第43話 ベアトは白金貨百枚の価値になる

 ベアトリーチェ生還、そして愚王グスタフの粛清。


 奴隷に変装させておいた百人の精兵の存在と、文官長ブライミントの手腕が発揮され、王国指導部に当日の大きな混乱は発生しなかった。


 ―――― 死んだと思われていた王女の帰還に王城は湧きかえる。


 花火が打ち上げられ、城下と領地内には翌日をまたずに連絡の者たちが走った。

 

 夕暮れと共に、王侯貴族に傭兵団・盗賊団を交えた宴が行われた。


 ルーヴェント達を「下賤の者」と蔑む者もいなかったわけではない、しかし、そのようなことを一切気にせぬ団員達の勢いがあった。

 ご馳走をたらふく味わい、ワインに酔いしれ、奇声をあげて飛んだり跳ねたりと、宴をおおいに楽しんだ。


 帰還を喜ぶ貴族・家臣たちを相手にベアトリーチェも大いにワインを飲み、へべれけに酔い乱れた。

 ろれつの回らないままに楽しそうに喋り、涙ながらに再会した者たちに抱きついていた。


 王宮の楽団がオーケストラを奏でる。

 トランペットが吹きあげるファンファーレ。

 激しくも美しいバイオリンの戦慄。

 勇ましいリズムを刻む打楽器。


 誰しもの心が、カリスマともいえる王女の帰還に、奏でられる音色とともに躍動した。


 □


 その日の深夜。

 エフタル王城の中庭。

 三日月と無数の星が、夜の闇を照らす。


 宴が終わり静まり返った庭に、石造りのテーブルがあり、同じく石の椅子がある。

 テーブルには『ベヒーモス』の酒瓶がひとつ。

 王宮の青いドレス姿に髪を後ろにまとめたベアトリーチェがグラスを持ち、ルーヴェントと向かい合っていた。



 向き合うベアトリーチェとルーヴェント。

 大陸特有の乾いた夜風が吹き、ベアトリーチェのつけた香水が、庭の草木の匂いと混じった。


 《少し》酔いのまわったベアトリーチェにとっては、火照りを冷ます気持ちの良い風だった。ルーヴェントは飲んではいるが、まったく酔っていない。


「きもちいい! この城の中庭にも、こんな気持ちのいい夜風が吹くんですね」

 両手をひろげ、爽快そうな声をあげる彼女を前に、ルーヴェントの瞳は冷静なものだった。

 いや、『冷徹』といってもよかった。


「女狐か、お前。……宴では、さんざん酔ったふりをして愛想ふりまきやがって」

「やっぱり、傭兵団長は見抜いていましたか」

 すでに王宮の堅苦しさに対して、少し疲れたような表情をベアトリーチェは見せた。


「酔ったふりして本音を話して、家臣の反応を見てたんだろ?」

「は、はい。今後は用心深く、家臣を扱おうと思いまして」

 すこし悪戯っぽく頬をふくらますベアトリーチェを見ても、ルーヴェントの冷徹な瞳の色は変わらない。


「悪い考えじゃねえ、よ」

 石のテーブルをコツコツと拳で叩きながら、ルーヴェントは口許だけで苦笑した。このような行動は、以前のベアトリーチェからは想像がつかない。臣下をおさめるにあたり、考えた上での行動は大事だ。


 月灯りを背にベアトリーチェは立ち上がる。星々を従えるように立つ彼女は、ルーヴェントの目から見ても、やはり気品があり凛々しいものだった。


「ありがとう、傭兵団長……」

 今の状況が、自分でも信じられない感じでベアトリーチェは言う。


 ルーヴェントは遠くに視線を移すと、悟られぬように寂しそうな表情を浮かべた。


「礼を言う事はない。お前はきちんと、俺から『納得のいく一本』をとったんだ。その約束を守ったにすぎん。礼を言いたいなら文官長や、俺の配下の者どもに言ってくれ」


「あの、ロンバルディアの私のお店の利益がだいぶ貯まりました。ベラヌールの特産品を売るお店です。あと、盗賊団からの上納金も入りまして」

「そうか、やるじゃないか」


「あ、あの……、その傭兵団長」

 何かを言いたげなベアトリーチェをルーヴェントは察する。


「貯まったのか? 金額が」

「いえ、まだ白金貨十枚ほどです。二十五枚には、まだまだ足りません」


「そうだな、お前は今回の活躍で俺のなかで大きく価値をあげた。一国を奪い取る女なんて、そうそう御目にかかれるタマじゃない。今の、お前の価値は『白金貨百枚』ってところだな」

