第22話

 物事に結末は付き物だ。それがどれだけ悲しいエピローグであったとしても、登場人物はそれを受け入れるしかない。つまり、


「――ってことがあってね、これ、証拠になるかわからないけど、彼女は管理者権限を移せるマスターチップって言っていたよ」


 スラム街での出来事をなるべく詳細に話し、ユイナさんから受け取ったSDカードをアンドロイドちゃんに渡すと、


「ご主人様にとって、私はもう、不要なのですね……」

 彼女はSDカードを眺めながらそう、寂しそうに呟いた。


 このSDカードが意味するところを正確には計り知れないが、きっと結婚指輪を突き返されるようなものなのだろう。そう考えると、安易には声をかけれない。


 暫し無言の時間が続いた。この話しをするにあたって、彼女達を取り巻く秘密を話さざるを得なかったので、アヤカには一時的に退室してもらっていたが、こんなことなら帰宅してもらえばよかった。もう、30分は待たせている。


「……ご主人様は、幸せそうでしたか?」


 沈黙を生み出したのがアンドロイドちゃんならば、その沈黙を破ったのもまたアンドロイドちゃんだった。私はその問いに、どう答えるか悩んだ末にこう答えた。


「わからない。けど、彼女はせっかくもう一度先生に会えたんだから、もう二度と離れるつもりはないって言っていたよ」

「そうですか」

「ここからは私の推測になるけど、彼女にとって彼はとても大切な存在で、一度は失ってしまった存在なんだと思う。そんな彼と再会することができたんだ。だからきっと、今は少なからず幸せなんじゃないかな」


