第4話 勘違いで花嫁に格上げされた元生贄の真意を探ろう
とりあえず、これも嫁いびりの一環だと、お茶を淹れてもらった。もちろん、何もないところから茶葉を調達させ、湯を沸かせる、という嫁いびりのつもりだったのだが、実に手際よく彼女はそれをやってのけたのである。
正直、これほど有能なのであれば、僕なんかに嫁ぐのはもったいない。だって僕は、いまでこそ人間の――しかも年配女性の――姿をしているけれども元は竜なのだ。
「あ、あの、あなた――」
「ソコノです」
「うん? 何が?」
「村では『ソコノ』と呼ばれています」
「あ、あぁ、そうなのね。ソコノさん、ね」
何とも変わった名前だ。
彼女の年代の流行りだと『百合』や『桜』など、花の名前が多いんだけど。でもまぁ、いつの時代も奇抜な名前を付ける親はいるからな。
「ソコノさんは、どうして
だとしたらとんでもないことだぞ。
僕はそもそも生贄を要求した覚えなんてないし、人間達が生贄を出さねばならないと判断するような、飢饉だの天災だの疫病の類もない。僕だって一応、天竜ではあるのだ。そんなにすごい力はないけど、この小さな村を守ることくらいは出来る。
「違います。あの、私、村長さんのお屋敷にご厄介になってるんですけど」
お茶を一口飲み、彼女がぽつりと話し出す。
「そこのご長男様が今度ご結婚なさるんです。隣の村からお嫁さんが来ることになってて」
「はぁ、それはめでたいことで」
「そうなんです、おめでたいんです。それで、それを機に村を合併させて大きくすることになったみたいで」
「へぇ」
えぇ、そんな大きな村になるのか。僕、そこまで全部守れるかなぁ。
「それで、村が大きくなったらそれだけ白金様の負担が増えるだろうってことになって」
うん、まぁ、それはあるかな。僕なんてまだ天竜になって二百年だから、正直この村一つでひいひいなのだ。だけど、村の皆が僕のためにお祈りしてくれてるのを見れば、頑張らないわけにはいかない。
「だから、活きの良い生贄でも捧げて、精をつけて頑張ってもらおう! ってことになりまして。それで、じゃああたしがやります! って!」
「何でそんなことになるのよ!」
いや、つかないよ!
活きの良い人間を食べたところで精なんかつかないから! だったらその分たくさんお祈りして? それで十分だから!
「ソコノさん、さっきも言ったけど、白金は人間なんて食べませんからね」
「はい、それはもうわかりました」
「それにね、あなた、志願ってどういうことなの?」
「あたしどうしても村の役に立ちたくて!」
「その気持ちは立派だけれど、よく考えて? 竜よ? あなたより何倍も大きいのよ? 恐ろしいのよ?」
「恐ろしくなんかありません! 村のためになるのなら、本望です!」
「そんな……」
「ほんと、村の人達には感謝しかないんです。捨て子だったあたしに名前をくれて、ここまで育ててくれたんです。屋根のあるところで寝られますし、ご飯ももらえます! 村の皆もあたしを頼ってたくさん仕事をくれますし! ほんと優しいんです! だから皆のためになるなら、って!」
おかしいぞ、と思ったのは彼女が力強くそう言った時だ。
ぼろぼろと涙を流しているのである。僕だって一応は天竜の端くれ、人の記憶もぼんやり程度なら読める。ほんとはそんなことしたくなかったけど、少しだけ彼女の記憶を読むことにした。
確かに屋根はある。でもそれは家畜小屋だ。
食べ物だって、地面に投げ捨てられた残飯だ。
それで、朝から晩まで村中を行ったり来たりして働かされている。
『ソコノ』だって、名前なんかじゃない。「おい、そこの」と声をかけられるのを、名前と勘違いしているだけなのだ。
汚いと蔑まれ、名前もわからぬ阿呆と嗤われて、それでも「生かしてやってる」と恩を売られれば耐えるしかない。村を出たところで野垂れ死ぬのは目に見えている。
それで最後は
「……お嫁さん」
「何でしょう、お義母様」
「村の人に伝えてくれないかしら」
「な、何をです?」
「『礼儀知らずの愚か者め、生贄を捧げるというのに、何の儀式も執り行わないとは何事だ』と」
「え」
ずび、と鼻水を啜って、彼女が首を傾げる。
「『この村がこれまで平和だったのも、すべて天翔ける竜の加護のお陰であるというのに、女を一人寄越して、それだけか』と、伝えるのです。白金の言葉だと」
「ええと、その、わかりました」
「それで、『生贄は村の今後を左右する重要なお役目を背負っているのだから丁重に扱え。儀式は一月後、僅かにでも傷や汚れがあったり、みすぼらしければ容赦せぬ』、そう伝えなさい」
そう言って、彼女を村へ戻す。
勘違いとはいえ、彼女は僕のお嫁さん(仮)だ。
お嫁さんを守るのは夫の役目だ。
こんなことは絶対に許されることではない。
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