第37話 第一章 終幕


 足垂 碧緒という娘がもう少し己の心の内を吐露する素直な娘であったなら。


 東方 竜臣という男がもう少し器用な男であったなら。


 二人の在り方は違っていたかもしれない。


「お前だろう」


 青梅は目の前で不機嫌そうに眉を寄せる竜樹を静かに見つめながらそんなことを考えていた。


 書斎のデスクに座る竜樹。子どもの頃は決して越えられないと思っていた絶対的な父も、策を練れば手の内に収められるようになった。


「あいつらを焚きつけたのはお前だろう、青梅」


 再度問いかけられ、青梅はようやく沈黙を破ることにした。


「お父様にお父様の考えがあるように、私にも私の考えがあります」


 竜樹は鋭い目で青梅を睨んだ。それでも青梅が臆することはなかった。親子だから慣れているのではなく、青梅は誰の前に立ってもこの調子だった。どんな肩書きの人物でも、妖物でも、【竜の子】と言われて忌み嫌われている男でも、青梅の前では等しくみな同様なのである。


 いや、一人だけ。一人だけ、こんな青梅にも特別な存在がいた。そればかりか、目の前の竜樹の弱点でもある。


「……それに、考える能があるのは私だけではありませんよ。お父様が何を計画し、何を成し遂げようとしているかはまだ分かりませんが、お父様の元を離れたあの子はお父様の計画を狂わせるでしょう。あの子はお父様の弱みです。稀有な存在である一姫よりも、お父様がずっと手を焼いている『碧緒』。そんな存在を、みすみす東方一門の外へ逃がすわけにはまいりませんから」


「俺に弱みなどない。お前の理想が俺の弱みとして見えているだけだ。良いか青梅。仇為すものを見誤るな。お前にはお前を邪魔する者が全て仇為す者に見えているだろうが、そうではない。余計なものにまで時間を割いていると肝心なものを取りこぼすぞ。優先順位を決めろ。お前はあれやあの竜の子を気に入っているが、お前が最も優先すべきなのはそれではない」


 青梅はすっと目を細めた。初めて鉄仮面が変わった瞬間だった。


「それはお父様もでしょう。『碧緒』に執着しすぎではありませんか? 【竜の子】を疎み過ぎていやしませんか?」


 ち、と竜樹は思わず舌打ちした。


「執着させたのはお前と菊乃だろう。俺はあの竜を疎んでいるのではない。……あれに近付けさせたくないだけだ。あれに再び死が忍び寄ろうものなら、俺は何をするか分からんからな」


「分かっております。そのための私ですから」


 青梅はゆっくりと頷くのだった。

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魍魎の花嫁~旦那様は無口な竜人~ いとう ゆうじ @ug0204

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