第43話 すべての真実はここにある

 李 珍光リー ヂェングアンの手紙を受け取り、全 紫釉チュアン シユたちは中身を確認した。



 【爛兄バクニィ紫釉シユ様、お元気ですか? 俺は元気ッス。妖怪たちを仕切る冥界の王様の元で、一からやり直すために努力してるッス】


 きれいな字ではある。けれど紙はくしゃくしゃで、何度も書き直したような痕があった。


 【……まずは、ふたりに謝りたいッス。俺が仕出かしたことで、ふたりに傷を負わせてしまった。長い間紫釉シユ様を、孤独へと追いやってしまったこと。本当に申し訳ないッス】 


 手紙を読んでいけば、なぜあのような奇行に走ったのか。それが記載されていた。


 【俺は実の父親に、半妖であることを馬鹿にされていたッス。だからこそ功績を残して、見返してやりたい! そんな気持ちでいっぱいだった。そんなある日、俺の前に、幼い紫釉シユ様が現れたんッスよ。当時二歳だった紫釉シユ様に出会って、俺は変わる決意をしたッス】


 ここまで読み、全 紫釉チュアン シユは口をとめる。

 隣で一緒に見ている爛 梓豪バク ズーハオに「知り合いだったのか?」と、問われた。


「……わかりません。なにぶん幼かったせいもあって、記憶が……」

 

「まあ、そうだろうな。俺だって、二歳のときのことなんて覚えてねーし」


 それより続きを読もうと、ふたりは紙に視線を戻す。



 【初めて会った紫釉シユ様は、親父に罵られて泣いていた俺の頭を撫でてくれたんッスよ。無邪気な顔して、たどたどしい言葉で、こう言ってたッス。「だいじょうぶ? きみはわるくないよ。わたしが、きみを好きだから。わるいひとたちがいたら、まもってあげる」って】


 全 紫釉チュアン シユのこの言葉は、当時孤独だった李 珍光リー ヂェングアンの心に光を差したのだろう。それ以来李 珍光リー ヂェングアンは、全 紫釉チュアン シユを必要以上に想い続けていたということが記述されていた。

 やがてその気持ちが憎悪へと代わり、しつこいまでに追い求めていったことも書かれている。

 

 【実の父親はあか魂石こんせきを求めてたけど、俺は紫釉シユ様さえいれば、それでよかったんッス。鬼魂グゥイコンの町から逃走した後も、俺は追いかけ続けました。俺を拾ってくれた黄 沐阳コウ ムーヤン……親父に気づかれないように、紫釉シユ様を探してたッス】

 

 そしてついに、とある町で全 紫釉チュアン シユの情報を掴んだ。向かった先はくにの端っこにある小さな港町である。

 どうやら宿屋の店主が金欲しさに、全 紫釉チュアン シユの居どころを伝えてしまったよう。


 【紫釉シユ様は幽霊谷……鬼魂グゥイコンの生き残りの妖怪たちから、賞金首のような扱いを受けていたッス。それが幸いして、俺はあなたを見つけることができた】


 全 紫釉チュアン シユは紙を強く握りしめた。体を震わせ、涙を目尻に溜める。


「……阿釉アーユ、ひとりでよく頑張ったよ。駆けつけてあげられなくてごめん。もっと早く出会ってあげられなくて、ごめんな」


 爛 梓豪バク ズーハオに抱きしめられた。何度もごめんと謝罪される。


 全 紫釉チュアン シユは彼の背中に腕を回し、首を左右にふった。


「あなたは何も悪くありません。世界中の人を救うというのは、無理がありますから」


 涙を拭きながら続きを読む。


 【だけど……見つけた紫釉シユ様は、爛兄バクニィと仲良くて。俺が先に出会ってたのに、何でこの人が! って……爛兄バクニィに嫉妬してしまったッス】


 この発言に、ふたりは苦笑いをしてしまった。

 爛 梓豪バク ズーハオは、知るかよとぶっきらぼうに。全 紫釉チュアン シユは、ただただ、困惑を眉に乗せた。それでも続きを確認したい欲求があったので、彼らは紙に目を通していく。


 【俺が先に出会ってたのだから、紫釉チュシユ様は俺のものだ。爛兄バクニィに渡すものか。そう、思ってしまったッス。山の中でふたりを見つけたとき、白月パイユエがいて……三年の間に子供を設けてしまったんだなって、心の底から辛くなってしまったんッスよ】


「いやいやいや。確かに俺たちの子供ではあったけど、あいつは未来の子供で……ん? 阿釉アーユ、どうし……わぷっ!」


「こ、子供とか、そ、そ、そういうこと言うの、や、やめてくだ……さい」


 とまらない彼の口を、全 紫釉チュアン シユは両手で塞いだ。

 ゆっくりと顔を上げる。耳の先まで真っ赤にさせながら涙を溜め、「恥ずかしいこと言わないでください!」と、照れた。


「……んんっ! 阿釉アーユ、可愛い!」


「か、可愛いとか、そ、そういう言葉を簡単に言わないで!」


 髪の毛の両端を掴み、口を尖らせる。うるうると目元を潤ませ、上目遣いで彼を見つめた。


「は、ハオーー!」


 感極まった爛 梓豪バク ズーハオが暴走を始める。全 紫釉チュアン シユを抱きしめては頬に口づけを落とし、手の甲を撫でた。


「……ちょ、ちょっと爛清バクチン!」


 続き読んでいいですかと、恥ずかしそうにごにょる。強く咳払いをして、引っついてくる彼を剥がした。

 顔をタコのように真っ赤にさせながら、紙の内容を読んでいく。


 【爛 春犂バク シュンレイ紫釉シユ様に与えたチュアンの名字、これは冥王の実子ではないかと思い、その名を授けたそうッス。珍しい銀の髪に、女性のような見た目は冥王の亡き妻にそっくりで……もしかしたらという意味もあったと話してくれたッス】


