第11話 動乱の総括
〇スレイプニル第三会議室
第三会議室は広めの会議室で、大きなモニタービジョンが正面壁一面にあり、その前に教壇の様な机、その先に規則正しく並べられた机が並んでいた。
窓や装飾等は無く、会議に必要な物だけが十二分に揃えられている。
ディーサイド部隊一同が集められ、教壇の前にはエメルダとヨルダ、教壇の上には清が鎮座している。
達人は机に足を放り出し、帽子を顔に被せて鼾をかいていた。
そんな姿をリーデルが汚物を見る目で睨み、横でタリアが乾いた笑いを浮かべていた。
他にもクルサリーダに関わるスタッフ多数が出席していた。
【ヨルダ】「では、今回分かった事を纏めていく
クルサリーダはパイロットの同調により動かせる事が判明した
これはライトが意図的に作ったのではなく、そうなったっという事だね」
ライトは無言でコクコクと頷く。
【ヨルダ】「つまり、ライト以外では制作不可能であり、量産出来る戦力にはなり得ないっという事だ」
【エメルダ】「そうか・・・残念だな
遺骸との戦闘において、有利に働くと思ったのだが・・・」
【清】「例えライトが他に作ったとしても、ライトが搭乗しなければ動かないなら意味は無いでしょ」
【アナスタシア】「確かに・・・」
ライトは自分の手を見つめ、クルサリーダを思う。
今まで何にも出来なかった自分、魔法も使えず落ちこぼれで、虐げられて来た自分がこうして期待をされている事が信じられなかった。
何より、こうしていられる道を繋げてくれたヨアンに熱い思いがこみ上げてくる。
【ライト】「ヨアン・・・」
少しぎごちない優しい微笑みが脳裏に蘇り、溢れ出しそうになる涙を強引に腕で拭う。
そんな様子を帽子の隙間から達人は黙って見つめていたが、直ぐにいびきをかき始めた。
【清】「次に重要なのはクルサリーダの運用ね」
【アナスタシア】「そ・・・そうです、それです」
鼻息荒くアナスタシアが立ち上がる。
【リーデル】「たまたま上手くいったからって調子に乗るんじゃないわよ!
元々、アレはわたしがやったんだから!」
【タリア】「どうどう・・・」
興奮してアナスタシアに掴みかかりそうなリーデルをタリアがなだめる。
【ヨルダ】「そこうるさい、黙れ」
【リーデル】「はぁ?誰に向かって言ってるのよ?
このがり勉小僧が」
【ヨルダ】「そこで野生動物並みに興奮している赤毛の雌に言ってる」
飛び掛からんとしているリーデルを必死にタリアが抱き留めているが、限界は近いかもしれない。
【エメルダ】「話が進まないから、少し大人しくしていろリーデル」
エメルダの一喝に、不貞腐れながら大きく音をたてながら乱暴に座る。
清は大きく溜息をつきながら、中央のモニターに大きく表示されているクルサリーダを指さす。
【清】「今回判明したクルサリーダの運用方法なんだけど、おそらく私達の世界のアニメと同じだと分かったわ」
【エメルダ】「分からない単語が幾つか混じっているが、とりあえず動かし方と変身について分かったという事か?」
【ヨルダ】「ああ、そう思って貰って構わないよ
僕とヨーク、そして清と議論を交わした結果だよ」
眠そうにヨークも前に立ち、ライトや達人、アナスタシアのデータを表示する。
【ヨーク】「あ~~~~無駄な事にエネルギー使いたくないから、説明は一回ねぇ
しっかり聞いて、無駄に聞き返すなよぉ~」
相変わらずの低回転運用の間延びした口調で語り始める。
【ヨーク】「まず、クルサリーダ運用時のライトとぉ、達人のデータなんだけどぉ
動かない時とぉ、動いている時のデータを比較してみたのぉ」
画面が移り変わり、様々に色分けされた二人の身体のデータが表示される。
【ヨーク】「動かない時に比べてぇ・・・ぐぅ」