 アンドロイドちゃんは静かに目を閉じて、一度、ニ度と小さく息をした。そして、


「ご主人様が幸せなら、私はそれでいいです。それにもう、私はご主人様にとって不要なものです。追いすがって、迷惑はかけたくありません」

 そう言って、彼女は私の目をジッと見た後こう続けた。

「行政官様、私の新しいご主人様になっていただけませんか?」


 その発言に、私よりも先に反応したのがカンナとクレハだった。


「「ダメです」」


 二人共ずっと黙って話の推移を見守っていたのに、声を出したかと思ったらしっかりハモっている。


「? なぜですか?」

「これ以上レドの常勤を増やしたくないからです」

「わたくしと旦那様の時間が減ります」


 言っていることは違えど、二人共似たようなこと言っている気がする。実はこの二人、意外と相性いいんじゃ……。


「困りました。ご主人様に捨てられてしまったので、私は行くところがありません。行政官様、前向きな検討をしていただけませんか?」

「前向きな検討も何も私はそもそも断るつもりはなかったんだけど……あ、もちろんご主人様云々は別としてね?」

「いえ、ぜひ私のご主人様になっていただきたいです」


 いやに押しが強いなと思っていると、


「まず、炊事洗濯掃除、家事全般が得意です。書類の整理などもお任せください。ミスなく効率よく仕上げてみせます。お留守番もできます。それから――」


 急に始まった自身のセールスポイントの羅列に面食らっていると、


「セクサロイドとしての機能も搭載しておりまして、人間には不可能な動きでご主人様のチ――」

「わーわー! ストップ! ストップ!」

「はい」


 とんでもないメイドだ。このまま止めなかったならR18になってしまうところだった。


「ちなみに、理論的には子供も作れます」

「いやすごいな!」


 もうアンドロイドじゃなくて人間じゃないか。


「じゃなくて! 君がここにいるのはいいんだけど、そのためには乗り越えなくちゃいけない規則があるんだ」

「と言いますと?」

「現状、君は戸籍がない状況だから、その辺をなんとかしないといけない。だよねカンナ?」

「そうですね。というか、またレドに人を増やす気ですか?」

「書類整理の人員がほしいって言ってたじゃないか」

「それは、そうですが……」


「で、それが終わったら君はちょっと特殊な立ち位置だからレド預かりってことになるね」

「貴方様、まさか彼女にもチョーカーをプレゼントするおつもりですか?」

「いや、クレハとはまた事情が違うからそれはないよ。というか二人は少し静かにしててほしいかな? じゃなきゃ話が進まない」


 どことなくむすっとした顔をしている二人に手で謝罪しつつ、


「これを了承してもらえるなら、大丈夫だよ」

「承知しました。それでその、行政官様にご主人様になっていただくにあたって、プログラムを初期化していただきたいのですが」

「初期化って言われてもどうやって?」

「管理者権限の移乗ができるSDカードを私のかかと部分に差し込んでいただければそれで完了します」


「初期化したらどうなるの?」

「以前のご主人様の記憶がなくなります」

「それは……ダメだよ」

「なぜですか?」

「ユイナさんは君にとっていわばお母さんだ。そんな存在の記憶を消去してしまうのは、認められないよ」


「……困りました。それではご主人様が二人になってしまいます」

「いいじゃないか。ご主人様が二人いたって」

「そうでしょうか?」

「うん、きっとそうだよ。だから、そのSDカードは君が保管しておいて」

「承知しました。では、これからよろしくお願いいたします、ご主人様」


 そう言って彼女は深々とお辞儀をしてみせた。


「でもそうなると呼び名に困ったな。これまでみたいにアンドロイドちゃんじゃちょっと寂しいし。君の正式名称ってなんだっけ?」

「タイプE。識別コードVE―7型です」

「タイプE……VE―7……うーん、そうだ! イブって名前はどうかな?」


「イブ、ですか?」

「アルファベットを全部繋げたらEVEになるでしょ? それでイブ。ちょっと安直過ぎたかな?」

「いえ、イブ……イブ……私の名前」


 イブは目を閉じて両手を胸の前に置いて何度かその名を呟いた。


「私の名前はイブ。これからよろしくお願いいたします、ご主人様」

「うん。よろしく、イブ」


 話がまとまったところで、いい加減アヤカに連絡を入れようと電話をかけると、


 ――プルルル。


 聞こえるはずのない場所から音が聞こえてきた。すなわち、執務室の入り口扉の向こうからだ。

 素早い動きでクレハが入り口を確認しに行ったが、どうやら一歩遅かったらしい。


「逃げられてしまったようです」

「まずったなあ……たぶん、聞かれてた、んだよね?」

「恐らくそうだと思います」


 カンナが同意する。まあ、状況証拠的にそれは間違いないだろう。問題は、どこから聞かれていたのか、だ。


 エピフィルムの歪さについての話を聞かれてしまっていたのであれば、下手をすればアヤカにまでクレハのような孤独を味あわせてしまうことになる。


「……ダメだ。電話に出ないや」

「そうなると、最初から聞き耳を立てていた可能性が高いですね」

「やっぱりカンナもそう思う?」

「電話に出ないのがその証拠でしょう」


「私のミスだ。とはいえ、今から追いかけて捕まえても、それはそれで聞かれてはまずいことを話してました、ってことを証明することになるから、ちょっと時間空けてからかなあ」

「そうですね。それより、今は今後のことを話しましょう」

「そうだね。アヤカのことは気がかりだけど、今はそっちを優先しようか」


 内容が内容だけに、空気がピリつくのがわかった。


「クレハ、君の知っていることを話してほしい」

「はい。といっても、皆様とわたくしの知り得ていることにはそう大きな違いはありません。唯一あるとすれば、それは『楽園計画』の存在でしょうか」

「楽園計画? カンナは聞いたことある?」

「いえ、初めて耳にします。楽園計画とは何なんですか?」

「全貌はわたくしも知り得ません。ただ、シャドウの存在が大きく関わっているのは間違いありません」


 クレハは「それから」と、一呼吸置いて続ける。


「連邦生徒会長は少なからずそれを知っているはずです」

「なるほどね。クレハはそれを知っていたから、初めて私と会ったときに、マリアが隠し事をしているって言ったんだ」


「はい。恐らくですが、楽園計画はわたくし達の出自そのものにも関係しているはずです。貴方様とお会いする以前、各地の廃墟を探し回っていたのですが、そこかしこでこの名前を見ましたので。重要な何かであるのは間違いないはずです」

「楽園計画か……」


 今になって、マリアから依頼されている遺跡発掘の件がボディブローのように効いてきている。あれは建物自体がオーパーツというくらいだ。きっと何かを得られるに違いない。


 本当なら今すぐにでも調べに行きたいところだが、戦力が足りない。せっかく目の前に餌があるのに食いつけないというのはなんとももどかしい気持ちだった。


「真相を究明するにも、あまりに戦力が不足しているからね。気にはなるけど、暫くの間は日々の業務をこなすしかないだろうね」

「そうですね。業腹ではありますが、その過程でわたくし達の味方となってくれる方も出てくることでしょう」

「目下、可能性があるのはアヤカさんでしょうね。しかし、仮に全部を聞かれていたとしたら、ユウさんはどうするつもりですか?」


 私は「そうだねえ……」とだけ返して思考の海に潜った。


 カンナとクレハ、それからイブに関してはそれぞれラクトゥス、蔵白ユイナさんの件と理由があるから自分でも引き込むに足る納得ができている。しかし、アヤカは別だ。彼女に関しては完全に事故のようなものだ。


 カンナとクレハのようにラクトゥスをしたわけでもない。イブのように避けようのない理由の末に、というわけでもない。むしろ、こちらに非があるようなものだ。

 

 何も知らなければ、これまでと変わらない日々を過ごすことができたはずなのだ。無理にこちらに引き込むような真似はしたくない。


「やっぱり、一度本人と話してみて、かな?」

「そうですか。話し合いの場にはわたしもついていきますので、声をかけてください」

「いえ、その場にはわたくしが行きますので貴方は留守番をなさっていてください」

「断る」

「そう言わずに了承していただけると助かるのですが?」


 二人のキャットファイトを尻目に、緊張の糸が切れてしまったのか私は大きなあくびをしてしまった。いい加減身体が睡眠を欲していた。そんな様子を見ていたイブが、


「寝る時に抱きまくらなどいかがです? 私は体温を調節できますので快適な眠りをサポートいたしますよ?」


 何も聞かなかったことにして、私は私室へと向かった。

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どうしようもない世界に舞い降りた天使たち 山城京(yamasiro kei) @yamasiro

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