第256話エピローグ
「テルミス、そろそろ行くぞ」
「はいっ!」
二人で家を出て、丘を下り、モノジアのメイン通りを歩いて、ユリシーズ様のいる役所に歩いて向かう。
私たちの家は島の端の塔で、役所は反対側の端。あの石碑のある場所だ。
宮殿はない。今はユリシーズ様が国の長だが、今後は国の誰もが長になれる仕組みを考えているからだ。
といっても、ここモノジアでも平民はまだ読み書きができるというレベルの教育しか受けていない。
ユリシーズ様が言うには、平民の大部分が学園に通った経験があるくらいにならなければ国が乱れるというので、実現は早くてもユリシーズ様の孫の代位だろうとのこと。
それでも新しくできた国だというのに、このモノジアの発展は目を見張るものがある。
道の左右の建物は高くそびえ、頭上のはるか上でアーチ状の橋であっちこっちがつながっている。
面積の狭いモノジアでは上へ上へと建物は伸びていった。
何でも過酷な条件で建物を建てるモノジアの建築家たちは現在世界一の技術を持っていると注目されているそうだ。
その技術を一目見ようと各国から建築家が留学に来ているほど。
道に面した1階部分には店が立ち並び、2階から5階くらいまでは住居、そしてその上に工房や研究室、商会の事務所や芸術家たちのアトリエがある。
つまり、買い物などの日常生活は地上に近く、仕事場は上だ。
これは実はバイロンさんの案だ。
バイロンさんは「土地も節約できるし、通勤時間も短い。いいでしょ?」と言っていた。
もちろんサリーやルカ、ベティが取り仕切る店は1階の1等地にある。
そこのところバイロンさんは抜かりない。
ようやく役所に着き、ユリシーズ様の執務室に通される。
「テルミス、アルフレッド。わざわざ悪いね。変わりないか?」
「えぇ、そろそろ……いいでしょうか?」
待ちきれなくて、ユリシーズ様に問いかける。
「まぁ、待て。ちょっと見てみよう。アルフレッド解除してくれるか?」
アルが私の魔力の器から自分の魔力を引きはがす。
「うむ。興味深い。他人の魔力でも馴染むものだなぁ。これは誰でもできることなのか、相性があるのか。ふむ……」
「ユリシーズ様、どうですか?」
ぶつぶつと熟考モードに入りかけたユリシーズ様を引き戻すため、アルが声をかける。
「うん。問題なく、器は修復されている。器の周りを魔力がゆらゆら揺れているのも、消えたりしていない。ちゃんと定着している。念のため、器に負荷をかけてみよう。魔力を中に閉じ込めてくれ」
魔力操作をして、魔力を全て器に閉じ込める。
「よし、大丈夫だ。もう補強は必要ない。あの白い魔力が見られないのは残念だが、良かったな」
「でもこれもなかなか綺麗だと思いません?」
「あぁ、これはこれで唯一無二だな」
ウィスパを浄化したときに魔力の器が壊れた私の魔力の器に、毎日アルは魔力をまとわせ補強してくれた。
1年は全く魔力を使うことができなかった。使えばひびが広がるからだ。
1年経ってようやく本を読むことくらいはできるようになった。
長い時間読むことはできなかったけれど。
アルの補強があれば簡単な魔法を使っても良いと言われたのが、3年前。
そして今ようやく、補強が外れた。
国政で忙しいだろうに「もともとは研究畑なんだ。これの研究位させてくれ」と言って、ユリシーズ様は魔力の器について7年間も研究してくれた。
国政の息抜きという側面も確かにあったかもしれないが、きっと一番の理由は今後同じような患者が出た時に役に立つだろうと思ってのことだ。
7年も研究してくれたユリシーズ様にも、7年間毎日魔力をまとわせ補強してくれたアルにも感謝しかない。
7年もの間支えてくれていたアルの魔力は、だんだん私の魔力と馴染み、ひび割れていた場所に少しずつ癒着した。
今、私の器はもともとの真っ白だった器に所々アルの色が混じり、マーブル模様を成している。
器の中から魔力の光が見えるが、場所によって色が変わる様がとても綺麗だ。
ユリシーズ様に別れを告げ、役所を出る。
役所から見えるのは、背の高い建物たち、そしてその奥にあるモノジア最大の建物。図書館だ。
丘の上に建っていた塔をぐるりと囲むように丘の上の敷地全てを半円型の図書館にしてしまったのだ。
モノジアには最初魔法学者の人たちが来た。ここにしかない魔法陣の本を読むためだ。
ユリシーズ様はここを学問の中心地にしたかったようで、さらに各国からありとあらゆる本を取り寄せた。
すると徐々にあらゆる分野の研究者たちが集まるようになった。
今、島の外側には大きな植物園がある。
モノジアには、ここにしかない植物がたくさんあった。
それを研究しに来る人がだんだん増え、今では4階建ての植物園は各階ごとに空調の魔法陣を駆使して、世界中の植物を育てている。
