第42話 冥王は秘密を隠すことをしないんだ

 ふたりを導き、心を繋げることに成功した白月パイユエは、未来へと帰っていった。

 白月パイユエの優しさや、両親を想う心に打たれながら、ふたりは戯山ぎざんへと訪れる。ここで空白だった謎の部分を埋めようと足を踏み入れる。

 優しい子供の白月パイユエが願った幸せのためにも、すべて解き明かす必要があったからだ。



 戯山ぎざんの中へと入り、雑草が生い茂る中を抜けた。やがて開けた場所に出ると、かつて彼らが爛 春犂バク シュンレイたちと遭遇した建物が目にとまる。

 前に見たときのような透明ではない。はっきりと輪郭がわかり、扉が開いていた。


「……もう、隠す気ないといった感じですね?」 


「だな」


 ふたりは苦笑いし、建物の扉を開く。




「──来たか」


 扉を開けた瞬間、黒髪で三つ編みの青年が背中を向けて立っていた。ふたりの気配に気づいたのか、ゆっくりと振り向く。

 凪の眉をもつ整った顔が、ふっと優しい笑みを浮かべた。足音を響かせながらふたりに近づき、真向かう。


「……親父、教えてほしい。俺たちのこと。俺と阿釉アーユに、何を隠しているんだ?」 


 爛 梓豪バク ズーハオ全 紫釉チュアン シユよりも背が高い。そんな彼よりも頭ひとつぶんほど高い身長をもつ青年に、臆することなく質問をした。


 青年は彼の頭を撫でる。そして全 紫釉チュアン シユへと視線を送り、銀の中に混じる黒髪を優しい手つきで撫でていった。

 決して大きくはない目を、少しだけ穏やかに細める。


「……そっくりだ」


「……?」


 何にそっくりだと言うのか。全 紫釉チュアン シユは小首を傾げた。

 

「私の愛した妻にそっくりだ。大きな瞳に銀の髪、そして脆く崩れてしまいそうな儚い見目みめ


 髪を撫でるのをやめた──瞬間、全 紫釉チュアン シユを抱きしめる。


「ずっと、ずっと探していた。妻の忘れ形見を!」


 涙を堪えているようで、声が震えていた。


 全 紫釉チュアン シユは感情の行き場を失う。


 ──予想はしていた。私がこの人の子供だということ。でも……


 そっと、青年の腕中から逃れる。隣で「阿釉アーユに抱きつくなよ親父!」と、威嚇している彼を制止し、意を決意しながら青年を凝視した。

 手を拳状にし、震えを我慢して深呼吸をする。


「私は……」 


 自分よりも頭ふたつぶんほど高い身長の青年を睨み、透明な声を放った。


「それが本当なら私は……教えてください。私と爛清バクチンは、血の繋がった兄弟なのですか?」


 ──もしそうなら、私たちは犯してはいけないことをしてしまった。決して結ばれることはない。私の気持ちはおろか、彼の想いすらも砕かれるだけ。


「私はいいんです! でも爛清バクチンの気持ちを……この人が辛い想いをする姿だけは、見たくないんです!」

 

 力なく青年の胸板をたたく。その瞳からは涙が溢れていた。


「……やはり母に似て、自分よりも他者を想う気持ちが強いんだな」


 青年は、全 紫釉チュアン シユの頬を流れる涙を指で掬う。柔らかなな口調で語りながら、ははっと、軽く笑った。


「……?」


 青年の表情や言葉の意味がわからず、全 紫釉チュアン シユは大きな瞳を見開く。


 青年は背を向け、三つ編みを揺らした。


「……どこから話せばいいのか。少しばかり迷うな」

 

