缶コーヒーと私の賞味期限
櫻月そら
缶コーヒーと私の賞味期限
「あれからずっと缶コーヒー飲んでるよね。もう匂いで気持ち悪くなることもなくなったし、好きなの飲んでね?」
「これが意外と
「それなら良いんだけど……」
夫は、かなりのコーヒー好きだ。我が家には専用のケトルやサイフォン、カプセル式のコーヒーメーカーまで揃っている。だけど、私が妊娠中にコーヒーの匂いで気分が悪くなったことをきっかけに、夫は缶コーヒーを飲むようになった。
飲んだあとはすぐに水ですすぎ、ビニール袋に入れてくれる。
我が夫ながら、本当に出来た人だと思う。
してやってるだろ、というオーラさえ出さない。
しかし、もうつわりの症状はない。むしろ、授乳期が終わってからは私もコーヒーを飲むようになっている。
夫にも好きな物を飲んでほしいのだけど――。
最近の夫は、自動販売機で缶コーヒーを買ってくる。自宅近くに設置された、五十円から百円くらいで缶ジュースなどを販売している自動販売機。夫曰く、「珍しい種類も多くて、はまった」とのことだ。
価格が安い理由は賞味期限が近いからだ。中身は安心安全なものなので、財布にも地球にも優しい。夫が我慢しているのではなく楽しんでいるのなら、それで良いかと私も納得した。
――ふと、思った。
「私の賞味期限って、いつなんだろ……」
「え?」
「……え? あ、ごめん! 口に出てた? なんとなくね、自分の賞味期限っていつまでなんだろーとか考えちゃって。ほら、お腹に妊娠線もできちゃったでしょ? 体型もなかなか戻らないし……」
ボディクリームやオイルでケアしているが、妊娠線はまだ消えない。お腹が大きくなり始めた時に、きちんと対策しておくべきだった。妊娠中に増えた体重もあまり減っていない。
ふとした時に感じる自己嫌悪や不安が、無意識に言葉になってしまった。
「……俺がいるかぎりは、半永久なんじゃないか?」
夫は新聞を読みながら、顔色ひとつ変えずにそう言った。
「……そっか」
そうだ、こういう人だった。
キザにも聞こえるような言葉を、サラリと日常会話に混ぜてくる。そして、夫にとっては何でもないその言葉が、いつも私を安心させてくれる。
「ママー、パパー、おはよう」
「おはよう。今日もひとりで起きれたね。えらいえらい」
息子は四歳になってから、目覚まし時計で起きる練習をしている。息子の頭をくしゃくしゃと撫でると、誇らしげな顔で私を見上げてきた。
「ママは、きょうもキレイだね」
「あ、ありがと」
この父親にして、この息子あり。
息子の将来が楽しみなような、ほんの少しだけ不安なような――。
そんな贅沢な悩みを抱きながら、コーヒーカップに口を付けた。
缶コーヒーと私の賞味期限 櫻月そら @sakura_sora
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