第42話 ベアトは兄王グスタフを討ち取る

 白い石造りのエフタル王城。

 謁見の間。


「なおれ、楽にしてかまわんぞよ」

 豪奢な玉座に座すは、ベアトリーチェの兄でありエフタル王国の【国王グスタフ・エメラルデュフォン・エフタル】であった。

 王族の絢爛に煌めく衣装をまとう。しかし俺(=ルーヴェント)から見ると、その目はどこまでも醜悪なものに見える。


 ひざまずく俺の右前には、【俺を装うステファノ】が同じように跪いている。ステファノを先頭にし、やや後方の左右に俺とディルト、その更にうしろにカシスと男性に扮したベアトリーチェが控えている。


「ルーヴェントと申すか。傭兵団長と言うからには、熊のような大男かと思っておったがそうでもないのお、劇団員顔負けの色男ではないか」

 壁沿いに立つ、王の側近の一人が声をかける。

「へえ、ですのでいつも後ろの護衛二人に守られております。下半身だけは熊並みなんでゲスが、イヤっ下半身の一部が熊並みってもんです」


(馬鹿が……油断させるための演技とは言え、ゲスな発言をしやがって)

 俺は、再び下を向くと額に血管を浮かび上がらせ、顔の筋肉を硬直させる。


「ルーヴェント団長、言葉を慎んで!」

 コンコンと咳をしてカシスが叫ぶが、謁見の間のあちこちから失笑と「これだから、下賤の者は」というひそひそ声が聞こえてくる。

 


 ステファノを傭兵団長に仕立て上げたのは、俺とディルトという大男二人をあえて護衛役にすることで、戦闘者的な存在を自然なものにするためだった。


 実際、グスタフ王の両隣にも屈強な体つきの大男が控え、鎧と大剣を帯びて王を警護している。


(ブライミント文官長の言った通り、グスタフ王には大男二人が護衛についている。彼らを押さえるのが俺とディルトの仕事)


 俺は作戦を頭で反復し、冷静に合図の時を待つ。



「グスタフ国王陛下、この度はご尊顔に拝したてまつり恐悦至極に存します。私めは、ロンバルディアに本拠をおきます黒鷲傭兵団が団長ルーヴェントと申します。この度は……」


「よいよい、どこでガシアスへの奴隷献上策を嗅ぎつけたのかはわからんが、奴隷の捕縛はなかなかに面倒な作業での、下手に軍を動かすにも資金がいる。それを、そなたらがうてくれるのなら、こちらは大助かりであるぞよ」

「へへへ、そうでげしょ、そうでげしょ。今日は男奴隷ばかり連れてきましたが、良い娘が手に入れば即国王に献上いたします、へへへ」


 揉み手をしながら、ステファノはひざまずきながら器用に腰を激しく振った。本来ステファノはそういったキャラクターではない、しかし役に入り切っている。


 聞くに耐えない下品な声でしゃべる国王であったが、傭兵団長役のステファノも負けず劣らずに下品な演技を繰り出す。


「面白い奴よのう、ルーヴェントとやら。気に入った、奴隷狩りは黒鷲傭兵団に公的事業として一任しよう。エフタル王家が奴隷狩りなど、家名を汚す行為は出来ぬからな。の件はくれぐれも忘れぬように、ぐふふ」


 グスタフ王の発言に怒りを帯びたベアトリーチェの気配がわずかに変わるが、俺は手で後方に合図を出し、気持ちを制御させる。今、怒りにかられて、王に飛びかかられてはたまったものではない。


「ではでは、輝かしい契約成立の前に、今回は黒鷲傭兵団より国王様への手土産を献上したいと思いまっす」

 ステファノは景気よくそう言うと、両手をかかげて三回うちならした。



 後方の扉が開かれ、上品な紺の布で覆われたワゴン台車が近衛兵の手で押されてくる。台車が、王の前の位置に来ると、王をはじめ謁見の間に控える家臣団も、並べられている宝物に感嘆の声をあげる。