 階段へと腰かけ、ふたりを呼ぶ。


 全 紫釉チュアン シユ爛 梓豪バク ズーハオは互いの顔を見合せ、言われるがままに階段へと座った。


 青年は膝の上に両肘を乗せ、手の甲に顎を置く。天井を見上げながら、深いため息をついていた。


「……随分前のことだ。私が妻をめとり、子供ができた。そして産まれたとき、我が子の隣には……」


 全 紫釉チュアン シユではなく、爛 梓豪バク ズーハオへと視線をやっている。

 爛 梓豪バク ズーハオは不思議そうに首を傾げた。


阿清アーチン、お前がいたんだ」


「……え?」


 ふたりの声が重なる。それでも彼らは青年の話に横やりを入れることをせず、黙って聞くことにした。


 そんなふたりの息のあった行動に、青年は苦笑いする。


「産まれた我が子の隣には、同時に生を受けた子供がいた。それが阿清アーチン、お前だった」


「……ま、待ってください! その言い方だと、爛清バクチンはあなたの子供ではないってことになりませんか!?」 


「そうだ。阿清アーチンは、私と妻の子ではない。鬼魂グゥイコンの王の子だ」


 淡々と。感情があるのかさえわからない表情で、言葉を繋げていった。


 今から約、百五十年ほど前のこと。

 幽霊谷の近くにある町、鬼魂グゥイコンでふたつの産声が轟いた。どちらも可愛いらしい男の子で、周囲の者たちからは歓喜の声があがる。


「私は妻とともに、子の誕生を喜んだ。もちろん、鬼魂グゥイコンの両親たちも、な。けれど……」


 どういう理由か。ふたりの子供は、知らない間に場所を入れ替えられてしまっていた。


「翌日になると私たちの子の布団にはお前が。鬼魂グゥイコンの両親の元には、阿釉アーユが眠っていた」


「……ん? 親父、それはどういう意味だ? それって普通に考えて、赤子を間違えたってことになるぞ?」


 爛 梓豪バク ズーハオは、下を向いてしまっている全 紫釉チュアン シユの背中を擦る。青年へと名一杯の疑問を投げながら、足をぶらぶらさせていた。


 青年は無言で首をふる。


「後でわかったことだが、どうやら阿清アーチンが黒いほのおを出していたのが決め手だったらしい」


 産まれた翌日、ふたりの子供の内、ひとりの体からほのおが出ていた。弱々しいけれど黒い。

 そのほのおを見た助産婦は、子供の位置を間違えたと思ってしまったよう。結果、爛 梓豪バク ズーハオを冥界の子として。全 紫釉チュアン シユ鬼魂グゥイコンの子供と認識してしまった。


「お前は、自身の扱うほのおがあまり強くはないと、疑問に思ったことはなかったか?」


「確かに、な。親父の子供なのに全然霊力ないし、ほのおの力なんてほんの一握り程度だ」


 人差し指にほのおを纏わせる。


「……そう言えば、阿釉アーユほのおはすごく強いよな? あ、そっか。親父の本当の子だから、才能も受け継いでたってことか」

 

 落ちこみ気味な全 紫釉チュアン シユの両肩を掴み、すごいと褒め称えた。我がことのように全身で喜んでいる。


「……いや、阿清アーチン、お前は私の実の子ではないと聞かされたのに、何も驚かないのか?」


 あまにもあっけらかんとしている様子に、さしもの青年ですら肩をすくませる。


 けれど爛 梓豪バク ズーハオは立ち上がり、白い歯を見せながらニカッと笑った。


「え? そりゃあ、びっくりはしたさ。本当の親子じゃなかったんだから。でも、それがどうしたって俺は思うよ」


 落ちこむ全 紫釉チュアン シユの両手を引っぱって、無理やり立たせる。そして抱きしめた後、互いのオデコをくっつけた。


「なあ阿釉アーユ、よかったじゃないか」


「え?」


 何についてよかったと言っているのか。それが本気でわからず、全 紫釉チュアン シユは両目をぱちくりとした。


「だって俺たち、血は繋がってなかったんだ。兄弟でも何でもない。情人こいびとになれるんだぞ?」


「……あ」


 爛 梓豪バク ズーハオの言葉が、全 紫釉チュアン シユの心を晴らしていく。心の奥底で曇っていた想いが上昇していった。


 ──そう、か。爛清バクチンと兄弟でないから、好きでいられる。好きでいてくれる。離さないでいてくれる。


 そう思っただけで、全 紫釉チュアン シユは嬉し涙が止まらなくなった。


 爛 梓豪バク ズーハオも嬉しそうに全 紫釉チュアン シユを抱きしめている。そして腕をほどき、全 紫釉チュアン シユへと真剣な眼差しを送った。

 こほんっと軽く咳払いをし、背筋を伸ばす。


「俺、もう一度阿釉アーユに申しこむよ。……阿釉アーユ、俺と付き合ってください! 情人こいびととして、未来の妻として、一生ともにいたい。いさせてほしい!」


「……っ!? はい──」


 全 紫釉チュアン シユの両目から、大粒の涙が溢れていった。儚げに微笑み、彼の背中へと腕を回す。


 ──嬉しい。こんなにも、幸せな気持ちでいれるなんて。愛する人と添い遂げられる。それがわかっただけで、私の心臓は落ち着きなどなくなった。



 そんなふたりに、青年は祝福の笑みを浮かべる。そしてふたりを抱きしめ、あることを告げた。


阿釉アーユ、私たち大人の間違のせいで、随分と苦しい思いをさせてしまった。本当にすまなかった」


 取り違えが起きなければ、辛くて苦しい体験をしなくて済んだのだろう。そう考えただけで、言葉にはできないほどの謝罪心が生まれていく。

 そう、語った。そして……


阿清アーチン、血は繋がっていなくとも、お前は私たちの息子だ。そのことを忘れないでいてほしい」


 運命に翻弄されたふたりに、心からの謝罪を伝える。


「お、やじ……」 


 明るさが取り柄の爛 梓豪バク ズーハオであっても、このときばかりは干渉に浸ってしまったようだ。

 両目に涙を浮かべ、微笑しながら頷いている。


「ははは、私の子供たちは泣き虫だな。おっと。大事なことを言い忘れていた」


 全 紫釉チュアン シユたちが空気に浸ることを無視し、青年は懐から一枚の紙を取り出した。それを全 紫釉チュアン シユたちに渡す。


「それは李 珍光リー ヂェングアンからの手紙だ。あの者がなぜ、狂気に走ったのか。これからどうするのか。それが書かれている」


 それを聞いたふたりは驚愕した。紙を受け取り、静かに開く。そこにはきれいな文字で、淡々とすべてが書かれていた。

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