第3話 勘違いで花嫁に格上げされた元生贄の本気度が怖い

「さぁ、お義母様、まずは何からすればよろしいでしょうか!」

「えっ。え――……っと」


 よし、『嫁いびり』をして諦めてもらうぞ! 


 と思ったものの、よくよく考えてみたら僕はそもそも『嫁いびり』の仕方をそこまで詳しく知らない。ただ、白蛇時代、僕のお社にやって来る若いお嫁さんの中には、「あのババァがのたうち回って苦しみながら死にますように」などという物騒な祈りを捧げる人もたくさんいた。


 えっ、僕って、そういうのをどうにかする系の守り神になる予定なの? それもう守り神ではなくない? 荒神じゃない?


 でも、その手の祈りはまぁどちらかと言えば少数派で、それよりは家内安全とか、無病息災とか五穀豊穣の方が強かったため、神様がそれを汲んでくれて、僕は荒神になることを免れたというわけである。


 とりあえず、その若いお嫁さん達の愚痴についてはある程度聞いていたから、それをそのまま実行すれば良いだろう。まさかこんなところで役に立つなんて思わなかったよ。


 というわけで。


「ま、まずは料理よ! 可愛い我が息子の腹を満たすのよ! まずいものを作ったりしたら許しませんよ!」


 うう、自分のこと『可愛い我が息子』とかいうのほんと嫌。でも確か、嫁いびりされてたお嫁さん達はこんな感じのことを言われてたはず!


「もちろんです、お任せください! 必ずや白金様がご満足いただけるものをご用意してみせます!」


 そんでこの子もどうしてそんなやる気に満ちてるの? 普通に嫌じゃない? いくら守り神様でも、相手、竜だよ? 普通に夫婦とか無理じゃない?


 では、と投げ捨てられていた鉈を回収すると、それをふぉんふぉんと振り回し始めた。えっ、怖っ。もしかしてのことるつもりじゃない? それを食べさせるとか、そんなこと考えてない? 腹を満たすついでに始末してやれとか考えてない? いまの姿でスパッとやられたら案外普通に死ぬよ?!


 が。


「いまから人間を狩ってきますね!」

「は?」

「白金様なら、四、五十人で足りるでしょうか? あっ、大丈夫です。ちゃんと食べやすいように三枚におろしますし、村の外の人にしますし!」


 僕そんなの食べない――!!!


 あと人間を三枚におろすってどういうこと!? 最終的にどういう状態になるの? あとたぶん日常的に人間を食べる感じの神様ならそのまま食べると思うよ!? そんで、村の人じゃなかったら大丈夫ってこともないから!


「小骨も一本一本丁寧に取りますね!」


 その丁寧さが怖い――!! 人間に小骨ってあるの? あっ、僕からすれば小骨か! そういうことか! じゃなくて!


「しっ、白金はそんなもの食べないっ!」

「え?」

「白金は人間なんて食べませんっ!」


 なんか自分のことを名前で呼ぶ痛い子みたいになっちゃってるけど、母親設定なのでしょうがない。


「そうなんですか? では、白金様は普段はどのようなものを……?」


 どんなものでも用意します! と元生贄の花嫁は鼻息が荒い。これは滅多なことを言えないぞ。


「いや、あの、木の実、とか! そう、木の実よ、木の実! それも、その、あなたの両手に乗るくらいの量! 案外小食なの!」

「そうなんですね! わかりました!」


 こうして、両手に乗るくらいの木の実を集めて来た花嫁候補は、額の汗を拭いながら「こんなもんでどうでしょう」と笑った。達成感に満ちた、ものすごい笑顔だ。


「ま、まずまずね。良いんじゃないかしら」

「ありがとうございます! それで、お次は!」

「えっ、もう次……? えっ、え――……っとぉ」

「あたし、身を粉にして働く覚悟です! 何なら物理的に粉になっても良いです! あっ、挽きましょうか! 石臼で! こういう時のために用意してありますから!」


 そういう時は未来永劫来ないと思って――!

 どうしてこの子は隙あらば死のうとするの!? 命は大事にして?!


 その後も彼女は僕の出した無理難題な仕事をすべてやり遂げた。


 僕の長い長い身体を洗う練習だと言って、僕の体長と同じくらいの距離のゴミ拾いをさせたり、僕が安らかに眠れるよう、自作の子守唄を何時間もぶっ続けて歌わせたりしたのだが、どれも難なくこなしたのである。


 どうしてこの子はそうまでしてくれるのだろう。

 正直疑問しかない。


「さぁ、お義母様、お次は?!」


 疲れなんて微塵も感じさせない笑顔を向けて来る元生贄の少女に向かって、僕はもう降参とばかりに項垂れ、「ちょっと休憩にしましょう」と提案したのだった。

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