第5話 勘違いで花嫁に格上げされた元生贄は竜の嫁になる

 それから一月後、約束通りに儀式は盛大に執り行われることになった。立派な輿に乗せられてやって来た彼女は、一月前とはまるで別人のようにきれいに着飾られている。一目で上等とわかる召し物に、まばゆいばかりの装飾品。御馳走もたくさん。


 前例のない儀式であるにもかかわらず、村人達は、彼女にぱらぱらと塩を撒いてみたり酒を飲ませたりと、それらしいことをしている。そして、村長がむにゃむにゃと経のようなものを読み上げている後ろでは、その息子と、見たことのない女がひそひそと話している。たぶんあれが隣の村から来たお嫁さんだろう。


 精神を集中させて彼らの話に耳を傾けてみると、食われるだけの生贄にもったいないだの、食べる直前に身ぐるみを剥ごうだのと算段しているようだった。


 彼女を目一杯着飾らせたのは、彼女を村から逃がす際の資金にするためだ。全部金に換えて持たせてやろうと。


 さんざん酷い扱いをしても耐えてくれた彼女に、その上、村のためにと生贄になるとまで言ってくれた彼女に、なぜそんなことが出来るのだ。


 さすがに僕も我慢の限界が来た。


 いつも身を隠している雲の中から、にゅる、と顔を出し、うねうねと身をくねらせながら人間達のうんと近くまで降りる。村長は目を丸くして固まり、村人達は数人が腰を抜かしてその場に尻もちをついた。


「し、白金様だ! 白金様がお姿をお見せになられた! お、おい、! 行け!」


 くぁぁぁ、と大きな口を開けると、村長は慌てふためいて、彼女の手を強く引いた。そして、乱暴に背中を強く押す。慣れない靴を履いているせいだろう、彼女がよろける。あわや地面と衝突、というところで。


 身体を滑らせるようにして、地面と彼女の間に入る。とす、と僕の首あたりに倒れ込んだ彼女を長い身体でふわりと巻きつけて、再び、ふわりと浮き上がった。


 村人達は、僕が彼女を食べるのをいまかいまかと待っている。そわそわしているのは、村長の息子と、その嫁だ。


「し、白金様!」


 動いたのは女の方だった。


「そんなに飾り付けられた状態では食べにくうございましょう!」

「そ、そうです! 丸裸の方が食べやすいはずです! いますぐに脱がせて――」


 慌てて息子の方もそれに続く。村長はというと、口では何を馬鹿なことをと言いつつも、チラチラこちらを気にしている。


の肌をここで晒すというのか」

「は、はぁ……?」

「花嫁?」

「召し上がるのでは?」

「誰が食べると言った。食べてしまうなんてもったいない。私の妻にする。これからは私と彼女でこの村を守ってやろう。それなら文句はなかろう?」

「ま、まぁ、そういうことなら」


 まだ息子夫婦は不服そうな顔をしていたけれども、二馬力(竜だけど)になるというのなら、と村人達は納得したようだった。


「だが、もし、妻がこんな村など見たくもないと言えば、明日にでも大雨を降らせてこの辺一帯を洗い流すつもりだ。何せ私は、新妻が可愛くて仕方ないのでな。我が儘の一つや二つ、叶えてやらんこともない」


 もちろん、娶るなんて嘘だし、雨だって多少懲らしめる程度に降らせようとは思うけど、あくまでも多少だ。


 大丈夫、後で逃がしてあげるからね。そんな思いを乗せて、ぱちん、と片目をつぶってやる。すると彼女は何もかもわかったような顔をしてこくこくと頷いた。


 酷い扱いをしてきた彼女がこの地の守り神になることの恐ろしさに、村人達はやっと気がついたらしい。皆、一斉に地べたに額をこすりつけ、すまなかった、などと叫び出した。こんなもので彼女の気が晴れるとは思えないけど、少しは溜飲も下がっただろうか。


