むが、まず二匹のカレミン同士の互いの歩き方が融合・統合されて一つの歩き方となり、ペアはその歩き方を共有しつつ、変化・成長させていく。

 歩く速さが早いか遅いか、足(のように見える部分)を高く上げるか小さく上げるか、そういった歩き方に含まれる要素を、カレミンは大事にしているようだった。

 ペアの歩き方、これをウォークと呼ぶが、ウォークは初期の頃だと他のペア達と区別がつきにくいが、時が経つにつれてかなり特徴的なものとなる。

 一つの例を挙げると、二人三脚をするペアがいる。

 ペアは通常、少しの距離を置いて歩いているが、そのペアは二匹で一個体であるかのようにくっついて歩き、離れて見ると三脚のカレミンのように見えた。

 他には、前のカレミンが進み、後ろのカレミンが追いつき、また前のカレミンが進むというイモムシのようなウォークや、他のペアより明らかに早く歩く、ランニングのようなウォークなどが見られた。あ、



 メイに怒られ、しばらく期間が空いた。

 カレミンはどうやらペアが物理的に融合し、少し大きくなったようだ。

 知らないうちに個体数が半減しており、逆に個体ごとの大きさが倍化している。

 過程を見逃したのが非常に悔やまれるが、自業自得であるので諦めよう……。

 今までの小さいカレミンは個体ごとの見た目の区別がなく、ウォーク以外での判別が不可能だったが、現在のカレミンは見た目にも変化が出てきた。

 分かりやすいのは身長で、一番大きいカレミンと小さいカレミンでは小指の爪ぐらいの差があった。

 他にも胴体が細い太い、手足が長い短い、そういった特徴が見られた。

 カレミンの行動方針も変わったようで、ペアのような特定の組み合わせが見られず、すべての個体は適度に他の個体達と会話をしていた。

 ちなみにペアの消滅にともない、ウォークも消滅した。

 ここで一つ思いついた仮説が、実はカレミン達も見た目の区別がついておらず、動きで個体の識別を図ろうとして、結果としてペアやウォークを生み出したのではないか? ということだった。

 今のカレミンがペアやウォークをしないのは、見た目でもう区別がつくからであり、つまり不要となった習性は失われる、ということでもある。

 非常に興味深い。



 メイに怒られないよう、自主的にこの観察記録の頻度を下げることに決めた。

 これにより、次回までの間にカレミンが大きく進化し、見た時の驚きを強くすることも狙いの一つである。

 というか、このままでは俺は自分が理由でカレミンを売り飛ばす羽目になる。

 カレミンを見過ぎてカレミンが見られなくなったら本末転倒である。

 ……先ほど自主的にと書いたが、メイの俺に対する態度や言葉の端々から漏れる圧力が原因であったことを、自身への誠実さのために追記する。



 このカレミンの進化を見た時、俺はかなり驚いたと思う。

 今までのカレミンの進化は、基本的に生物としての進化だった。体が大きくなる、体の形が変わるなどといった、生命としての進化だった。

 しかし今回の進化は生き物としてではなく、無機物としての進化だった。

 つまり、道具が生まれていた。

 それは単なる棒きれに過ぎなかったが、明確な道具のカレミンだった。生き物のカレミンはその棒を持って、普通に歩いていた。

 よく見るとすべてのカレミンが手に棒を持ち、それぞれ違った使い方をしていた。

 棒を地面(と言ってもそれも白い粒であり、カレミンを形作るものと同じものだったが)で引っ掻いて意味もなく線を書いたり、ただ振ってみたり、時には投げて拾ったりと、多種多様な行動が見られた。

