第14話 ベアトは剣術師範になる 

□第14話はベアトリーチェの視点で物語が進む


「なあ、ベアトリーチェ。俺を殺せたら、お前は自由の身だぞ。いつでも、かかって来い」


 私を雑に、そして強引に抱きながら、傭兵団長はそう言った。身体と心が内側から壊されてゆき、情交の喜悦など全くなく、苦痛に叫んでいた。


 ―――ベアトリーチェ、俺を殺せたら、お前は……


 何ひとつ入ることはない私の心に、しかし何故かその言葉はつよく染み込んでいた。



 一度夜中に目が覚めると、私はユキのベッドに寝ており、体には柔らかい毛布が掛けられていた。硬い床の上で抱かれたせいか全身あちこちに痛みがあったが、気になったのは下腹部の痛みだけだった。

 それでも不思議なことに、隣に眠るユキの存在と、かけられた柔らかい毛布にはどこか安心感があり、私はふたたび眠りについた。



 次に目覚めたのは夜明け前で、三人の団員に起こされた。起こし方は、とても優しいものだった。

 私は泥酔している彼らと同じ木の床の上で、夜のあいだ傭兵団長に激しく抱かれた。私の上げた声や床のきしみは、彼らにも伝わっているはずだ。


 彼らは、私を『監視しないといけない』という名目で、ユキの許可を取り、街を走る行為に付き合わさせた。スカートでは走りにくいので、ズボンを用意してもらった。

 どうやら、彼らは走って体を鍛えるつもりらしい。

 私からすると、まったく大したことのないものだったが、彼らにとってはきつい運動だったらしく相当にへばっていた。


 それから驚いたことに、街の掃除を始めた。彼らが言うには『自主的』にやっているとのこと。私は掃除には加わらず、夜明け前の空や街並みをながめたり、彼らが時折話しかけてくるつまらない話を聞かされたりした。

 彼らの話は本当につまらなかったが、自治領の街並みは王都とはまったく違った雰囲気であり、こちらは新鮮なものがあった。


 三人組は、昨日あれだけ酒を飲んでおきながら、意味がわからないくらいに元気だった。


 日が昇ろうとしていた。

 ロンバルディアという彼らの街に、赤い飴玉のような朝日がのぼる。三人組は何が楽しいのかわからないが、朝日にむかって叫んだり飛び跳ねたりした。

 私はぼんやりと、そんな彼らをながめている。



 □


 彼らと館に戻ると、ホールのカウンターではユキが待っていて、笑顔で一台のテーブルを指さした。そこには四人分の朝食が準備してあった。


 薄切りのハムが乗ったトーストと、湯気を立てる暖かいクリームスープ、そして濃い野菜ジュース。このように傭兵団の館では、団員に給与天引きで一日二食が提供されているという。

 私の朝食の代金は気にしなくていいと、カウンターのユキが説明してくれた。

 また昨夜、酔った三人組が言っていたが、この館の他にも団員のために寮を建築中らしい。


「お~いベアトー、団長から『十時に訓練場に来いっ』て伝言だ。訓練用の木剣は武器庫にあるから準備しとけって」

 カウンターで書類をながめていたユキが声をかけて来た。傭兵団長が私を訓練場に呼び出すとは一体何の用だろうか。


「……わかった。ねえ、今、傭兵団長は?」

「団長は、ディルト達と長駆の訓練中だ。十時には確実に帰って来るから心配しないで」

「そう……」

 ユキに返事を返して、三人組の待つテーブルへと向かった。傭兵団長が館にいないというだけで、私は安堵した。


 彼らと朝食をとり、しばらくのんびりして館の裏にある訓練場へと行く。

 訓練場といっても整地された砂地のただっ広いグラウンドにすぎなかった。ここを十周も走れば三人組にはよい訓練になるだろう。


 空は高く感じ、吹いてくる風は汗を吹き飛ばすようで心地よい。


 十時まではまだ時間があり、監視の名目でつきまとう三人組は、それぞれ木剣を持ってきて素振りを始めた。


「師範! おいらの剣の振り方はどうですか?」

 ディロマトが汗をダラダラ流しながら笑顔満開で聞いてくる。

「……師範、だと?」

「ええ、ベアトさんっていう『さんづけ』の呼び方はダメだってユキさんから言われてるっす。だから、師範なら問題ないっす」


「ふむ、そうだな、まず重心位置が後ろすぎなんだ、あと基本的なことだけど肩に力が入りすぎている」

 私は無表情にそう言うと、ディロマトの腰を軽く蹴飛ばす。肩に手を当て、数回ポンポンと叩いた。

 そうしていると当然のようにマピロとマハマも、指導を求めてまとわりついてくる。正直うざったいが、時間を潰すには丁度よいので相手をつづけた。



 ふと、訓練場の気配が変わったのを感じた。

 それは数頭の獣に狙われているような気配で、私は無意識のうちに三人組をかばい木剣を構えていた。


「おいテメエら、誰の許可を得て、俺のベアトといちゃついているんだ?」

 吐き気を催す、あの重く低い声が私の体を貫くように響いた。


 □

(ここからはルーヴェントの視点で物語は進む)


