番外編

黒い焔《ほのお》で結ばれた絆は永遠に

 爛 梓豪バク ズーハオの愛を受け止め、心と体を許した日の夜、全 紫釉チュアン シユは夢を見ていた。


 産まれたばかりの赤ん坊が、泣いている夢だ。




「──おぎゃあ! おぎゃあ!」


 産まれたばかりの赤ん坊が、ひたすら泣いている。隣で眠る、同じ新生児がびっくりするほどに大声だった。


「ああ……どうしたんだろう?」


 赤子の母親だろうか。銀の髪を揺らした美しい人が、泣く子を抱いてあやした。

 赤子は、母親に抱かれたことで静かになっていく。やがて母の香りに安心したのか、すやすやと寝息をたてた。


「ふふ。もっと触れていたいけれど、僕も休まないとだから、ね」


 ゆっくりと赤ん坊を床へと置く。

 隣で眠る新生児に視線をやれば、ひたすら眠っていた。その隣には銀髪の人と同じ、今日、子を産んだ女性がいて、疲れはてて眠っているよう。

 

「……おやすみ。僕の可愛い子」


 我が子の額に軽く口づけをし、銀髪の人も目を閉じた。




「……ふ、え」


 母が眠ったのと同時に、赤子はぐずりはじめてしまう。まだ自分で動くことができない体だというのに、それでも必死に手を開こうとした。


 ──母上、母上。私を抱きしめて。


 母の温もりを求め、必死に泣き続ける。そのうち、大きな瞳から涙が溢れていった。

 それでも銀髪の人は疲れているのか、目を覚まさない。


 ──母上、一緒にいたいよ。


 言葉を繋げられなくて、もどかしい。ずっとそばにいてほしい。

 そう、願ってしまった。


 そのとき……


「ふ、ぇえ……」


「…………」


 隣で寝ていたもうひとりの新生児が、泣く赤子の手を握る。


 ぱぁと、太陽のように明るい笑顔を見せていた。


「……あぶぅ」


 ──大丈夫、俺がそばにいるよ。


 そんな声が聞こえてきた。

 言葉がわからないはずなのに、不思議とその赤ん坊の言いたいことが聞こえてきてくる。


 泣く赤子は両目をぱちくりとした。

 ギュッと握られた手は暖かい。赤ん坊の体温だからというのもあるのだろう。けれどそれ以上に、心が温かくなっていった。


 隣にいる赤ん坊に触れられると、泣いていたはずなのに涙がとまる。


「……?」


 わけがわからなかった。それでも考えることを知らない赤子は、涙を目尻に溜めながら笑い返す。


 ──君が泣いていたら、俺が支えてあげる。どこにいても見つけ出してあげる。辛くて苦しくて、もう駄目だと思ったても、大丈夫。絶対にそばにいてあげるから。


 そんな声が、また聞こえてきた。


 赤子はどう反応するべきか迷ってしまう。けれど握られた手がとても優しかったので、微笑むことにした。


「…………」


 すると、笑顔が太陽のように眩しい赤ん坊は目をまん丸にさせる。


 ふたりはギュッと、互いの手を握りあった。瞬間、泣いていた赤子の体から、少しばかりの黒い渦が出現する。けれどそれは怖くはなかった。むしろ自分の一部なのだと、泣いていた赤子は思う。