【清】「寝るな!」
清の肉球突っ込みではっと顔を上げてどこまで話したのかを確認する。
【ヨーク】「ああ、そうそう脳の前頭部の活動に非常に類似した動きが見えるのぉ」
【ライト】「脳の動き?」
【ヨーク】「そうよぉ、つまり同調、シンクロしているって事だねぇ」
【ライト】「どうして、シンクロですか?それになると動くんですか?」
【ヨルダ】「そこは僕から説明しよう
ヨークに任せると夜が明ける」
【ヨーク】「あはぁ、頼んだよぉ」
そのまま教壇につっぷして居眠りを始めるヨークの頭に清が飛び移り、がっくりと肩を落とす。
【ヨルダ】「これはクルサリーダが動くシステムに関係しているんだ
端的に言えば、ライトは心臓、達人は神経、そしてリーデルやアナスタ シアは脳という事だ」
会議室がざわつく。
各々の疑問や不安が言葉として出てしまうのだろう。
【ヨルダ】「皆の疑問はもっともだ
もう少しかいつまんで話そう」
ヨルダはクルサリーダのデータと三人のデータを表示する。
【ヨルダ】「まずライト」
ライトは、視線が集中した事でどぎまぎして俯いてしまうが、頭を振って顔を上げる。
そんなライトを見て、ヨルダは小さく頷き目を見つめたまま話し出す。
【ヨルダ】「ライトはクルサリーダにとっての活動エネルギーであるオドの核であり、心臓だ
達人やリーデル達が乗ろうとライト無くしては絶対に動かない」
【エメルダ】「エネルギー供給源としての心臓という事か」
ヨルダは大きく頷く。
【ヨルダ】「クルサリーダの修復に、ライトの魔力を込めた魔石を使った所、修理が出来た
つまり、クルサリーダはライトあっての物という事だ」
【ライト】「僕・・・あっての・・・」
【ヨルダ】「ライトのオドの巨大さは歴史的に見ても規格外ではあるが、どうしてライトのオドだけが、その様な性質を持っているのかは分かっていない
これからの研究課題だろう」
【エメルダ】「クルサリーダを運用していこうと思ったら、絶対にライトは失えないという事だな」
【ヨルダ】「そうなりますね
次に達人」
達人の様々なデータが表示される。
【ヨルダ】「達人や清の身体がライトの作り出した魔法金属で出来ている事は周知ですね
つまり、達人だけがライトのオドのコントロールが可能だと推察出来ます
神経であり、筋肉なんです」
【アナスタシア】「清ではダメなんですか?」
【清】「私はお兄ちゃん程フィジカルモンスターじゃないから無理ね
ライトの巨大なオドをコントロールするのはお兄ちゃんだからこそって感じ
お兄ちゃんの才能ね」
【エメルダ】「・・・確かに底がしれない何かを持っているな」
【ヨルダ】「どれだけライトのオドがクルサリーダを満たそうと、それを活用出来なければ意味が無く、クルサリーダは動かないという訳だ」
【ライト】「・・・そうなんだ」
ライトは自分の後ろで豪快に寝ている達人を見た。
粗野で粗暴だけど、達人は人を惹きつける何かを持っている。
本来、ライトにとって一番苦手な人種であるのに、何故か達人には親しみを感じてしまう。
【ヨルダ】「つまり、達人もクルサリーダの運用には不可欠な人材だ」
【エメルダ】「・・・まぁ達人をどうこう出来る奴はそうそういないだろうがな」
一同は大きくうんうんと頷く。
【エメルダ】「要警護はライトだけって事になりそうだな」
【ライト】「そんな、僕を警護だなんて・・・」
【清】「ライトはもう少し自分の価値を引き上げるべきね
謙虚は美徳ではあるけど、過ぎれば卑屈だよ」
【アナスタシア】「そうですよ
ライトはこれからの世界に必要な人材です!」
興奮気味に詰め寄って来るアナスタシアの迫力に圧されながら照れている。
【リーデル】「デレデレしてんじゃないわよ!