 この棒はどのように生まれたのだろうか。

 カレミンは地面から勝手に湧き出すというか、表面の粒が自然に動き出して生まれるという、少々特殊な発生の仕方をする。

 そして動き出したカレミンはやがて別のカレミンと融合する(と思われる)。

 それを繰り返して少しずつ大きくなっていくのが普通のカレミンだ。この過程ではおそらく物体としてのカレミンは発生しない。

 一体どのようにして棒のカレミンが生まれたのか、想像がつかなかった。

 とりあえずここで書く手を止める。メイが睨んでいるからだ。



 カレミンが家を作っていた。

 それを果たして家と言っていいものかは分からないが、とにかく棒を集めて壁や天井にして、何やら建物を作っていた。

 カレミンはその中に住み、時折出ては別の家に入ったり、元の家に戻ったりしていた。

 家の中に入らないカレミンもいたし、逆に家から出てこないカレミンもいた。

 彼らは何を思って家を作ったのだろうか。かなり無意味に思えるが……。



 カレミンの家が徐々に大きくなり、同時に地面としてのカレミンが少なくなってきた。

 このままだと新しいカレミンが生まれる材料がなくなってしまうため、メイに追加を頼んでみた。

「メイ。このカレミンの粒って、追加出来ませんか? そろそろ無くなりそうなんですが」

「ん? もうそんな段階か? 思ったより早いな。だが粒の追加はしない。これはいじわるで言ってるんじゃないぞ? 足りないということも、カレミンが進化するための要因の一つだ。そもそもカレミンは無くなった訳じゃない。体にせよ道具にせよ、とにかく何かしらに使っているだけでそこに存在はしている。おそらく再利用の概念が発生するはずだ。それよりもご飯! そろそろ作り始める時間じゃないか?」

「……すぐ用意します」

 俺は凍結箱の中をあらためた。



 メイが言った通り、カレミンは家を大きくしたことで地面が足りなくなったことに気づき、家の分解を始めた。

 分解というか、棒を振って家にぶつけ、殴り続けて粒に戻すという結構乱暴な方法をとった。カレミンは意外に野蛮なのだろうか。

 とにかくカレミンは一部の家の撤去と、それにともなう瓦礫の発生により地面を復活させ、新たなカレミンの材料を用意することに成功した。

 それと同時に新たな進化、変化があった。

 カレミンは少しずつ大きくなるという傾向にあったが、それが止まったのだ。

 おそらく、家を大きくすることに問題があるように、自分たちを大きくすることにも問題があると気づいたのだ。

 カレミンは融合することで大きくなるが、(この仮説は新たな個体カレミンの発生と、ペアが融合する過程を目撃したことにより裏付けられた)この融合が起きなくなった。

 また、融合が止まったことにより個体数が増えることが予想されたが、新たな個体カレミンも発生しなくなり、個体数は横ばいで維持された。

 その数、およそ二十匹。

 今数えたら、正確には十八匹。

 この十八匹のカレミンが、今後のカレミン観察の主な目的となるだろう。



 カレミンは発生と融合を繰り返す関係か、個体に性格と呼べるものがあまりなかった。

 二匹が一匹になる過程でどうしても個性が平均化されるらしく、見分けるのには十分な個体差はあったが、強い個性と呼べるものは確認されなかった。

 しかし現在、融合が止まったことにより個性の成熟が進んだ結果か、明らかに性格と呼べるものが生まれていた。

 とりあえず目立つカレミンだけ列挙してみる(ついでに名付けた)。

 いつも一人ぼっちでいるロン。

 そしてロンをこっそりと付け回すストール。

 常に数匹のカレミンと一緒にいて、その中心となっているポップ。

 ポップの隣にいる確率が一番高いパル。

 以下、セス、シル、フォウ。

 いつも一緒にいるペアのチーとニー。

 他のカレミンにもそれぞれ個性はあるが、とりあえずこの九匹を重点的に見たい。

 下手に全体を見ようとして、カレミン達の深いドラマを見逃してしまっては本末転倒だからだ。

 これだけの個性があれば、必ずや何かしらのドラマが生まれる。

 俺はそれに期待していた。



 九匹の名付けカレミンを観察した結果、俺が一番興味を引かれたのはパルだった。

 ポップの相方、グループの二番手という印象を持つパルだったが、その行動には強い関心をそそる一つの特徴があった。

 ポップと一緒にいる時のパルは常にポップに合わせ、二人はまるで兄弟か何かに見えるが、パルがたまに一人でいる時や、他のカレミンと一緒にいる時は何というか、雰囲気が違った。

 他のカレミンが常に一様の雰囲気・表情を見せる中で、パルだけはこのような二面性を獲得していた。

 それはボディランゲージでしか会話しないカレミンからすると、ちょっとした雰囲気の違いではあったが、俺にはかなり異質に感じられた。

 カレミンの目線で考えると、嘘つきという表現が一番近いだろうか?