 理不尽なルーヴェントの言いようだが、ベアトリーチェはどこか満足そうな笑みを浮かべた。


「白金貨百枚ですか! それだけ、傭兵団長のなかで私の価値があがったんですね」

「勘違いするなよ、価値は確かにあがったかもしれん。それでも、金を払わん限り、お前の立場は未だに俺の奴隷のままだ」


「そんなことはわかっています」

ベアトリーチェはすがるような目でルーヴェントを見つめていた。

「褒めては……くれないんですか?」


 ルーヴェントは狼狽した。

 ベアトリーチェに足払いをかけると、芝生の上に押し倒す。ベアトリーチェは「きゃあっ」と少女のような声をあげた。


「褒めてやるよベアトリーチェ、お前は最高の女だ」


「ここで王女の仕事をするのは許してやる。だが俺が呼び出したらすぐロンバルディアに出向いて俺の相手をしろ、俺の要求にはすべて応えるんだ」

 ルーヴェントは、吐息がかかる距離まで顔を近づける。


 ベアトリーチェの肌からは香水の匂いがした。


「嬉しいです、傭兵団長。貴方に欲してもらえるのなら」

ルーヴェントはベアトリーチェを見つめたままだった。



「私はまだ、貴方のなかでは小娘なのですか?」

問うような視線でベアトリーチェは見つめる。

「そうだな、小娘だからこそ……仕込み甲斐があるのかもしれん」


 抑え込まれていたベアトリーチェは、ルーヴェントの背中に両腕を回し組み付く。

 クルリと回転し、二人の上下関係が入れ替わる。


「では早速ここで、その小娘に……仕込んでいただけますか? 傭兵団長・」

 髪留めが解かれ、襟を胸の半分がみえるまでに開いていた。石鹸と汗の混じった匂いが立ちのぼる。


「いい庭だな、お前も良い声で囀って見ろ」

 骨がきしむほどに強くベアトリーチェは抱きしめられる。声をあげる間もなく強く唇を吸われた。

 布の裂ける音がすると、星の降る中庭にはベアトリーチェの押し殺した声が静かに響いた。


 ルーヴェントは執拗に、ベアトリーチェを責めた。


 ---今夜が、最後の賭けかな

 何かを求めるように、ルーヴェントはつぶやく。

 何かを求めるように、ルーヴェントはベアトリーチェを追い込んでいった。 

 





 かくして、【エフタル王国の王女ベアトリーチェ】は黒鷲傭兵団の力を借り、国王代理の座につき王権をにぎる。


 ガシアス帝国への献上品さながらの輿入れ、その行列壊滅から数ヶ月を経ての生還、そこから愚王グスタフの討伐劇は、エフタル国民に強烈な印象を残し、凄然せいぜんたる輝きを放った。



 ベアトリーチェはガシアス帝国への奴隷献上策の取り下げを宣言すると、さらには全面降伏をも撤回する。臣下、国民の士気は大いに高まったが、ガシアスとの戦火が近づくのは避けられないように見えた。


 ―――― さて


 【マティウス】率いる百人の盗賊団は、戴冠式を待たずベアトーチェの私兵として召し抱えられベラヌールから本拠地をエフタルへと移転する。

 ロンバルディアの街にあるベアトリーチェの立ち上げた『ベラヌール特産品店』は、マティウスの恋人【ユーナギ】が継続して経営を行うこととなった。


 傭兵団副官のひとり【ディルト】と【侍女ロザリナ】は籍を入れると、ロザリナは王宮の侍女長に復帰する。ディルトはエフタル第三騎士団長として登用されると、その指揮と武術指導をまかせられ、夫婦でベアトリーチェの臣下となる。

 ディルトは傭兵団を離れることとなった。


 例の【三人組マピロ・マハマ・ディロマト】は、エフタル近衛兵としてベアトリーチェの身辺警護役に引き立てられる。近衛兵とはいえ、エフタル王国では下級貴族の立場に任ぜられることとなり、彼らにとっては驚愕の出来事となった。

 

 

 そして、【奇術師にして智将ステファノ】はベアトリーチェの熱心な誘いを受けるが、傭兵団に留まる事を決意する。


 【ルーヴェント】は黒鷲傭兵団の団長でありつづけ、【カシス】と【ユキ】もルーヴェントの側につく。

 彼らが王宮に入ることはなかった。



■■

作者より

物語本編は、残り1話の44話を持ちまして終了します。そこから4話を用いたエンディングとなります。

さて、物語的にルーヴェントの過去を理解していないと全く意味が通じない話になりますので以下の 第34話をご覧になっていらっしゃらない方は、御一読下さいませ。


第34話 幕間回・重要『彼がクレイヴァスだった日』 ルーヴェントの過去

https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668706997510


さらに参考として以下の話も理解しておいていただくと助かります。

・第15話 幕間回・ルーヴェントと貴娼セントリーシア ♥♥

https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668449641975

・第33話 釣り回・ルーヴェントは魚釣りに出かける

https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668706911544




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