第2話希望通り?、転生しました。
むせ返るような花と湿った土の匂いがする。
目を開けると月明かりに照された真っ白な花が視界いっぱいに広がった。
空を見上げると夜空に青くて大きな月が浮かんでいて、ここが地球ではないことが分かる。
あぁ、月が綺麗だな、なんて思いながらぼんやりと「月が綺麗ですね」って夏目漱石だっけ?
福沢諭吉だっけ…?もう、死んだんだから関係ないかなんて思う。
ちなみに、自慢ではないが私の学生時代の国語の成績は芳しくなかったし、読書も嗜んではいなかった。けど、あの頃は良かったな、テストとは言っても一夜漬けでどうにかなる範囲だったもの。これが社会にでるとそうはいかない。いける人もいるんだろうが、私はダメだった。新入社員の頃は、仕事を覚えたそばから、ポロポロと忘れていき先輩に怒られたっけ、ふふ、なんて懐かしき思い出に思いを馳せていても始まらないので、とりあえず、辺りをぐるっと確認してみる。まずは前方、見晴らしの良い崖以上。次に左手、切り立った崖以上。右手、険しい崖以上。目が覚めてからずっと逃避していたが、どうやら私は崖っぷちにいるらしい。わあ、ここならタイタニックやライオンキングもやりやすそう~なんてまた現実逃避しそうになる。最後に後方、鬱蒼とした森以上。森からは生物の気配がしており、入る気にはなれない。
つまり、私は森から突き出た崖にある花畑にいる。転生する直前のことを思い出す。あの女神さま、メヴィーナだっけ?生まれる場所について、話している最中に私のことを転生させたからな。本当なら今頃お金持ちで優しい飼い主さんに可愛がってもらってゴロニャンゴロニャンしてるはずだったのに。ゴミ捨て場とかよりはマシだけど。
ねー!ねー!
考え事おわったー?
あれこれ考えていたら、幼い声が脳内に響いた。ビックリした。驚きすぎてキュウリと対面した猫ちゃんのごとく地面から浮いてしまった。
こら、主様が驚いているでしょう。
だから、主様が自ら気が付かれるまで大人しくしているよう言ったのです。
今度は柔らかい男性の声が脳内に届く。
だってー、あるじ、ずーっと考え事してるんだもんー。つまんないー。
そうだとしても、主様は私達とは異なり前の生がおありなのですから、色々お考えがあられるのです。
なんだか、脳内の会話にあわせて背中と尻尾が動いている感覚がする。恐る恐る振り向くと背中(山羊)と尻尾(蛇)が喧嘩していた。ふぅ、OK落ち着こう。私はできる子だ。私は化け物ではなく、愛くるしい猫ちゃんに転生したはずだ。だって、女神様にそうお願いしたもん!いったもん!心の一部分が幼女になりつつ、自分の身体を確認する。まず呼吸、吸ってー、吐いてー、炎だしてー。わあ、明るい。違うそうじゃない。炎?炎??今時の猫ちゃんて口から炎でるの?何それ、知らない。あれですか、最近流行りのただ可愛いだけじゃなく、可愛いさにスパイスを加えた方がいいよね的な、キモカワイイ的な。それとも、何、女神様に自衛できる力が欲しいって言ったから?まあ、いいや、炎を吐ける猫ちゃんならファンタジー世界ではザラかもしれないし、炎うんぬんはあとで考えよう。次前足、うん、とっても逞しい。後ろ足、前足と同じく逞しい。胴体、大型犬くらい。絶対猫じゃない。炎を吐き出せることを差し引いても、しかもこの状態が子猫なのか成猫なのか分からないけど、とりあえず、この大きさは絶対に猫じゃない。一人撃沈しているといつの間にか静かになっていた脳内に声が響いた。
あるじ、元気ない?
どこか痛いの?
蛇の形をした尻尾が顔を覗き込んでくる。
心なしか目がうるるんとしている。
なんか、可愛いな…。
主様、ご気分が優れないのですか?
反対側から山羊の頭が心配そうに覗き込んでくる。耳がピコピコしている。
先程から言われている主と言うのは私のことだろう。こちらも話しかけようと口を開くとおよそ猫とは似ても似つかない声がでた。
主様、私達と会話をなさる際は心で念じるだけで可能です。心に伝えたい内容を思い浮かべてください。
教えてもらった通りにしてみる。
ねぇ、あなたたちのお名前は何て言うの?
しまった。つい子供に話しかけるように聞いてしまったと思ったが、きちんと反応が返ってきた。
まだねー、ないのー。
あるじにつけてもらいなさいって言われたのー。
私から説明いたします。
私達は主様の身体の一部になります。そのため、名前は主様より賜るよう女神メヴィーナ様から仰せつかっております。
うーん、そっか、私がつけるのか。
あ、ねえ、私の猫種…いや、種族ってなんだか分かる?
種族は、キマイラ
獅子、山羊、蛇の融合体で飛翔が可能です!
獣人と魔物が存在するこの世界では、魔物に分類されます。また、現時点で存在する個体は主様のみとなります。
山羊の子がキラキラした眼差しでこちらを見て答えてくれる。なんと、魔物だったとは。しかも獅子ってことはライオンか。通りで大きいはずだ。というか、この世界動物いないんだ。ということは、この世界の人にとっては魔物が一般的なペットって可能性ってことも?いやいや、そもそもペットを飼う習慣がないかもしれないしなー。うんうん唸っていると、二人が期待したような眼差しでこちらを見てくる。
あるじ、お名前は考えてくれてる?
決まった?決まった?
あなたは、先程から落ち着きがありません!
主様を急かしてはなりません。
山羊の子が蛇の子をたしなめているが、期待で耳が動いている。
うーん、じゃあ安直だけど種族名のキマイラからとって、私はキー、山羊の子はマイで蛇の子はライってことにしようか。
私がそういうと二人とも効果音をつけるならパァァァっという感じで分かりやすく明るくなった。
えへへー!
お名前もらったー!
ライはこれからライなのー!
ありがとうございます、主様。
これからはマイと名乗るようにいたします。
二人とも気に入ってくれたみたい。良かった。ほっとしたらこんな状況なのに眠くなってきた。それに気が付いたマイが話しかけてくる。
主様、お休みになられますか?
この花畑は、主様以外の他の魔物には毒なので寄り付きません。安心してお休みなれます。
そうなんだ。
じゃあ、少し休もうかな。
返事をして丸くなる。花の香りに包まれて心地好い。野宿だけど不思議と良く眠れそうだった。その夜は前世とは違って、一人ぼっちじゃない夜だった。
大きな猫になりたいと願ったらキマイラに転生しました。 花見だんご @hanami_dango
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