 その黒い渦は互いの手を伝って、太陽のように眩しい笑顔の赤ん坊の元へと進んだ。赤ん坊の体の周囲をぐるぐる回っている。

 やがて黒い渦は赤ん坊の中へと入り、静かに消えていった。


「……?」


 ふたりは何が起きたのかわからず、キョトンとする。


 けれど太陽のように眩しい笑顔の赤ん坊は、すぐさま笑いだした。泣いていた赤子をじっと見つめながら、先ほどよりも強く手を握る。


 ──ほら。もう、俺と君は一緒だよ。この黒いものが、俺たちを繋ぐんだ。だから大丈夫。もう、泣かないで。


 ひとりぼっちじゃないよ。


 優しくて、それでいて、心の底から信じられる。そんな声が、泣いていた赤子の笑顔を引き出した──


 □ □ □ ■ ■ ■


 ホーホー。ふくろうの鳴き声だけが轟く真夜中、全 紫釉チュアン シユは目を覚ました。


「…………」 


 本当の気持ちで、愛を知った瞬間、ふたりは遂に結ばれた。その証拠に、自身を抱きしめて眠る爛 梓豪バク ズーハオがいる。

 彼の幸せそうな寝顔を見て、クスッと微笑んだ。


 ──ああ、そうか。どうして爛清バクチンほのおを使えるのか……それがわかった。


 微かに残っている記憶。それは赤ん坊の頃の、夢のような時間だった。けれど……


「あの時間があったからこそ、私には今がある」


 産まれたばかりのときの記憶だから、かなり曖昧だった。それでもこの思い出は本物だったのだと、胸をはって言いたい。


 全 紫釉チュアン シユは前向きな気持ちで考えた。


「……んん?」


 もぞもぞと。寝ている彼が目を覚ます。寝惚け眼な目を擦ることなく、大きなあくびを添えていた。

 全 紫釉チュアン シユの銀髪の香りが好きなようで、顔を埋めて微笑んでいる。

 ふとしたとき、彼の動きがとまった。


「……?」


 どうしたのかと、彼の方を見る。体ごと彼へと向ければ、ギュッと抱きしめられた。


「わっ! ちょっと、爛清バクチン!?」


「……夢、見たんだ」


「え?」


 白い肌に軽く口づけをしながら、彼はハッキリてした言葉で告げていく。


「俺のこの力……黒いほのおの秘密って言うのかな? これさ、阿釉アーユが俺にくれた力だったんだ」


「……私も、さっきその夢を見ました」


「え? そうなの?」


 全 紫釉チュアン シユは頷いた。


「母上にかまってほしくて、必死に泣いていました。そのとき、同時に産まれた赤ん坊が、私に笑いかけてくれたんです」


「そう! そんな感じだよ! で、俺が泣いてる赤ちゃんの手を握って……って。あれ?」


 なぜ、ふたりして同じ夢を見たのだろうか。爛 梓豪バク ズーハオは疑問を抱えながら、小首を傾げた。


 全 紫釉チュアン シユは首を左右にふり、夢ではなく現実だったのだと語る。


「ふたりで同じ夢を見ることはありません。あったとしたら、それは……」


 現実であったこと。


 自分から爛 梓豪バク ズーハオへと口づけをした。唇を離し、頬を赤らめながら目尻に涙を溜める。


「私はあのときから、あなたに愛してもらえていたんですね」


 小さくて頼りない赤ん坊の手だった。それでも泣く全 紫釉チュアン シユにとっては、頼もしくて、優しい人の手に見えていた。


「……そう、かもな。で! 俺は、本当の意味で一目惚れしてたってわけか」


「ふふ、そうかもしれません」


 ずっと謎だった、黒いほのおの秘密。それが紐解かれ、ふたりは微笑みあう。


「このほのおはきっと、阿釉アーユへと繋がっているんだと思う」


「私に?」


 爛 梓豪バク ズーハオは白い歯を見せながら、もう一度全 紫釉チュアン シユを抱きしめた。


「だってそうだろ? このほのおが、お前の元に行きたいって言ってたって思うんだ。だからこそ、俺たちはこうして、再び出会ったんだから」


 数えきれないほどの人の中、巡り合う可能性は低い。けれどその確率をはねのけるようにして、ふたりは再会をはたした。

 これは必然ではない。定めでもない。なるべくしてなったこと。


 幼く、まだ物心のつかないときから、ふたりは結ばれる運命にあった。


 全 紫釉チュアン シユは泣きながら彼に抱きつく。

 爛 梓豪バク ズーハオも目尻に涙を浮かべながら、愛しい人を抱きしめた。


 ふたりは笑いながら泣く。それは決して、哀しいからではない。嬉しくて、幸せだから。



 そしていつか産まれてくるふたりの子供、白月パイユエの誕生を胸に、彼らは愛を貫いていった──




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豪釉(ハオユ)の夜、絆の灯火(子供) 液体猫(299) @Ekitaineko

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