魔法学者でない人もここではみんな魔法を学ぶことに貪欲だ。
魔法をもっと自分の研究分野に生かせないかと考えるからだ。
現在建設中の海洋生物研究所でも、大小の水球や水柱を設置して陸地から水生生物を観察できるようにするらしい。
今海洋生物研究所を建てる建築家と研究者たちは、毎日のように図書館にやってきて理想の研究所づくりに、あの魔法が使えるんじゃないか、もっとこういう仕掛けを作ったらどうかと話し合っている。
「せっかくだから転移で帰ってみるか?」
アルがそう言うので、久しぶりに転移を使う。
小さいものを移動させるくらいなら消費魔力も少ないが、人間を転移させるのはまぁまぁ魔力を消費するので、この7年間使っていなかった。
でも、もう大丈夫とお墨付きをもらったから。
アルの手を取り、転移する。
役所の前にいたはずの私たちは、一瞬で塔の家まで戻ってきていた。
アルが私の魔力の器を確認し、頷く。
「じゃあ、俺はそろそろ見回りに行ってくるよ。テルミスも仕事だろ? 今日は仕事が終わったら、お祝いしないとな」
そう言って、アルは塔を出ていく。
塔の裏手は断崖絶壁だった。
そこの地面を埋め立て、今はウィスパの寝床になっている。
モノジアで警備隊隊長をしているアルは1日2回、ウィスパに乗って島の上をぐるりと飛ぶ。
周囲に異常がないかの見回りだが、真っ白な守護竜ウィスパに乗るアルは子供たちの憧れだ。
私も塔を出て、目の前の図書館に出勤する。
ネイトやアグネスが私の読んだ本を楽しかったと言い、私が勧めた本をアルは夜通し本を読んでいた。
そうやってみんなが本を楽しんでいるのを見るのが好きだった。
だから、これからも本の楽しさを伝えていきたい。
「ユリシーズ様の検診、どうだった?」と聞くのは、この図書館の用心棒ネイトだ。
指で丸を作って、にっこり笑うと「よし! 今日はパーティだ!」と言う。
何かとパーティしたがるネイトは、すぐにでもみんなに声をかける気満々だ。
図書館の中に入る。
静かな図書館の中で、ぺらりと本をめくる音、ことりと書棚に本を戻す音が聞こえてくる。
「遅くなってごめんね」とカウンターで貸出業務をしてくれているアグネスに声かけた。
「テルミス様、ユリシーズ様はなんて?」
「ふふふ。バッチリ!」
アグネスの顔にも笑みが広がる。
「じゃあ、今日はパーティですね! レスリーにも言っておかなくては」
全く、みんなどうしてこんなにパーティ好きになったんだか。
「さ、じゃあ頑張って仕事を終わらせますか。いっぱい新しい本入ってきています。テルミス様は、貸出前に保存と転移の魔法陣付与お願いできますか」
初めてこの島に来た時に見つけた『植物大全』のようにこの図書館の本にはすべて結界を付与している。
それに、転移陣も。貸出期間が過ぎても返却がない本は転移で本が戻ってくる仕掛けだ。
「嬢ちゃん、まだ儂が読んでいない鉱石の本を貸してくれんかね」
貸出カウンターに来たのは、絵描きのコリンさんだ。
コリンさんは、自分の絵を表現するのに新しい色を作りたくてここにやってきた。
絵を描く傍ら、図書館にも足しげく通い、新色のヒントを探している。
彼は研究者ではないが、新しく作っている海洋生物研究所の人や植物園の人とも大の仲良しで、よく飲み屋で新しい色を開発するために使える植物はないか、貝を使うのはどうだと議論している。
そう。最初は研究者だけだったが、今や画家や音楽家、建築家……ありとあらゆる人がモノジアへやってくる。
そして彼らは役所の前にある石碑の言葉を胸に日々過ごすのだ。
本は先人たちから積み上げ、磨き上げてきた知識の、技術の結晶だ。
知識は力だ。
この力で俺たちが世界を変えてやる、と。
◇作者からのお知らせ◇
ここまでお読みくださった読者の皆様。
ライブラリアンはこれにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
いつもコメント、フォロー、星やハート、そのどれもが執筆の励みになっていました。
面白かったと思って頂けたら、コメント、フォロー、星やハート、SNS投稿、何でもいいです。
読んだぞ!とリアクション頂ければ、嬉しいです。
少し時間はあきますが、次作も準備しています。
また読者の皆様とお会いできることを願って。
7/27追記;本日近況ノートにおまけのSS「イヴの旅立ち」を公開しています。
イヴの今後が分かる短いお話です。
良かったらこちらもどうぞ。
ライブラリアン〜本が読めるだけのスキルは無能ですか!? 南の月 @minaminotuki
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