あんたはわたしの従者なのよ!分かってるの!」
【アナスタシア】「もうライトはあなたの従者ではありません
軍預かりの貴重な人材です」
【リーデル】「はぁ?お父様がそんな事許すわけ無いでしょ!
分かってるの?七大枢機卿の一人なんだからね!」
【アナスタシア】「有名ですもの、知らない訳ないでしょ
でも、それとこれは別問題ですから」
【リーデル】「ちょっと焼き殺してくるわ」
【タリア】「まじ勘弁!」
タリアの制止を必死に振り払おうと暴れまわるリーデルを放っておいて話は進められた。
【ヨルダ】「クルサリーダが動くだけなら、ライトと達人だけでも可能という事です
それは最初の巨人遺骸との戦いで証明されています」
【エメルダ】「だが、あれは操縦していたというレベルではないぞ
辛うじて動いていたレベルだ」
【ヨルダ】「それは、三人目のリーデルやアナスタシアの話に関係しています」
【エメルダ】「ほう・・・」
【ヨルダ】「クルサリーダの変身は、三人目のパイロットの特色を強く反映しています
つまり、魔法を司る脳の働きであり、魔法回路を担っていると考えられる」
【アナスタシア】「私が・・・」
【ヨルダ】「今回「シン・サフィウス」に変身した事で清の仮説がほぼ正解だと分かりました
三人目がシンクロする事でクルサリーダは変身する事はまず間違いありません」
【エメルダ】「だが・・・誰でもという訳にはいかないっと・・・」
自分の不甲斐ない姿が浮かぶ。
アナスタシアは間違いなく自分より格下だ・・・だが、結果として成功したのはアナスタシアで情けなく叫ぶ自分を思い出しぎゅっと身を抱きしめる。
【ヨルダ】「シンクロは元よりかなり難しい事です
知識としてはありますが、魔法にはあまり関係が無いという事で学術として成立していません
この点においては清の協力が不可欠だと考えます」
【清】「そうは言われても、精神学は多少の知識しか持ってないからねぇ
大雑把にシンクロとは言ったけど、どうすればとか、何をすればとかは手探り」
【ヨルダ】「それでも、それに縋るしかない
協力は惜しまないよ」
【エメルダ】「それで、運用とどう関係してくるんだ?」
【ヨルダ】「二人でもシンクロするのは難しい・・・それを三人で行うとなれば至難の業と言わざるえないでしょう
それ程、シンクロ状態で運用するのは難しいんです」
【清】「つまり、ライトとお兄ちゃんだけでも、最初の戦いでの動きしか出来ない程のシンクロだったという事」
【ヨルダ】「さっきは例えでアナスタシア達を脳と言いましたが、実質は一つの身体に三つの脳がある状態です
目の前に飛んできた石をあなたはどうしますか?」
ヨルダに指差され、タリアが私とっと確認した後、少し考えて。
【タリア】「さっと避けるかな」
【ヨルダ】「君は?」
アナスタシアは、少し状況を考えた後。
【アナスタシア】「剣の柄で跳ね上げます」
ヨルダは黙ってエメルダを指さした。
【エメルダ】「この私に石を投げるような馬鹿者にはじき返すな」
【ヨルダ】「この様に、一つの事象に対して三者三様の判断をする訳です
シンクロとは、これを同じ行動の判断を自然に行うという事なんです
難しさが分かって貰えましたか?」
【タリア】「でも、シン・サフィウスにまで変身出来るんなら、もうシンクロは出来てるんじゃないの?」
【ヨルダ】「ああ、当然の疑問だね
データを検証してみて、僕達が出した結論はクルサリーダとしての運用は精々10パーセント、サフィウスに至っては3パーセント程度だとみている」
【リーデル】「はぁ?そんなの動いてないに近いじゃない」
【ヨルダ】「その通りだ
それでいて、あの強さ・・・味方ながら寒気がする」
【アナスタシア】「で・・・でも、もしシンクロ率が100パーセントになったら・・・どれ程の強さが・・・」
【ヨルダ】「既に予測出来る範疇を越えてる存在だからな
分からないとしか言えないな」
【アナスタシア】「・・・」
アナスタシアの脳裏に天使レベルにすら対抗出来る力として、サフィウスを感じていた。
今まで手も足も出ず、どんな手段も届かないかった相手に通じる力。
無意識に握りしめた拳は力を籠めすぎて白くなっていた。
【ヨルダ】「何はともあれ、最初の課題はシンクロ率だ
最低でもクルサリーダで30パーセント、サフィウスで10パーセントを達成出来なければ作戦として組み込む事は難しいとだけ言っておこう」
【エメルダ】「・・・強引にシンクロを行う事は出来ないのか?