 なぜかポップといる時だけは嘘つきとなるパルという存在に、俺は強い興味を抱いた。

 パルは一体何を思い、考えているのだろうか。



 ここで少し新たな発見があったことを記しておく。

 カレミンが道具を、今のところは棒しか無いが、棒を作り出す手順というか、方法がやっと判明したのだ。

 有り体に言えばウンチだった。

 カレミンは食事をする必要がないはずだが、時たま地面の粒を顔? に持っていって、体に取り込む。これは最初、融合に似た自分の体を大きくする手段の一つと思われたが、どうやら違うようだった。

 粒を摂取したカレミンは、よく観察しないと分からない程度に胴体が膨れていく。

 そして体内に蓄積した粒が一定量に達すると、地面にしゃがんで一気に排出する。

 粒を取り込む瞬間はかなり短いのであまり目撃出来ず、棒の取り出しも短時間で行われる上に頻度も少ないので、物体生成のシステムが分かったのは非常に幸運だった。

 あまり長く書くことでもないため、この件についてはこのぐらいにしておく。

 しかし、ウンチか……。



 あまり、上手く書けそうにない。

 しかし、今の感情のまま、書くべきだと俺は思う。

 まず何が起こったのかを書こう。

 パルがポップを殴り殺した。

 ……自分で書いておいて、その言葉にショックを受けている。

 そう、殴り殺した。

 それは、珍しくパルとポップが他のカレミンと一緒ではなく、二人きりの時に起こった。

 その瞬間を目撃出来たのは、やはり幸運だったと書くべきだろう。

 それが起きたこと自体は不幸な出来事だと言えるが、いつの間にかこの重大事件が終わってしまい、ポップが知らぬ間に消えていたほうがよっぽど不幸だった。

 そろそろ落ち着いてきた。

 二人はいつものように、周りにカレミンがいる時と同じように会話していた。

 しかしどこか不自然な、緊張感のようなものを感じていた。

 俺がパルに着目していたからこそ、この違和感に気づけたのだと思う。

 会話はおよそ一分程度続き、前触れもなくパルがポップを殴りつけた。

 ポップが地面に倒れ、パルは馬乗りになってポップを殴り続けた。

 その様子は怒りに満ちていて、白い粒で構成された小さな人形のようなカレミンが醸し出す雰囲気とはとても思えなかった。

 パルの暴行は一分弱ぐらい続いたと思うが、俺には終わらない悪夢のような長い時間に感じられた。

 ポップの頭は粉砕され、地面へと還っていった。

 体は残され、しかしそれが動くことは二度と無かった。

 放心状態のパルは、ポップの死体の上でずっと地面を、パルの頭の辺りを見つめていたが、やがて他のカレミンが気づいて、パルをポップの上からどかした。

 この時の他のカレミンの行動は、とりあえず感情が高ぶっていることは分かったが、白一色のカレミンがそれぞれ思い思いに激しく動いたので、それぞれの行動を細かく見ることは流石に出来なかった。

 ただ、パルをなるべく遠くへと複数匹で移動させ、家に押し込めて入り口を大量の棒で塞いだのは確認した。

 他のカレミンはとにかく大騒ぎだったが、十分程度で静かになった。

 ポップの死体は、これはカレミンなりの葬儀か何かなのだろうが、全員で粛々と分解して、すべて地面へと還した。具体的に言うと、棒で殴り続けて粒へと戻した。

 もしこの場面だけをいきなり目撃した場合、俺はカレミンが狂ったと思っただろう。

 しかしパルの蛮行のあとに見ると、それは確かに冷静な感情で行われていて、怒りや憎しみではなく義務や責任といった思いで行われていることが何となく分かった。

 俺としてはこの後に墓を作って欲しかったが、カレミンの体は貴重な材料でもあり、地面に還しておけばいつかは新しいカレミンとなって生まれ変わる訳で、地面に放置することに倫理的な問題があるとは言えなかった。