「この人たちは私の監視役でしょ。時間まで素振りの仕方を教えていたのよ、いちゃついてなどいないわ」

 三人を守るように木剣を構えるベアトリーチェは、俺(=ルーヴェント)に対して緊張感と嫌悪感をあらわにした。昨夜の様子と比べ、かなり気力を取り戻しているように見える。

 

参謀面の副官カシスと、武力面の副官ディルト。この二人を従え訓練場に来た俺に、三人組は完全に硬直している。


「はははっ、そうだな。お前が、野郎どもと楽しそうにしていたんで嫉妬してしまった。三人は自由にしてていいぞ」

 その場を適当におさめて、本題に入ることにする。

 しかし、ベアトリーチェにかけた俺の言葉にイラついたのか、隣にいたカシスがあからさまに舌打ちをし、ディルトがなだめるようにその肩を叩いた。


「ベアト、しばらく午前中は剣術を始めとした格闘術の訓練をしろ、これは『奴隷』であるお前への命令だ。稽古はディルトかカシスかのどちらかがつけてくれる」


 ベアトリーチェは意味が分からないという顔つきをみせた。しかもディルトは以前風呂場でベアトリーチェ自身の急所をついて失禁させた相手でもあり、敵意を滲ませている。

「……どうして私が、剣術の訓練など、ぐわぁ」

 言い終わる前にカシスが、ベアトリーチェを黒革のブーツで蹴り上げていた。


「小便くせえ奴隷が口答えするんじゃない」

 膝をついているベアトリーチェを、カシスが亜麻色の髪をつかみ無理矢理に立ち上がらせる。

 三人組はすこし離れて見ているが、恐怖のあまりベアトリーチェにかけよる事も出来ずにいる。


「ベアト、とりあえず今日は試合形式でディルトと十番勝負をしろ。ディルト、稽古をつけてやれ」

「了解っす。おーいマハマ、木剣を貸してくれ、それと審判役も頼むぜっ」

「は、はいっ」

緊張したマハマが木剣を持ってやってくる。



 始まった稽古を、訓練場を囲む木の柵によりかかりカシスと眺める。肩に手を伸ばし黒革の皮鎧の上から胸の膨らみに手を伸ばしたが、カシスは強い力で拒否した。


 太陽が空高く登っていく訓練場に、乾いた木剣の交差する音とディルトの声、三人組の楽しそうな声援が大きく響いていく。

 

 最初はやる気もなく緩慢な動作しか見せなかったベアトリーチェが、少しづつ良い動きに変わってきている。その彼女の剣を、ディルトが上手くさばいている。

 勿論、ベアトリーチェの剣の腕はずば抜けている、単にディルトが彼女以上に剣の扱いに長けているに過ぎない。

 

 ディルトは剣を振るいながら、ベアトリーチェに声をかけ続けた。

「おっ、俺の斬撃をかわすとは……まあ、本気じゃないがな」

「危ねえっ油断してたわ、そう来るのかよ」

 ディルトの声は俺とは違い、時に高く響く、明るく気力のみなぎった声だった。


 ディルトの訓練方法は実に巧みなものであり、上手く攻撃をかわすことが出来た! もう少しで相手を捉えることが出来た! ベアトリーチェにそう思わせることで、少しづつやる気を引き出しているのだ。


(ディルトの野郎なかなかやるな。俺では、ああはいかんからな……。指導の腕は一流ってわけか)


 十番勝負の訓練は全てディルトの一本勝ちだった。しかし、それは完全にベアトリーチェを打ちのめすような勝ち方ではなかった。最後の勝負が終わった時、彼女は息をあげていたが、もはや無気力な表情ではなかった。


「ディルトさん、その……ありがとう」

「おうっ! 俺もいい運動になった、あんたに一本とられるのも時間の問題だな」


 ベアトリーチェが、訓練前には敵意をみせたていたディルトに対して『礼』を言ったときには驚いた。

 このような礼儀は王宮の剣術指導で身に着けていたのかもしれないが、剣を交える中でディルトの印象が彼女のなかで変わったのだろう。


俺は、ふんっと鼻で笑うと訓練場を後にした。

カシスが黙ってついてくる。

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