 ──そうか。だから叔父上は、私を孫として迎え入れたのか。私が、冥王の本当の子供だと知っていたから。だけど確信がなかったから、冥王には伝えることができなかった。


 大方、そんなところなのだろう。

 心の中で、妙に納得してしまった。爛 春犂バク シュンレイのぶっきらぼうな優しさなのだと信じ、続きへと目を向ける。


 【同時に、俺が爛兄バクニィより先に紫釉シユ様と出会ってたって思ってた感情が砕けた瞬間でもあったッス。爛兄バクニィは俺よりも先……産まれたその日から、紫釉シユ様と出会ってたって話を聞いたッス。ああ、これは……】


 数行、空白の部分があった。そして最後の行にはこう、書かれている。


【初めから、俺に勝ち目なんてなかったんだ】


 諦めたような、吹っ切れたような。そんな文字があった。それを見て、全 紫釉チュアン シユの頬は少しだけ緩む。

 隣で文字を確認している爛 梓豪バク ズーハオはえっへんと、鼻高々に胸をはった。


「……手紙は、ここで終わってますね」


「ってかあいつ、本当に反省してんのかね?」


「ふふ。さあ、どうなんでしょう?」


 ふたりは朗らかに笑う。ふと、紙の角に小さな文字列を見つけた。それは何かと凝視する。


 【爛兄バクニィ、あんたが使ってるほのお。冥王の血をひいていない爛兄バクニィがどうしてその力を使えるのか。俺も、冥王ですら、わからないまま。どうやってその力を得たのか。未だに謎のままッスね。】


 書き連ねられた文字は、ここで終わっていた。


 爛 梓豪バク ズーハオは腕を組み、うーんと唸る。


 全 紫釉チュアン シユも改めて、彼の持つほのおの力について考えてみた。


 けれどふたりは答えが出ず、大きなため息だけが響かせる。


「……まあ、わかんねーもんはしょうがない。それはそれとして……」


 大きく背伸びをした。そして彼らのやり取りを外で見ている青年──冥王──へ、睨みを利かせる。


 青年は話は終わったのを見計らい、手にあるものを持ってふたりのそばへとやってきた。


「……っ!? 親父、それは!?」


「妻の遺品だ。生前、何も欲しがることのなかった妻が、たったひとつ望んだ物。それが、この鏡だ」


 この建物で、全 紫釉チュアン シユを中へと引きりこんだ鏡を手に持っている。鏡を全 紫釉チュアン シユへと見せれば、爛 梓豪バク ズーハオが庇うように前へと躍り出た。

 そんなふたりの仲のよさに、青年の瞳は静かに緩んでいく。


「安心するといい。この鏡には、もう何の霊力も残ってはいないからね。おそらくだがこの鏡には、思念のようなものが残っていたんだろう。それが、我が子である阿釉アーユの気配に反応したのかもな」


 子を想う母の心は、いつまでたっても変わらない。そう、優しい声で伝えた。鏡を撫でながらいとおしそうに両目を閉じる。

 亡くなった妻を想いながら鏡を包容し続ける青年を、誰も咎めはしなかった。むしろ、冥王というのが嘘のように感情豊かで、人となんら変わらないように見える。


「…………」


 全 紫釉チュアン シユは青年へと近づいた。そして鏡の表面に触れ、熱くなっていく目頭を抑える。


「……鏡の中にいたとき、誰かの声が聞こえました。とても優しくて、暖かくて……懐かしい。そんな声でした」


 ”ありがとう、母上。”

 誰にも聞き取れないほどの小声で、そっと呟いた。


 青年はふっと、表情を綻ばせる。踵を返し、建物の扉へと向かった。


「私からの話は終わりだ。後は、お前たち自身の選択次第。ふたりで生きていくのもよし。愛を重ねていくなり何なり、好きにしなさい」


 それは事実上、ふたりの交際を認めるものだのだろう。

 これからの行く末を見守るだけだと言い、黒い羽を撒き散らしてこの場から消えていった。



 残されたふたりは無言の時間を過ごす。けれど……


「あ、阿釉アーユ!」


 口から生まれたような、喋っていないと生きていけないような性格の爛 梓豪バク ズーハオが、真っ先に口を開いた。全 紫釉チュアン シユの両肩を掴み、素早く抱きしめる。


「最初からやり直したい。出会いからじゃなくて、その……阿釉アーユのすべてを、しっかりと目に焼きつけたいんだ!」


「……っ!?」


 彼の言葉の意味を理解できないほど、全 紫釉チュアン シユは鈍くはなかった。驚きはしたものの、心を許している証にと、抱きしめ返す。

 顔を赤らめ、火照った体を爛 梓豪バク ズーハオに預けた。


「……はい。もう一度、私のすべてをあなたにあげます」


 少しだけ背伸びをする。そして両目を瞑り、爛 梓豪バク ズーハオと唇を合わせていった。

 


 




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