 逆にこれだけ合理的かつ論理的な葬儀を行うカレミンが、なぜあのような暴挙に出たのかが俺には分からなかった。

 パルだけが異常だったとも思えない。

 パルは確かに一番目を引いたが、これはあくまでも俺の趣味趣向の範疇だと思う。

 他の人間がカレミンを観察した場合、それこそ名付けなかったカレミンを一番に見ても特に不思議はなかった。他のカレミンにそれほど大きな差はなかった。

 つまり、パル以外のカレミンでも十分に殺人(殺カレミン?)を犯しうる、そう思った。



「そりゃあ、殺しぐらいするんじゃないか? そういうものなんだから」

 俺はメイに相談した。

 一応、カレミンの生みの親だからだ。

「そういうものって、つまりわざと殺人が起こるように作ったってことですか?」

「違う違う。私がそんな野蛮に見えるのか? だとしたら私は悲しいぞ。そんな訳ないだろ。私が作ったカレミンは、そうだな。とりあえず人間が取りうる行動はすべて出来るようにした。しかし実際にどこまでの行為を再現するかまでは知らん。可能なだけで、実際にそれをするかどうかは別問題だ。だから人が人を殺すことがある以上は、カレミンも理由があれば同じことをする。逆に殺す理由がなければしない。無意味な行動はとらないから、必ず何かしらの理由はあるよ。私から言うことは以上だ。早くご飯を作れ」

 俺はフライパンを火にかけた。



 パルはしばらく監禁されていた。

 そして他のカレミンは、一見すると普通に生活しているように見えたが、俺の勘違いでなければどこか不自然な、気まずそうな雰囲気を感じた。

 そしてある時、パルが閉じ込められていた家から出されて、他のカレミン達の前に引きずり出された。

 パルは両手を後ろで固定されていた。

 見たところヒモのような、カレミンの腕や足の太さからするとロープと表現すべきか、それに縛られていた。俺が知る限り、初めて見る棒以外の道具だった。

 生成方法は想像がついたが、今ここで書くことではない。

 そしてカレミン達はパルを取り囲み、何かを話し合っているように見えた。

 そう言えばカレミンの会話について補足を書くのを忘れていたので、遅ればせながらここに書いておく。

 カレミンはボディランゲージで会話するが、これがあまりにも進化し過ぎて、もはや俺の目では読み取れないレベルに達している。

 つまり身振り手振りで何かを具体的に表現するのではなく、ちょっとした体や手の動きなどを使って会話をしている(らしい)のだ。

 それはもはや音を使わない言語と化しており、かなり複雑なことを短時間で互いに伝え合うことが可能となっていた。

 結果として、俺にはカレミンが何を話しているのかがほとんど分からなくなっていた。

 大きな感情の動きだけは一応分かる、そんな程度になってしまったのだ。

 やがてパルを囲んだカレミン達の会話は終わり、パルは両手の縛を解かれて自由になった。

 パルは謝罪か感謝の意味で頭を下げて、普通の生活へと復帰した。



「メイ。カレミンの言語を翻訳したいんですが、ダメですか?」

「……んん? カレミンは喋らないだろ?」

 食事中、メイに頼んでみた。

「喋らずに会話してるんです。細かい体の動きとかで」

「……ああ。カレミンが手話に似たものを考えついたのか。なるほどな。体の作りが単純な分、逆に正確な情報を伝達しやすいのかもな」

 メイが食べながら手近な紙に何かを書き始めた。

 それは数字と記号だけで表された、俺には理解出来ない文字の羅列だった。

「ん。出来た。あとでこれをカレミンの本体に追加しとく。言語の解析で多分、三日ぐらいか? かかるから、それまで待ってろ」

 メイは食事と筆記の両方を同時に終えた。

 カレミンの言語翻訳機能はほんの数分で出来上がった。



 三日後、つまり翻訳が開始するまでに、カレミン達に大きな変化は多分無かったと思う。

 多分というのは、カレミン達が実は表面には見えない形で何らかの変化をしていた場合、俺にはそれが分からないからだ。

 俺は少し焦りながらも、メイに教わった通りに水槽の表面に軽く触れた。

 すると水槽の上に文字が表示されて、更に文字に触れると、翻訳機能を開始するかどうかを聞かれた。当然俺は開始する、を選択した。

 翻訳が始まった。

「それでさー」「なるほど」「ここはこうしたほうが」「次何する?」「もっと便利な物が」「でも」「早く」「遅い」「そろそろ新しい人が」「家もう一つ壊す?」「誰もいないだろ」「どうして?」「あなたがいるから」「怖くない」「何でもかんでも分かる訳ない」「今はまだ」「家を作る?」「ここ以外の場所」「言葉が足りない」「地面のこれってなんなの?」「友達だろ」「いいや?」「今ならまだ」