例えば、催眠等を使ってシンクロ率を上げるとか」
【清】「ほら、ヨーク
出番、出番」
気持ちよさげに寝ているヨークの頭をべしべしと叩くが、全く起きる気配が無い。
清は前足を自らの目前に掲げると、ジャキっと飛び出した爪をヨークの尻に向けて突き立てるのだった。
パンツを切り裂く悲鳴を上げてヨークが起き上がり、状況を説明されて頭をぼりぼりと掻きながら眠たげに目を擦る。
【ヨーク】「んぁ~催眠を使ったシンクロ率の事なんだけどぉ・・・
ちょっと無理かなぁ~」
【エメルダ】「何故だ?
戦場では鎮痛や精神安定の為に使われた記憶があるが?」
【ヨーク】「対象が単体ならぁそれでもいいんだけどさぁ
考え方も動き方も全く違う二人、または三人を催眠でシンクロさせるとなるとぉそう簡単じゃないんだよねぇ
まず、催眠だとぉ脳の活動は著しく低下するしぃ、その上でシンクロさせるとなるとぉ最小の一致する部分を同調させるレベルになるとぉ思うの
んでぇ、計算してみると精々3パーセントレベルが精々だし、朦朧とした状態での戦闘運用なんて馬鹿なの?て感じぃ」
【エメルダ】「それもそうか・・・」
【ヨルダ】「今はここまでだ
クルサリーダについてはまだまだ謎が多く、研究していくしかない
シンクロ率の上げ方だが、現状パイロットがお互いの事をよく知り、理解する事が最善の手だ
だから、パイロットに選出された者は積極的に相互理解に努めてくれ
他の手段や訓練等は追って考える」
ヨルダがそう場を閉めようとした時、アナスタシアが真っ直ぐに手を上げた。
【ヨルダ】「何だい?質問に答えられる程何かは無い筈だが?」
【アナスタシア】「いえ、クルサリーダの話ではありません」
【ヨルダ】「それじゃ・・・なんだい?」
アナスタシアは一つ気合を入れると、くるっとライトに向き直る。
そして、決意の光が宿った瞳で真っ直ぐにライトを見つめた。
【ライト】「・・・?」
【アナスタシア】「ライト君・・・」
大きく息を吸い込み、呼吸を整えると赤味が増した顔を上げて、しっかりとライトを見つめ・・・
【アナスタシア】「私と・・・結婚して下さい!」
会議室が凍りついた。
達人だけが口笛を吹いてにやけていたが・・・。
ライトは目は点になっていたが、あわあわとしてながら。
【ライト】「え・・・ああ・・・そんな事ですか・・・ええ・・・」
【達人】「しっかりせぇや」
【ライト】「ほげぇ」
達人の踵がライトの脳天に炸裂する。
鈍い音が一同の意識を凍結から解放し、視線は一気にアナスタシアとライトに集まった。
【ライト】「ぶぐぅ・・・はっ!僕は一体」
【リーデル】「ちょ・・・・ちょちょちょちょちょ・・・ちょっと何言ってくれてんのさ!」
【アナスタシア】「あら、ライト君にプロポーズしているんですが」
【リーデル】「何突然言ってるのよって話でしょ!馬鹿なの?馬鹿よね?バカなんだわ!」
【アナスタシア】「あら、私は本気ですわよ」
ぎゅっとライトの手を握り、真っ直ぐに見つめる。
【アナスタシア】「あなたが必要なんですライト君
ですが、今の私に差出せるモノは私自身しかありません
私の身も心も捧げます・・・だから、ライト君」
