第15話 幕間回・ルーヴェントと貴娼セントリーシア ♥♥

 *すべて性的描写の回です*






 ガシアス帝都。

 高級娼館に俺(=ルーヴェント)はいた。


 そこは王室や高級貴族のお抱えであり、要塞のような造りの娼館だった。通路は迷宮になっており、天井裏すら侵入できないつくりになっている。

 俺のいる最奥の部屋では、通常の三倍の量の紅抹香(=べにまっこう・媚薬)が焚かれていた。通常の娼婦であれば、それこそ理性を失い発狂しかねない量である。


 紅色の煙は傷だらけの、しかし筋肉が逞しく隆起した俺の身体にまとわりついた。

 光沢を放つシーツに裸で横たわる女に覆いかぶさり、その香に惚けた表情をしばらく見下ろし眺める。


「殿下、ずっと、お待ちしておりましたわ」

「セントリーシア……会いたかったぞ」

 エメラルドグリーンの長髪に深さを湛えた金色の目が、俺を見上げてきた。

 俺を誰かと間違うはずはない、客はみな『殿下』と呼んでいるのだろうか。


 しなやかな腕が俺の背中に伸び、悪戯っぽく尖った爪を立ててくる。俺は中指と薬指を女の上の口に差し入れ、柔らかい舌に唾液と共に絡ませた。


《ここには何人かの監視が、潜んでいるんだろ? ずっと惚けたふりをしてろ》


 目線をいったん外すと、ふたたび合わせて意味をさとらせた。口に二本の指を挿されたまま上目遣いで、女はうなづいた。


 しばらく指で女の口をなぶりりつづけると、女も絡み合わせるように指を吸った。唾液の混ざった音が室内に響くと指を抜き取る。


「ずっと、逢いに来てくださいませんでしたから、……わたくしは」

「俺も、暇をみつけられなくてな」

 女は愛おしむように、俺の胸から腹へと丁寧に、そして何度も指の腹でなぞっていく。


 相変わらず紅抹香の香りが、強く鼻につく。客の俺まで淫気にやられてしまいそうだ。



 ――― 今日はいくら必要なの?

 女は少し媚びた表情と、唇の動きだけで伝えてくる。


 『白金貨で二十枚』

 俺は指の数だけ見せて、そう伝える。



 体をなぞる柔らかい指先に、同じく俺自身の指先を重ね、硬いものへと導いた。

 女の口元がさらに惚けたようにひらいていき、顎があがってゆく。やがて、甘い匂いのする吐息が顔にかかる。

 柔らかく濡れているものが、俺の腿を包みこみ這っていた。


 後宮の媚術を学んだのだろうか、淫らな動きのなかでも、その挙措きょそには品格があった。ロンバルディア娼館の上級娼婦と比べて完全に格というものが違っている。



 ―――に抱かれたわ


 女は唇の動きだけで、そう俺に伝えて来た。

 美しい唇の動きだった。

 


 ふと見上げると、見事な石で作り上げられた部屋だった。

 上位の王侯貴族が通う高級娼館だったが、時に『皇帝』までもが忍びで来ることがあると情報屋から聞き、俺はそこに賭けていたのだ。


「いい働きじゃねえか」

 顎を手で掴み、囁くように告げた。



 気品のある顔立ちからは思いもよらない、どこか少女のような声を女は上げる。

 その澄んだ声が頂きに昇るまで、俺は丁寧に抱きすくめ導いた。


《 『皇帝』の歓心を買え、懐に入り込むんだ 》

 

 手を置いたのは、柔らかくも朱に上気した胸のあたりだった。

 横になったまま息を乱している彼女に、これも唇と目の動きだけで伝えた。


 セントリーシア……

 心の中で女の名を呼ぶ。


 ――― クレイヴァス…… 

 彼女もまた、唇の動きでだけで俺の『本当の名』を呼んだ。


 ふたたび肌を重ね合わせるとそれだけで、しばらくの間、たがいに何もいわなかった。

 昔と変わらぬ女の体温に、尖りついた心の何かが溶かされていくような気がした。


 女は、いまだ紅抹香の香りに呼吸を乱している。


 少し、眠ったのかもしれない。


 耳元に顔を寄せ、潜む何者にも聴き取れない声で、

 俺は別れをつげる。



「また来るよ……姉さん」




 *

 第二章 ベアトは脱出を試みるが……   終了

 *

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