第41話 ベアトはエフタルへ帰還する
エフタル王都。
王都正門より王城までの道のり。
この速度では、本拠地ロンバルディアから一日がかりの旅路となっていた。
深夜前に館を出たものの、すでに正午をまわっている。
国境と王都の関門は、文官長ブライミントが手を回していたことで、全く問題なく通ることが出来た。
乾いた風が今日はいつもより強い、砂埃も舞う。そして右後ろから、カシスの咳き込む音が聞こえる。
謁見用の礼服を身にまとったステファノを中心に、彼の前後左右に一人ずつ。彼を含めて五頭の騎馬がエフタル王都を、その中央の王城を目指し、石畳の上をゆっくりと歩をすすめている。
俺(=ルーヴェント)は皮鎧を身に着け先頭に立つ。
ステファノの両隣には、同じく皮鎧を装備したカシスとディルトを置き、後方にはベアトスに扮装した紺の礼服の男装ベアトリーチェという並びだ。
そして、この五人の後ろには、異様なことに両手両足を鎖でつながれた百人の奴隷が三列縦隊で、わざとらしくトボトボとした態度を取り歩いている。
この百人を見張るように、マピロ・マハマ・ディロマトの三人組が馬に乗り、時折場所を変えながら見張っている。
三人組は腰に長剣を履き、手には一本鞭をもっていかにも監視役といった風情だ。意地の悪そうな顔つきを作り、剣を抜いてかざしたり、鞭で地面を打ったり、意味のない絶叫をあげたりしている。
傭兵団が捕縛したという連行される百名の奴隷たち、それを実際に目にしたエフタル王都民は恐怖のどん底に突き落とされている。
活気にあふれているわけでもないが、それなりには平和そうに見えていたエフタル王都の雰囲気が、暗く重苦しい空気につつまれ、空を覆う雲の色さえ灰色になったように感じられる。
□
王城入口。
煉瓦のトンネル。
俺たちは馬から降りる。
「黒鷲傭兵団、団長ルーヴェントと申しまっす。エフタル王グスタフ殿下への謁見を賜り、恐悦至極でございまっす。ご挨拶かたがた、捕縛しました奴隷百名の直接取引で、はせ参じました」
【ルーヴェントに扮し傭兵団長を名乗るステファノ】は、軽薄かつ深刻そうな顔つきを繕い、しゃあしゃあと題目をとなえている。
今回の作戦では【ステファノが俺(ルーヴェント)を演じ、俺はルーヴェントの護衛役】という変装をしている。
「黒鷲傭兵団の者たちか。代表者ルーヴェントと従者ステファノ・カシス・ディルト・ベアトス、そして以下護衛の者三名だな。話は聞いておる、通行を許可する。指定された部屋にとどまり、謁見まで待つがよい」
ここも文官長ブライミントの手配で、特に時間を要さずに進むことが出来た。
槍をかかげ両脇に並び立つ衛兵、槍の穂先を横目でながめつつも、その真ん中を抜けてゆく。
狭い暗いトンネルを抜けると、白い石造りのエフタル王城だった。歴史ある造りの白い色が目に眩しい。
それでも、王宮に吹く風は、どこか生暖かく湿り気を帯びているように感じる。
またカシスが、コホンと咳をした。
後方の男装しているベアトリーチェの放つ気配が、わずかにだけ揺れ動くのを察知する。
ベアトリーチェからすると二度と戻らぬ覚悟で出た城だ。まさか、このような形で戻って来るとは思いもしなかっただろう。
百人の奴隷たちも中庭まで連行した。マピロ達三人組が仁王立ちで監視している。
―――― しかし実際の所、この百人の奴隷は黒鷲傭兵団とマティウスの盗賊団から選び抜いた精鋭たちで、手と足の鎖は各々の手で解除できるつくりにしてある。
王城の中に入ると文官長ブライミントが出迎えてくれる。ベアトリーチェは気配どころか表情すら変えない。
「これはこれはルーヴェント団長、実に仕事が早い。この前お会いしてから一週間も経っておりませんのに」
「一週間『も』かかったのだ、これでは千人集めるのに何か月かかると思っているのだ。女を千人孕ませるほうがよほど楽勝だぜ、文官長」
俺(ルーヴェント)に扮するステファノは軽口で答える。
しかし、本物の俺はその後ろで顔の筋肉を硬直させた。
「団長、文官長さまにご無礼です。場に応じた言葉を選んでください」
「へいへい、申し訳ござんせんっと」
カシスがステファノをけん制する。
(……早く、この茶番劇を終わらせたいものだ)
この会話も筋書き通りだが、周囲には文官長の配下や近衛兵がおり、俺が下品な男に思われるようで気分が悪い。
謁見の間に移るまえに控室に案内されると、役人から武器を取り上げられ、俺とディルト、そしてカシスは皮鎧を脱いで着替えるように指示される。
そこからそれぞれ商人が着る謁見用の礼服に着替える。カシスも堂々と男性陣のなかで白い肢体を晒し、服を替える。
さらに、入念に身体を検査され、服の中に武器を隠していないか確認される。
ここでもベアトリーチェの身体確認にあたった近衛兵は、ブライミントの配下の者であり「この者、異常なし」と役人につげる。
城の者の三割程には、ブライミントを通してベアトリーチェの帰還が知らされていると聞いた。
検査を終え、控室から役人が出ていくと、近衛兵数名と俺たちだけが残る。ひとつあるクロスが貼ってある木の机には、焼き菓子が用意されており、ディルト一人が「うめえ、やっぱ王宮の菓子は美味いっすよ」と、ボリボリと音を立てて頬張っている。
(緊張感ねえな、ディルトの野郎は)
まあ、それだからこそ俺の副官を務められるのだがな。
扉がノックされ、一人の老剣士が俯いたまま部屋に入って来る。
彼は一度わずかに顔をあげると、再び礼をするかのごとく
老剣士の動きの違和感を、俺は見抜く。
「し、失礼、部屋を間違えました」
老剣士は、少し詰まったような声でそう言い、背を向け部屋を後にする。
老剣士が立っていた足元には、涙がひと粒おちていることに気づく。
「ライアン先生…‥」
俺の耳だけが、誰にも聞こえぬ吐息のようなベアトリーチェの声を捕えていた。
***
作者注
ライアン先生とベアトリーチェの間柄は、第9話『ベアトは悪夢を見る』にて復習ください。以下はリンクです。
https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668169829363
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