ずいっと顔を近づける。
アナスタシアの息がかかり、ふわっと優しい花の香りが鼻孔を擽る。
【アナスタシア】「私の伴侶としての道を歩んで頂けませんか?」
【ライト】「あ・・・あの・・・僕は・・・その・・・」
【ヨルダ】「ライト」
はっとして、ヨルダを見る。
ヨアンに似た顔立ちのヨルダを見て、ヨアンの想いが蘇る。
ライトはしっかりとアナスタシアの瞳を見つめ。
【ライト】「アナスタシア様
お気持ちはとてもありがいのですが、今の僕は誰の想いにも応える資格はありません
こんな僕の為に命を掛けて道を作ってくれた人に胸を張って誇れるようになるまでは、僕は・・・」
一同は動向を見守るが、静寂を壊したのは、、、。
【達人】「もういいか?腹減ったんだけどよ」
雰囲気も空気も読まない達人に張り詰めた?空気は崩れ去ったのだった。
アナスタシアは少し寂しそうな表情を作り、小さく肩を落とす。
【アナスタシア】「そうですか、ですが私は諦めませんよ
必ず、私のモノにしてみせます」
【リーデル】「だからぁ、そいつはわたしの物だから!
手を出すんじゃないわよ」
【アナスタシア】「あら、でしたらリーデルがライト君と結婚なさるの?」
【リーデル】「はぁ?なんでわたしがこんな奴と結婚するのよ!
冗談じゃないわ」
【アナスタシア】「でしたら、問題ありませんね」
いがみ合う二人を無視して、達人が立ち上がろうとした瞬間、鋭い眼光で前方にある扉に向けた時、大きな音を立てながら人影が二つ入ってきた。
【大柄な男】「おう、ここに集まってたか!がっはっはっは!
探したぞ、エメルダ」
ぎょっと驚いた表情を見せ、苦々しく口を開く。
【エメルダ】「・・・なんで貴様が来てるんだ?グラント・・・」
グラントと呼ばれた男は2メートルはあろう巨漢で、筋肉質な身体をし、背中に背負った自らの身長に匹敵する2本の大剣を背負っていた。
頭髪は無いが、見事な顎髭が男の屈強さを物語っているようだ。
【エメルダ】「・・・お前も来ていたのか・・・シャリク」
グラントの陰に隠れて小柄な少女が姿を現した。
濃い紫の長髪に、大きな瞳、まるで人形の様な愛らしさを醸し出している。
フリルの多いゆったりとした黒と白のドレスが良く似合っていた。
だが、達人は二人を見て警戒を強めていた・・・特にシャリクと呼ばれた少女に向けて。
【エメルダ】『いや・・・これはナンバーズか・・・』
【グラント】「ん?あれが噂の男か」
思慮に耽るエメルダの横をずかずかと大股で肩で風を切りながら達人の前まで歩み寄ると、まじまじと上から下まで見つめる。
その態度に達人はいら立ちを感じ。
【達人】「おい、おっさん
ちっと礼儀がなってねぇぞ」
【グラント】「ほっ、そうか」
言い終わらぬ内に、グラントの太く筋肉質の腕が唸りを上げて達人を豪快に殴りつけた。
【達人】「ぐぉ」
広い室内が振動で震え、爆発が起こったのかと思う程の轟音が響く。
グラント程では無いにしても、達人の巨体が背後の机や席を弾き飛ばしながら吹き飛び、激しくぶつかった壁は全面に亀裂が入り、達人を中心に凹んでいた。
【グラント】「はっはっは!やり過ぎてしもうたか」
【エメルダ】「はっはっはじゃない!
