嘘ノート

ちょこっと

第1話

 小学校の帰り道。僕はトボトボ歩いていた。もう終わりだ。


 体育の着替えの後に、クラスの女子の財布が無くなった。


 いつも通りの体育、校庭で50メートル走してタイムを計った。

 いつも通りの教室、女子はカーテンで仕切られた中で着替え。


 病院のベッドをカーテンで区切るみたいに、教室の天井はカーテンがスライド出来るようになっている。女子は個室みたいに区切られた中で、男子は普通に教室。

 その女子の机は、区切られた外だった。教室内を区切っているから、皆適当な机の上に荷物を置いて着替える。

 着替えの後に、なくなったらしい。


 終わりのHRの時に、その子が手を上げた。

 自分の財布が無い、今から皆の持ち物確認をしてほしい、って。六年生にもなれば、学校帰りにそのまま塾へ行くんだって、お財布持ってきてる子もいる。


 震える手に泣きそうな声。可哀相だなって思った。


 なのに、犯人は僕だって。たまたま、僕はその女子の机で着替えてたんだ。真っ先に疑われた。


 でも僕じゃない。なのに、その子の財布は僕のランドセルから出てきた。


 頭の中は真っ白。皆がシラーっとした目で見てきた。


 違う!

 絶対に僕じゃない!


 でも誰も信じてくれなかった。

 皆の前で先生に叱られた。もう二度と盗んじゃいけません。そんな言葉が泥水みたいに降ってきた。僕じゃない。

 いつもは友達のユキと帰る。でも今日は一人。だって僕は泥棒って事になったから。僕じゃない。

 一人トボトボ帰る。きっとお母さんに先生が電話してる。僕じゃない。


 途中の交差点で、おばあさんがゆっくり歩いていた。荷物が重たいのか、凄く遅い。ここの信号、早いんだよな。


「あの、荷物、手伝います。ここの信号すぐ赤になるから」


 危ないなって思った時には、声をかけてた。

 おばあさんは少し吃驚した顔をして、すぐシワシワの笑顔になった。


「あら、悪いわねぇ。ありがとう」


 その手提げは小さな△を沢山繋げた模様で、見た目より重くて六年生の僕でも結構大変だった。渡り終わってすぐに信号が赤になった。


「はぁ、本当、あっという間ね。僕のおかげで間に合ったわ。ありがとう」


「いいよ。間に合って良かったね」


 笑顔のおばあさんに手提げを渡した。大事そうに受け取ると、中から一冊のノートを取り出して僕へ差し出してきた。


「親切な僕に、お礼。不思議なノート。僕なら、きっと上手く使えるわ」


 僕の手を取って持たせてくれたのは、学習帳サイズで表紙も裏も真っ白のノート。バーコードも無い。変なの。


「いいよ。別に大した事してないし」


「あらあら、謙虚な僕ね。いいの。良い行いには良い事が、悪い行いには悪い事が、かえってくるものよ」


 返そうとする僕の手を押し返して、僕にノートを渡したままおばあさんは行ってしまった。仕方なく、ランドセルに入れて帰る。





 その夜は最悪だった。お母さんは泣いてて、お父さんは激怒した。僕が違うって言おうとしても、怒鳴り声が被さって言えなかった。


 最悪な一日が終わって、自分の部屋で寝るだけ。宿題忘れてた。ランドセルから宿題を出す時に、ノートに気付いた。勉強机に向かって、真っ白なノートをパラパラめくる。


【このノートに書かれた事は全て嘘です】


 表紙の裏にデカデカと書かれていた。嘘ってなんだよ。ノートを横に置いて、宿題を片付けた。





 次の日、学校に行くと、最悪はまだ続いていた。クラス皆に無視された。

 じわじわ首を絞められるような時間が過ぎて、学校から帰った僕は自分の部屋の勉強机の椅子にドスンと座るなり、突っ伏して泣いた。

 声を殺して泣いて泣いて滲んだ視界に、白ノートが揺らいで見えた。ぽたぽた落ちる涙もそのままに、僕はノートを開いて鉛筆を握った。


 <ぬすんだ はんにんは ぼく>


「……じゃないよ」


 自分の書いた文字に吐き気がしそうだ。僕はノートをゴミ箱に捨てて、ふて寝した。




 次の日、学校に行くと最悪はもう終わっていた。

 泥棒騒ぎがあったなんて嘘みたい。移動教室の間に、友達のユキがこそっと話しかけてきた。


「なぁ、知ってる? 塾ばっか行ってる優等生。あいつ学校に財布持ってきてるんだぜ。しかも結構入ってるっぽい。いーよなぁ」


 そう言ってあの女子をちらっと見る目は、なんだか胸がザワっとした。


「関係ないよ。人の物は人の物だし」


「そーかぁ? あんな机の横の手提げに入れっぱなしでさ。誰かが盗ってランドセルにでも隠したらわかんないよな」


 ザワっとしたのが、確信に変わった。


「知らない。僕は泥棒なんてお断りだ。そんな事したらもう友達じゃない」


「なんだよ。ちょっと言ってみただけだよ」


 その日はもうユキとは口をきかないで帰った。自分の部屋に入ると真っ先にゴミ箱を見た。無い。白ノートが無い。慌てて居間へ走った。


「お母さん! ゴミ箱の中身は?」


「えー、今日燃えるゴミの日だったから捨てたけど」


 居間で寛ぐお母さんの言葉に、僕はへなへな座り込んだ。


 ああ、あのノート。本物だった。本当に、嘘になっちゃうノートだった。今頃は燃えて灰だろう。


 がっくり部屋へ戻った僕は、おばあさんの言葉を思い出していた。


『僕なら、きっと上手く使えるわ。良い行いには良い事が、悪い行いには悪い事が、かえってくるものよ』


 僕は上手く使えたのかな。

 ただ、気付いた事がある。友達のふりして平気な顔で嘘つく奴は居るもんだ。

 いつだって不思議な幸運に助けられる訳じゃない。

 仮面をかぶった嘘吐きから騙されないように、人の嘘を見極められるように、気を付けよう。


 不思議な嘘ノートはもう無いから、僕は僕の見つけた真実を頭の中にしっかり書き込んだ。

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嘘ノート ちょこっと @tyokotto

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