「いかがなもんでしょうか、げへへへ」

 自慢気にステファノが並べられた献上品は、大粒の宝石から装飾品、工芸品、銘酒、純白の絹などであった。


 ステファノが何か喋ろうと、身振りを取った瞬間、カシスがグッとうめき声をあげた。

 慌てたように振り返るステファノとディルト。カシスは吐き気を催したのか、しゃがみ込み口元を手で押さえる。


「大丈夫か?」

 ベアトリーチェがそばに寄り、背中をさすっている。


「どうしたのだ?」

 グスタフ王は、宝物から視線をカシスに移す。


「うぐぅああっ、おえっ」

 カシスは背中をさすられながら聡明な顔をゆがめ、涙をわずかに流し嗚咽する。


グスタフ王の視線が、献上品から外れたのをステファノは確認する。

「き、きっと『つわり』ってやつでさ、すいやせん……さっき控室で我慢できずに、コイツとヤッてしまいまして、……へっくし」


 へっくし。

 その音は、意外なほどに石造りの謁見の間に響きわたった。


 くしゃみ。

 それが奇術師ステファノからの『作戦開始』の合図。




 王の前に並べられた、純白の絹がピクリと動き鳩へと姿を変える。翼を広げると、カシスに目をやるグスタフ王の顔面に向かって体当たりをした。

「ぐおっ? な、なんじゃ?」


 鳩の飛翔とともに、地面をけり跳躍した俺とディルトは、王の両脇に立つ護衛に体当たりをし、床へと吹き飛ばす。すぐさま、馬乗りになり腰から武器の剣を奪い取る。


「降伏しろ、王座交代だ」

 護衛の首に剣を突きつけた。




 △ 時間は『くしゃみ』の直前へと移行する △




 「うぐぅああっ、おえっ」

 カシスは聡明な顔をゆがめ、涙をわずかに流し嗚咽する。

 カシスの喉元が蛇のようにうねった。


 ――― へっくし。


 ……ゴトン。

 嗚咽とともにカシスが喉から吐き出したのは、小型の短刀。

 ベアトリーチェが盗賊団長マティウスから譲り受けた品だった。


 王座へ。

 ベアトリーチェは伸ばした腕に、床に落ちた短刀を引っ掛ける。

 地面を蹴った。

 視界のすべては、ながれるように後方へと飛ぶ。

 さらに二歩を力の限り跳躍し、グスタフ王の喉元に迫った。


 グスタフ王は痛みに目を閉じ、顔に両手を持っていく。しかし、顔に手が届く前にベアトリーチェが眼前に到達していた。


 王は目を閉じた闇のなか、妹の顔を見ることは出来ない。しかし、彼の耳に悪魔のような声だけが聞こえた。


「おひさしぶりです兄上。そして……さようなら」


 ベアトリーチェの短刀が頸動脈を掻っ切る。

 鉄と塩の匂いがした。

 吹き上がった赤黒い血が、王の体と玉座、そしてベアトリーチェに降りそそぐ。


 +++


 王の護衛は、俺とディルトから自分たちのもっていた剣を首にあてられると、その手で降参の意思を示していた。


 王の顔面を強襲した鳩は、そのまま謁見の間の窓ガラスを体当たりで突き破り外へ飛び立ってゆく。

 その割れた窓に向けてステファノが穴の開いた球を投げる。独特の音を出しながら球が飛んで行く。

 それは、鏑玉かぶらだまという音を出しながら飛ぶ球であり、『作戦成功』を中庭にいる配下に告げる合図だった。


 中庭にいた百人の配下が、鎖を解除し王城の拠点を押さえに一斉に駆け出す。




 返り血を浴びた男装のベアトリーチェが、一歩一歩を確かめるように歩くと玉座の前に立つ。

 控え並んでいた剣術指南役のライアンが、ベアトリーチェにダマスカス鋼の長剣を差し出す。


 文官長ブライミントが手を二度打ち鳴らすと、廊下に待機していたであろう家臣たちも扉を開けて入って来る。

 臣下は列を取って並び、片膝をついてベアトリーチェに礼を示した。


 長剣を抜いたベアトリーチェは、白く輝く刃を天高くかかげた。


「よく聞け、エフタル国王グスタフは何を血迷ったか頸動脈を切って自殺した。今後は、正当なる王位継承者として余が王位代行をとる。皆の者、異存はあるまいな」

 片膝をついた十名ほどの重臣たちが、右手を胸に当て最敬礼をとる。


「余は王軍騎士団総帥にしてエフタル国王位代行、ベアトリーチェ・ラファン・エフタル。待たせたな、この国を立て直すぞ」


『『『はっ』』』

 重臣たちの声が響いた。


 俺にとっては何度か見たような風景で、正直飽きが来ていた。

(ベアトの野郎。この自分の名前を言うくだり、好きだな)


 俺たちは、壁際の目立たぬ場所へと移動する。

 喉に手を当てているカシスを、そっと抱きしめると背中をさすった。



「殿下っ、殿下っ、やった! ついに、やっちまいましたかぁ……えええっ?」

 静まり返った謁見の間に、垂れ目の盗賊団長マティウスと男装したユーナギが駆け込んできた。


 王家の家臣団をひざまずかせ、血まみれで剣をかかげるベアトリーチェは微妙な顔つきでマティウスを見た。

 

マティウスは垂れ目を大きく開いて白目をむき倒れそうになると「何やってんだ」とぼやくユーナギに支えられた。


 マティウスの場違い感に、俺とディルドはつい大声をあげて笑ってしまった。腕に抱かれたカシスはクスクスと口を押さえ、ステファノは微妙な表情を浮かべていた。



■■

作者より

物語本編は、残り2話の44話を持ちまして終了します。そこから4話を用いたエンディングとなります。

さて、物語的にルーヴェントの過去を理解していないと全く意味が通じない話になりますので以下の 第34話をご覧になっていらっしゃらない方は、御一読下さいませ。


第34話 幕間回・重要『彼がクレイヴァスだった日』 ルーヴェントの過去

https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668706997510



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