突然、何をするんだ!」
【グラント】「ん?いや~、どれ程の物か見んとな」
【達人】「そういう事なら・・・遠慮いらねぇよな」
その言葉に振り向いたグラントの顔面に、達人の拳が叩き込まれた。
固い物が硬い物と激突する鈍い音が響く。
グラントは達人の拳を受け、その場に立っていた。
拳を引き、少し距離を取ってグラントを見る。
鼻血が流れているのを舌でべろりと舐め上げると、ニィっと笑う。
【グラント】「おうおう、良いパンチだ
血の味なんて何年ぶりだろうかのぉ」
【達人】「へぇ、だったらのたうち廻って地の味もご馳走してやるよ」
達人の目に凶暴な光が宿り、身体が一回り膨らんだように見える。
口元にへばりついた残忍な笑みに、清が慌てて間に入る。
【清】「だ・・・ダメだよ!お兄ちゃん
本気ダメ!」
【達人】「ざっけんな!売られた喧嘩だ
喜んで買ってやるぜぇ」
【グラント】「はっはっは、子猫ちゃん
大丈夫大丈夫、怪我しないように優しくするからね」
どう見ても殺しそうな一撃を放っていたグラントの言葉に一同ドン引きしていた。
【達人】「わりぃな、俺はてめぇを大怪我させる気満々だぜ」
【清】「分かってる、分かってるよ、その目のお兄ちゃんはまずいって
ほ・・・ほら、おじさんもいきなり殴ってすいませんって謝って!」
【グラント】「はっはっは!それは事が済んでからな」
【達人】「様子見だったけどよ、俺の一撃を受けて鼻血だけってのも、ちっと来たぜ
まぁガチでやるってんなら、そっちの嬢ちゃんも来るんか?」
達人の視線を受けてシャリクと呼ばれた少女の瞳に冷たい光が宿り始める。
一歩歩みだそうとするシャリクをエメルダが手で制し、小さく首を横に振る。
【グラント】「がっはっは!
いらん心配するな!俺だけだ!俺だけ!」
【達人】「まぁどっちでも構わねぇけどよ」
いつの間にか達人は、自らの拳の間合いに入り込み、グラントの鳩尾に重い一撃をめり込ませていた。
【達人】「死んでも文句言うんじゃねぇぞ」
【グラント】「う・・・ぐぅ」
グラントの全身に今まで経験した事の無い激痛が駆け巡る。
これ以上に強い力で殴られた事も、潰された事もある・・・しかし、この激痛はそれらとは全く異質だった。
全身に力を籠めて耐えようにも、痺れて感覚が通らない。
【グラント】「ぬぅ」
重たい音を立てて片膝をつく。
その光景をエメルダは驚愕の表情で見つめた。
グラントのタフさは、知る者にとって有名で一撃で片膝をつくなど想像も出来ない。
苦悶に表情を歪めながら残忍な笑みを浮かべる達人を見て、笑いがこみあげてくる。
【達人】「へぇ、俺のちっと本気の一撃を受けてその程度とは、やるじゃねぇか
やっぱこっちの世界は楽しいぜ」
【グラント】「ふんぬ」
気合籠めると自ら太ももを殴りつけて立ち上がる。
【グラント】「長い事戦ってきたが、この手の衝撃は初めてだ
一体何をした?」
【達人】「言葉の説明より・・・経験してぇだろ?」
グラントに野蛮な笑みが浮かび上がる。
それを受けて、達人にも同種の笑みが浮かんだ。
【エメルダ】「いい加減にせんかぁ!」
見事な飛び蹴りがグランドの背後から頭部を襲い、そのまま床に倒れ込んで動かなくなる。
気勢を削がれた達人が行き場を無くした拳でぼりぼりと頭を掻いて逃げ出そうとするが、振り返った先には猫目が更に吊り上がった清が待っていた。
聴いてるだけで泣きそうになる悲鳴が響き、二人目が床に倒れ動かなくなった。
【エメルダ】「全く・・・考えるより本能優先になる奴は・・・」
【清】「ほんと馬鹿脳筋なんだから」
二人は大きく溜息をついた。
【エメルダ】「それで?シャリク・・・じゃないよな」
【トウエルブ】「うん・・・トウエルブ」
蚊の鳴くような小さな声。
なのにはっきりと全員が聞き取れる不思議な響きの声だった。
じっとトウエルブを見つめ、少しだけ困惑の色が見えた。
【エメルダ】「・・・何をしに来たんだ?」
【トウエルブ】「5番目の召喚者の確認と消去」
淡々と紡がれる言葉。
それ故に、冗談や嘘ではないと全員がはっきりと認識した。
【清】「5番目・・・消去?・・・どういう事?」
【エメルダ】「それは・・・」
【トウエルブ】「言葉の通り・・・召喚者は世界に仇なす・・・
だから消去」
【清】「勝手に召喚しておいて・・・仇なすから消去?