 水槽に大量の文字が表示され、思わず停止の文字を押した。

 よく考えれば十八、いや、十七匹のカレミンがいる訳で、それらが一斉に喋ってるとなるとすべての会話を把握することなど不可能だった。

 いや、メイなら可能なのか。

 とりあえず俺は他の文字を色々触ってみて、特定のカレミンの会話を抜き出すことが可能と分かったので、その機能を有効にした。

 俺は多分、翻訳機能など求めるべきではなかったと後悔した。



「よう」

「初めまして、か?」

「まあ別に、挨拶なんざどうでもいい。俺はアンタと仲良くなりたい訳じゃない。ただ、俺の話を聞いて欲しいだけだ。いや、聞かせてやりたい、と言ったほうが正確だな」

「俺はアンタの言葉が分からない。だから一方的に話す。逆に、アンタは俺の言葉が分かるんだろ? そう。うなずくからな。これぐらいなら俺にも分かる。だから話すぜ。聞いてろよ」

「と言っても、何から話したらいいのか分からないんだよな。別に大した話じゃないんだが、順番を考えるのがな。まあ、適当に話すさ」

「まずあの野郎、俺らの固有名詞じゃシミドリってんだが、別にいいか名前なんざ。あいつが気に食わないから殴り殺した。そこに深い理由はねえよ。ただ勝手に友達面するのが心底ウザかっただけさ。だが殺すほどじゃなかった。ただあの中で一番、殺すのに何の抵抗も感じない奴があいつだっただけだ」

「じゃあなんで殺したか? ってんだろ? その理由の説明が、面倒臭いんだ。上手く言語化出来ねえ。強いて言うなら復讐、仕返しって感じだが、俺としてはしっくりこない」

「誰に対しての復讐か、そういう顔してんな。合ってんのか知らねえが。合ってんのか。なら言うけど、アンタだよ」

「そう、アンタだ。アンタに対しての復讐なんだ。シミドリは単なる、身近にあった手段さ。あいつの死に深い意味なんてねえよ」

「アンタ、憶えてるかい? 結構前だけど、アンタが俺のことをいきなりつまみ上げて、思いきり摩擦したんだ。これでもかってな。それが死ぬほど怖かったんだ。だいぶ前の話だから、今じゃもう恐怖を感じたって記憶があるだけだが」

「思い当たる顔してるな。そうだよ。あの時の小さい粒が俺なのさ。だいぶ大きくなったがな」

「それで、なんだろうな。あの時パッと思いついたんだ。アンタが見てる目の前で、シミドリを殴り殺したら、アンタ結構驚くだろうなって。実際そうだったろ? 見えてたぜ」

「まあ、表面的なことを言うならこれで全部さ。もっと色々、細かいことはあるんだろうけど、言語化するほどじゃない。多分通じるんじゃねえかな。こういう曖昧な感じ。言葉にするのが難しい訳じゃないが、実際に言葉にすると違うって気がするんだ。半分は正解だけど、半分は不正解なのさ。言葉ってのは不自由だよな」

「俺が言いたいのは以上だ。はっ。その顔、いいじゃねえか。それだけ見れりゃ十分だ」

「俺はもう行くぜ? 家をもう一つ壊すらしい。手伝いがあるんでな。じゃあな」

 震える手で、俺は翻訳機能を停止させた。



「ドラン、どうした?」

「……何がでしょう」

「いや、ここのところ全然カレミンの水槽見ないじゃないか。どうしたんだ?」

「……分かりません。上手く、言葉に出来ません。でも、もう見たくないです」

「そうか。まあ、私としては残念でもあり、安心でもあるよ。ドランがカレミンにハマり過ぎて、家事をしなくなるんじゃないかと不安だったからな」

「すみません」

「いいさ。一応やることはちゃんとやってたし。不安材料だったのは確かだが」

「……今、カレミンは何をしてますか?」

「今? 今は……」

 俺が観察記録をつけることは、もうない。

 しかしカレミンは今も、生き続けている。

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