 こんなもんで良いだろうと思いつつ、とりあえず撤収である。住処である岩山まで移動し、一旦彼女を下ろそうと、ゆっくり下降した。


 が。


「あたしは降りません」

「え」

「あたしは白金様のお嫁さんなんですから、もう絶対に離れません」

「いや、え? だってさっきなんか『わかりました』みたいな感じで頷いてたよね?」

「はい! 白金様のお気持ち、確かに届きました!」

「だ、だよね? えっ、それなのに、なんで?」

「なんでも何も、さっき『新妻あたしのことが可愛くて仕方ない』っておっしゃってたじゃないですか。片目をおつぶりになられたのもいわゆる求愛行動ですよね! あたしも! あたしも白金様のこと、大好きです!」


 そう言って、何度も強めの瞬きをする。


 え――!? 全然伝わってないじゃん! 何かもう僕、ただただ普通にお嫁さんもらっただけじゃん! えっ、僕別にお嫁さんとかいらないっていうか、そもそもこの子人間だしね?!


 えっ、どうしよ。

 無理やりどこかの村に押し付ける?


 そんなことを考えていると、頭の中に声が響いてきた。


(聞こえますか……、白金よ……)


 あっ、神様! 助かった! 神様! 助けてください! なんかもうちょっと手違いで色々取り返しがつかないことになっちゃって!


(私もう、感動しちゃった……)


 神様!?


(もう一人前じゃない……。一国一城の主じゃない……)


 神様!?

 僕、国も城も持ってませんけど!?


(気付いた……? 私、ちゃんと『白金』って呼んだの……。もう一人前だしな、って思ってさ……)


 あっ、はい、それは気付きました。やっと覚えてくれたか、って。でも正直いまそれどころじゃないんで!


(困ってるの……?)


 はい! 困ってます!

 あの、僕、人間をお嫁さんにするとかちょっとその。


(あぁ、わかるわかる。異種婚姻って昨今の流行りというか、まぁ常に一定の人気はあるけど、色々大変なんだよね……)


 流行りとか一定の人気?


(ううん、こっちの話……。そういうことなら私に任せて……)


 さすが神様! ありがとうございます!


(エッフフフ、うん、まぁ、さすが私、ではあるよね、うん……。だって私、神様だから……エフッ)


 早く!


(急かさないでよ、怖いなぁ……。そーれ、奇跡よ起これ――……)


 そう言うや、僕の背中にしがみついていた彼女が、ふ、と消えた。さすがは神様である。きっとどこか遠くの村へ送り届けてくれたのだろう。


 そう思い、ありがとうございます、と言おうとした瞬間――、


「ええっ!?」


 僕の隣には、僕よりも一回り小さな赤銅色の竜がいた。


 ちょ、えっ? どういうこと?


(これで万事問題ないね……。幸せにおなり……)


 えっ、ま、えぇ!?

 問題しかないですよね?!

 馬鹿じゃないの?! 馬鹿じゃないの?!


(馬鹿じゃないもん……。神様だもん……。良いじゃん、白金と赤金あかがねでさ、なんかおめでたいじゃん……)


 めでたくなんかないっ!


 僕と神様が脳内で口論を交わしていると、勝手に『赤金』と名付けられた竜が、何とも嬉しそうに僕の周りをぐるぐると飛ぶのである。


「白金様、あたしも竜です。竜になりました。これでずっと一緒ですね。もうあたし、一人じゃないですね」


 そんな無邪気に喜ばれてしまうと、もう何が何でも元に戻せ! なんて言えない。


 だって妻を守るのは夫の役目だもんな。

 

 腹をくくって、僕は頷いた。


「もう一人じゃないよ、僕のお嫁さん」


 そう言うと、うんと小さな声で、


(してやったり……)


 と聞こえて来た。


 アンタはもう黙れ。

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天翔ける竜になった白蛇の(ヤバい)花嫁 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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