随分じゃない」
【トウエルブ】「・・・」
【アナスタシア】「その話、私も知りたいです」
冷たい視線をトウエルブに向けた。
ひりついた雰囲気が全体を包み、疑心と敵意、そして殺意が入り混じった。
【ヨルダ】「そこまでだ」
張り詰めた空気が一気に晴れた。
疑念とどこかホッとした空気が流れる、、、が。
【ライト】「そこまでに・・・出来ません」
【ヨルダ】「ライト・・・」
いつもの気弱なライトが、この時だけは強い表情でトウエルブを強く睨みつけた。
【ライト】「達人と清は・・・僕を・・・本当に助けてくれました
何より・・・僕の大事な人が命を掛けて召喚してくれた人達です
それに・・・二人が何をしたというんです!
問答無用に消去されなきゃいけない事なんて何もないよ!」
トウエルブから冷たい殺意が沸きあがり、感じ取る事が出来る者は臨戦態勢に入っていた。
【エメルダ】「やめろ、トウエルブ」
エメルダが肩に手を置くと、殺意は霧散し何を考えているのか分からない少女になった。
だが、一同は理解していた。
トウエルブという少女は、必要であれば誰であろうと躊躇なく殺す事が出来る危険な相手だという事を。
【エメルダ】「・・・これから話す事は、一部の者しか知らない事だ
本来、ここにいる誰であろうと教える事は出来ない情報ではあるが・・・
まぁ仕方あるまい」
一息つくと、手で皆に座るように指示した。
全員が着席する。
集まる視線は、それぞれに複雑な光を宿している。
【エメルダ】「実は召喚者は分かっている限り4名いる」
【一同】「‼」
ただ、清だけは驚きもせず身じろぎ一つせず聞いていた。
【エメルダ】「・・・つまり達人と清は5番目に確認された召喚者だ
ただ、問題は4名の召喚者でな
全てが我々の敵に回った」
【ライト】「な・・・んで」
【エメルダ】「何故か?・・・それはどうでもいい
問題は達人達と同じような強さを持つ召喚者が我々の敵側という事だ
ある者は単体で、ある者は組織を作り、ある者は天使と手を組んだ
現在、我々にとって召喚者とは・・・存続を危ぶませる敵という評価が主流になっている」
バン!っと机を叩く音と共にライトが立ち上がる。
【ライト】「そんなの勝手です!
