最終話 豪釉《ハオユ》の夜

 想いが通じ合った夜、灯りの消えた部屋でふたりは身をよせていた。窓から差し込む月明かりだけが彼らを照らす。


 そんなふたりは、華服を上布団代わりに裸で横になっていた。


阿釉アーユ、あのときの俺は、酒の勢いを借りないと駄目だった」


「……ふふ。それは、まあ……」


 彼の後悔混じりな言葉に全 紫釉チュアン シユは、はにかんだ。背中から感じる彼の温もりに包まれて、心の底から幸せを覚えていく。

 腕を伸ばしてくる彼の手を、そっと握り返した。すると爛 梓豪バク ズーハオから、肩に口づけを落とされる。


「……んっ」


「……あー。俺、今、すっげぇ幸せだ」


 彼の唇の感触が、肩から背中へと伸びていった。


「あっ……はっ、ん!」


 吸い痕なのだろう……全 紫釉チュアン シユの体のあちこちに、赤い点がついている。

 全 紫釉チュアン シユはそれらを見ては顔を林檎のように真っ赤にさせて、ううっと唸った。けれど爛 梓豪バク ズーハオの笑顔に絆され、ついつい頬を緩ませてしまう。

 

「……爛清バクチン、肉のない私を抱いて嬉しいですか?」


 ──私は嬉しい。愛する人と、こうやってひとつになれたのだから。だけど爛清バクチンは? 私を好きだとは言ってくれたけど、それでも……


 骨と皮とまではいかないけれど、非常に細い。下手をすると十五、六歳に成長した白月パイユエよりも痩せていた。そんな筋肉のない、痩せ細った体を抱いて楽しいのだろうか。

 全 紫釉チュアン シユの悪い癖で、何もかもを暗い方向へと考えてしまっていた。


 爛 梓豪バク ズーハオは、うーんと小首を傾げる。


「え? 好きになった相手のすべてが好きだっていうのは駄目なのか?」


 とどのつまり、細かろうと関係ない。だった。ニカッと白い歯を見せ、もう一度全 紫釉チュアン シユの肩に唇をつける。

 蜘蛛の糸のように細い銀髪を救い上げ、指に絡めていった。


「俺は、阿釉アーユだから好きになったんだ」


「私、だから?」


 ──私自身を、好きでいてくれるということでしょうか? 


 くりくりとした大きな瞳を彼へと向ける。


 この顔に弱い爛 梓豪バク ズーハオは、グッと息をとめて固まってしまった。


「わ、私は、あなたのそういうところが……その……」


 全身を真っ赤に染めながら照れる。もじもじとし、口を尖らせた。そして瞳を潤ませ、美しい笑みを送る。


「す、好き、です」


 ──改めて言うのは、恥ずかしい。


 かけてあった華服の中に顔を潜らせ、もう死にたいと口にした。

 ふと、髪が何かに引っぱられるような感覚がする。

 華服から少しだけ顔をのぞかせてみれば、そこには爛 梓豪バク ズーハオがいた。彼は銀髪の先を、いとおしそうに眺めている。そして軽く口づけをした。

 そんな彼の整った顔が、笑顔でいっぱいになっている。


 全 紫釉チュアン シユは声にならない悲鳴をあげ、髪の両端を強く掴んだ。ぷくぅーと、河豚フグのように頬を膨らませる。


「ひょーー! 阿釉アーユが、めちゃくちゃ可愛い!」


「か、可愛いとか……」


「……こほんっ。なあ、阿釉アーユ」 


 爛 梓豪バク ズーハオが上半身だけを起こした。それに習って全 紫釉チュアン シユは、華服で体の前を隠しながら座る。


 彼は全 紫釉チュアン シユの美しい銀髪を指に巻きつけた。けれど細すぎるのか、するりとほどけてしまう。

 両目に幸せを乗せた笑みをしながら、全 紫釉チュアン シユの滑らかな肌に触れた。


「……んっ」


 彼の指の動きに合わせて甘い声をだしながら、敏感になっている体が小さく跳ねる。艶を帯びた瞳を彼へ放ち、はぁと吐息を溢した。


 瞬間、爛 梓豪バク ズーハオの喉が鳴る。全 紫釉チュアン シユの色香にすべてを託すように、全身から汗を流していた。頭を強く掻き「ああ、うん」と、照れた様子でそっぽを向く。


「あー……えっと、な?」


 軽く咳払いをした。真剣な面持ちに切り替え、全 紫釉チュアン シユの両肩に手を置く。


「お、親父に詳しく聞いたんだ」


「……?」


 何を聞いたのだろうか。全 紫釉チュアン シユは、半分涙目になりながら彼の話を聞きいった。


阿釉アーユの体は、母上……お前の本当の母上と同じ体質だって」


「……えっと。男なのに子供が産めるという、あれですか?」


 実の母は男だ。けれど得意体質ゆえか、子を成せる体だった。なぜ、そのような体質なのかまでは解明されていない。

 けれどたったひとつ……愛する者と交わるときだけ、体の中に女性器が作られた。


 その体質を、実子である全 紫釉チュアン シユも受け継いでいる可能性が高い。


 爛 梓豪バク ズーハオは、冥界の王から聞いたことを伝えた。


白月パイユエのことを考えると、阿釉アーユはその体質で間違いない。だから、さ……」 


 全 紫釉チュアン シユをそっと抱きしめる。


「俺と、子供作ろう。そんでもって、さんにんでまた、楽しく暮らそう」


 未来からきた子供と、國のいたるところを旅した。笑って泣いて、ときどき、ちょっとした喧嘩もした。

 一緒に笑いあって、全 紫釉チュアン シユを取り合って……ちょっとした幸せが楽しくて、いとおしくて、懐かしい。


 彼は朗らかな声で、静かにそう答えた。


「……はい。私も、もう一度、あの子に会いたい」


「そうか。じゃあ……」


 頑張らないとなと、ふたりは額をくっつけながら微笑む。


 ──もしも産まれてきたら、そのときは白月パイユエと名づけよう。私と爛清バクチン、ふたりの愛の形だから。


 とさっ……爛 梓豪バク ズーハオに優しく押し倒される音だけが、月明かりだけの部屋に木霊する。

 全 紫釉チュアン シユの鎖骨、胸部、そして足へと、口づけが落とされていった。

 全 紫釉チュアン シユは慣れないままの震えを、華服を握りしめることで隠す。


阿釉アーユ、愛しているよ」


「わ、私もです。爛清バクチン──」


 おくびにもださない照れを、ふたりは溶ける時間のために使った。そうすることで、恥ずかしさから逃れられたからだ。


 ふたりの夜はまだ続く。月明かりに照らされた姿を、夜空へと見せびらかしていった。

  


 けれどふたりはまだ、知らない。



 全 紫釉チュアン シユの体内に、新たな命が誕生していたことを──

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