僕達が召喚したんですよ!それなのに勝手に敵認定して・・・
そんなの絶対に認めないです!」
【エメルダ】「なら・・・達人達が多くの罪無き人々を殺した時、君は同じ事が言えるのか?」
【ライト】「言えます!」
躊躇なくエメルダに向かいはっきりと言い放つライトを見て、少し驚いた。
あの弱弱しく、おどおどしていた少年が、今は司令官に対しどうどうと意見を言い放つ。
その成長に目を丸くした。
【ライト】「達人達は絶対にそんな事しません
もし、殺される人がいるなら・・・それは殺される人に原因がある場合です!」
【清】「ライト・・・」
エメルダはそっと目を閉じ、そして強い決意をもってライトを見る。
【エメルダ】「君が達人達を信用しているのは分かる
だが、事実、他の召喚者は敵に回り多くの犠牲を出している
我々は遺骸や天使という強大な天敵、モンスターや魔獣という脅威、そして魔界という反抗勢力があり、そこに新たに召喚者という敵を増やす訳にはいかないっと、上は判断しているという事だ」
一同は言葉も無かった。
港町からここまで達人達と生き抜いてきた事実は、関係は兎も角、何らかの信頼や信用を芽生えさせ始めていた。
だが、清は黙っていた。
何も言わず、何も問わず、ただ成り行きを見守っている。
【アナスタシア】「どうして・・・教えてくれなかったんですか・・・
そんな大事な事・・・」
【エメルダ】「予言者による召喚・・・我々にとってそれがどれ程の意味があるか知らん訳でもあるまい
みな召喚に希望や祈りを込めて待ち侘びている
それが皆の敵になりました・・・等と言える筈もない」
【ヨルダ】「なら、召喚者が起こした事件については・・・どう処理したんですか?」
【エメルダ】「・・・君達が知る必要のない事だ」
【リーデル】「ふざけんじゃないわよ!
こんな腐ったやり方がユニオンのやり方だとでもいう訳
何が司令官よ・・・ただの汚い大人じゃない」
【エメルダ】「・・・そうだな」
飛び掛かりそうになるリーデルをタリアが必死に腰にしがみ付いて止める。
【エメルダ】「時に組織を活かす為に少数を切り捨てねばならない事もある
そうしなければ、もっと多くの物を失う事になるからだ
アナスタシア、お前なら分かるんじゃないか?」
【アナスタシア】「わ・・・私は・・・」
横目で清を見る、
清は何も変わらない、眉一つ動かさない。
ただ、成り行きをじっと見守っていた。
【アナスタシア】「・・・わかりません・・・」
【エメルダ】「・・・そうか」
少しだけ、ほんの少しだけ寂しげな表情を見せたが、直ぐに凛とした佇まいに戻る。
暫し腕を組み何事か思案する。
【エメルダ】「それで、達人達を消しに来たのか?
現状、そう判断するのは時期尚早と言わざる得ないが?」
【トウエルブ】「まだそこまでの命令はされていない・・・
だが、消去命令が出ている召喚者がここにいると派遣された・・・」
【アナスタシア】「この艦にいるという事ですか?」
トウエルブは小さく首を横に振る。
切りそろえられた腰まである長い髪が揺れる。
【トウエルブ】「3番目に確認された召喚者・・・
強力なゴーレムを操り、3つの街を潰した・・・」
【リーデル】「ゴーレム・・・って」
【タリア】「ああ・・・さっきの・・・」
皆の反応にトウエルブはエメルダに顔を向ける。
【エメルダ】「先程、交戦してな
3体の内、2体は破壊したが術者には逃げられた
あれが・・・そうだったのか」
【アナスタシア】「あの山賊まがいな男が・・・召喚者だというの・・・」
【エメルダ】「だが・・・あの3体程度で街を壊滅させる事が出来るのか?」
【トウエルブ】「詳細は分からない・・・
けど、犯人は間違いない・・・だから消去する・・・」
冷たい光が宿る幼さが残った大きな瞳がエメルダを射すくめる。
【エメルダ】「奴等がこのまま引き下がるとも思えん
ゴーレム等そうそう簡単に作れる物ではないが、どれだけの戦力を有しているのかも不明だ
警戒するに越したことはないだろう」
何を考えているか・・・いや、何も考えたはいないのか。
ただただ冷徹な光を宿した瞳でエメルダを見つめる。
【エメルダ】「兎に角、一旦お開きだ
各々部屋にて待機していてくれ」
重苦しい沈黙が広い部屋を押しつぶす。
そして、無言のまま一人、また一人と部屋を出る。
誰も居なくなった広い部屋にはでかい図体の男が二人転がったままだった。
天と地のラグランジュ キツネ丸。 @kitunemaru
★で称える
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